紫式部 源氏物語 明石 7 與謝野晶子訳

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(しがつになった。ころもがえのいふく、うつくしいなつのとばりなどをにゅうどうはじかでちょうせいした。)

四月になった。衣がえの衣服、美しい夏の帳などを入道は自家で調製した。

(よけいなことをするものであるともげんじはおもうのであるが、にゅうどうのおもいあがった)

よけいなことをするものであるとも源氏は思うのであるが、入道の思い上がった

(じんぴんにたいしてはなんともいえなかった。きょうからもしじゅうそうしたしなものが)

人品に対しては何とも言えなかった。京からも始終そうした品物が

(とどけられるのである。のどかなしょかのゆうづくよにかいじょうがひろくあかるく)

届けられるのである。のどかな初夏の夕月夜に海上が広く明るく

(みわたされるところにいて、げんじはこれをにじょうのいんのつきよのいけのようにおもわれた。)

見渡される所にいて、源氏はこれを二条の院の月夜の池のように思われた。

(こいしいむらさきのにょおうがいるはずでいてそのひとのかげすらもない。ただめのまえにあるのは)

恋しい紫の女王がいるはずでいてその人の影すらもない。ただ目の前にあるのは

(あわじのしまであった。「あわとはるかにみしつきの」などとげんじはくちずさんでいた。 )

淡路の島であった。「泡とはるかに見し月の」などと源氏は口ずさんでいた。

(あわとみるあわじのしまのあわれさえのこるくまなくすめるよのつき )

泡と見る淡路の島のあはれさへ残るくまなく澄める夜の月

(とうたってから、げんじはひさしくふれなかったきんをふくろからだして、はかないふうに)

と歌ってから、源氏は久しく触れなかった琴を袋から出して、はかないふうに

(ひいていた。これみつたちもげんじのしんちゅうをさっしてかなしんでいた。)

弾いていた。惟光たちも源氏の心中を察して悲しんでいた。

(げんじは「こうりょう」というきょくをこまやかにひいているのであった。やまてのいえのほうへも)

源氏は「広陵」という曲を細やかに弾いているのであった。山手の家のほうへも

(まつかぜとなみのおとにまじってきこえてくるきんのねにわかいじょせいたちはみにしむおもいを)

松風と波の音に混じって聞こえてくる琴の音に若い女性たちは身にしむ思いを

(あじわったことであろうとおもわれる。めいしゅのひくきんもなにも)

味わったことであろうと思われる。名手の弾く琴も何も

(ききわけえられそうにないとちのろうじんたちも、おもわずそとへとびだしてきて)

聞き分けえられそうにない土地の老人たちも、思わず外へとび出して来て

(はまかぜをひきあるいた。にゅうどうもくようほうをしゅうしていたが、ちゅうしすることにして、)

浜風を引き歩いた。入道も供養法を修していたが、中止することにして、

(いそいでげんじのいまへきた。 「わたくしはすてたよのなかが)

急いで源氏の居間へ来た。 「私は捨てた世の中が

(またこいしくなるのではないかとおもわれますほど、あなたさまのきんのねで)

また恋しくなるのではないかと思われますほど、あなた様の琴の音で

(むかしがおもいだされます。またしごにまいりたいとねがっておりますせかいも)

昔が思い出されます。また死後に参りたいと願っております世界も

(こんなのではないかというきもいたされるよるでございます」)

こんなのではないかという気もいたされる夜でございます」

(にゅうどうはなくなくほめたたえていた。げんじじしんもこころに、おりおりのきゅうちゅうの)

入道は泣く泣くほめたたえていた。源氏自身も心に、おりおりの宮中の

など

(おんがくのもよおし、そのときのだれのきん、だれのふえ、かしゅをつとめたひとのうたいぶり、)

音楽の催し、その時のだれの琴、だれの笛、歌手を勤めた人の歌いぶり、

(いろいろときどきにつけてじしんのげいのもてはやされたこと、みかどをはじめとして)

いろいろ時々につけて自身の芸のもてはやされたこと、帝をはじめとして

(おんがくのてんさいとしてしゅういからじしんにそんけいのよせられたことなどについてのついおくが)

