紫式部 源氏物語 須磨 11 與謝野晶子訳

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(にゅうどうのみやもとうぐうのためにげんじがぎゃっきょうにしずんでいることを)

入道の宮も東宮のために源氏が逆境に沈んでいることを

(かなしんでおいでになった。そのほかげんじとのしゅくめいのふかさからおもっても)

悲しんでおいでになった。そのほか源氏との宿命の深さから思っても

(みやのおなげきは、ふくざつなものであるにちがいない。これまではただ)

宮のお歎きは、複雑なものであるに違いない。これまではただ

(せけんがおそろしくて、すこしのあわれみをみせれば、げんじはそれによって)

世間が恐ろしくて、少しの憐みを見せれば、源氏はそれによって

(みもよもわすれたこういにでることがそうぞうされて、うごくこころもおさえるいっぽうにして、)

身も世も忘れた行為に出ることが想像されて、動く心もおさえる一方にして、

(ごじしんのこころまでもむししてれいたんなたいどをとりつづけられたことによって、)

御自身の心までも無視して冷淡な態度を取り続けられたことによって、

(うるさいせけんであるにもかかわらずなんのうわさもたたないですんだのである。)

うるさい世間であるにもかかわらず何の噂も立たないで済んだのである。

(げんじのこいにもごじしんのうちのかんじょうにもせいちょうをあたえなかったのは、ただじぶんの)

源氏の恋にも御自身の内の感情にも成長を与えなかったのは、ただ自分の

(くるしいどりょくがあったからであるとおぼしめされるみやが、あまにおなりになって、)

苦しい努力があったからであると思召される宮が、尼におなりになって、

(げんじがたいしょうとすべくもないかいほうされたきょうちからげんじをかなしくもこいしくも)

源氏が対象とすべくもない解放された境地から源氏を悲しくも恋しくも

(いまはおぼしめされるのであった。おへんじもいぜんのものにくらべてじょうみがあった。)

今は思召されるのであった。お返事も以前のものに比べて情味があった。

(このごろはいっそう、 )

このごろはいっそう、

(しおたるることをやくにてまつしまにとしふるあまもなげきをぞつむ )

しほたるることをやくにて松島に年経るあまもなげきをぞ積む

(というのであった。ないしのかみのは、 )

というのであった。尚侍のは、

(うらにたくあまたにつつむこいなればくゆるけむりよゆくかたぞなき )

浦にたくあまたにつつむ恋なれば燻る煙よ行く方ぞなき

(いまさらもうしあげるまでもないことをりゃくします。 というみじかいので、)

今さら申し上げるまでもないことを略します。 という短いので、

(ちゅうなごんのきみはかなしんでいるないしのかみのあわれなじょうたいをほうじてきた。)

中納言の君は悲しんでいる尚侍の哀れな状態を報じて来た。

(みにしむふしぶしもあってげんじはなみだがこぼれた。)

身にしむ節々もあって源氏は涙がこぼれた。

(むらさきのにょおうのはとくべつにこまやかなじょうのこめられたげんじのてがみのへんじであったから、)

紫の女王のは特別にこまやかな情のこめられた源氏の手紙の返事であったから、

(みにしむこともおおくかかれてあった。 )

身にしむことも多く書かれてあった。

など

(うらびとのしおくむそでにくらべみよなみじへだつるよるのころもを )

浦人の塩汲む袖にくらべ見よ波路隔つる夜の衣を

(というふじんから、つかいにたくしてよこしたよぎやいふくるいに)

という夫人から、使いに託してよこした夜着や衣服類に

(せんれんされたしゅみのよさがみえた。げんじはどんなことにもすぐれたおんなになった)

洗練された趣味のよさが見えた。源氏はどんなことにもすぐれた女になった

(にょおうがうれしかった。せいしゅんじだいのれんあいもせいさんして、)

女王がうれしかった。青春時代の恋愛も清算して、

(このひととしずかにせいをたのしもうとするときになっていたものをとおもうと、)

この人と静かに生を楽しもうとする時になっていたものをと思うと、

(げんじはうんめいがうらめしかった。よるもひるもにょおうのおもかげをおもうことになって、)

源氏は運命が恨めしかった。夜も昼も女王の面影を思うことになって、

(たえられぬほどこいしいげんじは、やはりわかむらさきはすまへむかえようというきになった。)

堪えられぬほど恋しい源氏は、やはり若紫は須磨へ迎えようという気になった。

(さだいじんからのへんしょにはわかぎみのことがいろいろとかかれてあって、)

左大臣からの返書には若君のことがいろいろと書かれてあって、

(それによってまたへいぜいいじょうにことわかれているおやのじょうはうごくのであるが、)

それによってまた平生以上に子と別れている親の情は動くのであるが、

(たのもしいそふぼたちがついていられるのであるから、)

頼もしい祖父母たちがついていられるのであるから、

(きがかりにおもうひつようはないとすぐにかんがえられて、このやみということばも、)

気がかりに思う必要はないとすぐに考えられて、子の闇という言葉も、

(あいさいをおもうぼんのうのやみにくらべてうすいものらしくこのひとにはみえた。)

愛妻を思う煩悩の闇に比べて薄いものらしくこの人には見えた。

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