音楽の天才として周囲から自身に尊敬の寄せられたことなどについての追憶が

(こもごもおこってきて、きょうはみがたいほかのひとも、ふうんなじしんのいまもふかくおもえば)

こもごも起こってきて、今日は見がたい他の人も、不運な自身の今も深く思えば

(ゆめのようなきばかりがして、しんこくなうれいをかんじながら)

夢のような気ばかりがして、深刻な愁いを感じながら

(ひいているのであったから、すごいおんがくといってよいものであった。)

弾いているのであったから、すごい音楽といってよいものであった。

(ろうじんはなみだをながしながら、やまてのいえからびわとじゅうさんげんのきんをとりよせて、)

老人は涙を流しながら、山手の家から琵琶と十三絃の琴を取り寄せて、

(にゅうどうはびわほうしぜんとしたすがたで、おもしろくてめずらしいてをひとつふたつひいた。)

入道は琵琶法師然とした姿で、おもしろくて珍しい手を一つ二つ弾いた。

(じゅうさんげんをげんじのまえにおくとげんじはそれもすこしひいた。)

十三絃を源氏の前に置くと源氏はそれも少し弾いた。

(またにゅうどうはけいふくしてしまった。あまりじょうずがするおんがくでなくてもばしょばしょで)

また入道は敬服してしまった。あまり上手がする音楽でなくても場所場所で

(かんじふかくおもわれることのおおいものであるから、これははるかにひろい)

感じ深く思われることの多いものであるから、これははるかに広い

(つきよのうみをまえにしてしゅんじゅうのはなもみじのさかりにおとらないいろいろのきのわかばが)

月夜の海を前にして春秋の花紅葉の盛りに劣らないいろいろの木の若葉が

(そこここにもりあがっていて、そのまたいんえいのちにおちたところなどに)

そこここに盛り上がっていて、そのまた陰影の地に落ちたところなどに

(くいながとをたたくおとににたこえでないているのもおもしろいにわもひかえた)

水鶏が戸をたたく音に似た声で鳴いているのもおもしろい庭も控えた

(こうしたところで、ゆうしゅうながっきにたいしていることにげんじはきょうみをおぼえて、)

こうした所で、優秀な楽器に対していることに源氏は興味を覚えて、

(「このじゅうさんげんというものは、おんながやわらかみをもって)

「この十三絃という物は、女が柔らかみをもって

(あまりきまらないふうにひいたのが、おもしろくていいのです」)

あまり定まらないふうに弾いたのが、おもしろくていいのです」

(などといっていた。げんじのいはただおおまかにおんなということであったが、)

などと言っていた。源氏の意はただおおまかに女ということであったが、

(にゅうどうはわけもなくうれしいことばをききつけたように、えみながらいう、)

入道は訳もなくうれしい言葉を聞きつけたように、笑みながら言う、

(「あなたさまがあそばすいじょうにおもしろいおとをだしうるものが)

「あなた様があそばす以上におもしろい音を出しうるものが

(どこにございましょう。わたくしはえんぎのせいていからつたわりましてさんだいめのげいを)

どこにございましょう。私は延喜の聖帝から伝わりまして三代目の芸を

(ついだものでございますが、ふうんなわたくしはぞっかいのこととともにおんがくもいったんは)

継いだ者でございますが、不運な私は俗界のこととともに音楽もいったんは

(すててしまったのでございましたが、ゆううつなきぶんになっておりますときなどに)

捨ててしまったのでございましたが、憂鬱な気分になっております時などに

(ときどきひいておりますのを、ききおぼえてひきますこどもが、)

時々弾いておりますのを、聞き覚えて弾きます子供が、

(どうしたのでございますかわたくしのそふのしんのうによくにたおとをだします。)

どうしたのでございますか私の祖父の親王によく似た音を出します。

(それはほうしのひがみみで、まつかぜのおとをそうかんじているのかもしれませんが、)

それは法師の僻耳で、松風の音をそう感じているのかもしれませんが、

(いちどおききにいれたいものでございます」)

一度お聞きに入れたいものでございます」

(こうふんしてふるえているにゅうどうはなみだもこぼしているようである。)

興奮して慄えている入道は涙もこぼしているようである。

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