紫式部 源氏物語 関屋 2 與謝野晶子訳(終)

順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
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1 | berry | 7945 | 神 | 8.1 | 97.8% | 450.3 | 3658 | 80 | 58 | 2025/03/21 |
2 | はく | 7353 | 光 | 7.6 | 96.5% | 486.0 | 3706 | 132 | 58 | 2025/03/24 |
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問題文
(げんじがいしやまでらをでるひにうえもんのすけがむかえにきた。げんじにしたがっててらへこずに、)
源氏が石山寺を出る日に右衛門佐が迎えに来た。源氏に従って寺へ来ずに、
(あねふうふといっしょにきょうへはいってしまったことをすけはしゃした。しょうねんのときから)
姉夫婦といっしょに京へはいってしまったことを佐は謝した。少年の時から
(ひじょうにげんじにあいされていて、げんじのすいせんでかんにつくこともできたおんも)
非常に源氏に愛されていて、源氏の推薦で官につくこともできた恩も
(あるのであるが、げんじのめんしょくされたころ、とうろしゃににらまれることをおそれて)
あるのであるが、源氏の免職されたころ、当路者ににらまれることを恐れて
(ひたちへいってしまったことで、すこしおもしろくなくげんじはおもっていたが、)
常陸へ行ってしまったことで、少しおもしろくなく源氏は思っていたが、
(だれにもそのことはいわなかった。むかしほどではないがそのごもうえもんのすけは)
だれにもそのことは言わなかった。昔ほどではないがその後も右衛門佐は
(いえにぞくしたおとことしてげんじのひごをうけることになっていた。きいのかみといったおとこも)
家に属した男として源氏の庇護を受けることになっていた。紀伊守といった男も
(いまはわずかなかわちのかみであった。そのおとうとのうこんえのじょうでかいしょくされて、)
今はわずかな河内守であった。その弟の右近衛丞で解職されて、
(すまへげんじについていったおとこがとくべつにとりたてられていくのをみて、)
須磨へ源氏について行った男が特別に取り立てられていくのを見て、
(うえもんのすけもかわちのかみもかこのひをくいた。なぜいっときのそんとくなどを)
右衛門佐も河内守も過去の非を悔いた。なぜ一時の損得などを
(だいじにかんがえたのであろうとじしんをせめていた。 すけをよびだして、)
大事に考えたのであろうと自身を責めていた。 佐を呼び出して、
(げんじはあねぎみへてがみをことづてたいといった。ほかのひとなら)
源氏は姉君へ手紙をことづてたいと言った。他の人なら
(もうわすれていそうなこいを、なおもおもいすてないげんじにうえもんのすけはおどろいていた。)
もう忘れていそうな恋を、なおも思い捨てない源氏に右衛門佐は驚いていた。
(あのひわたくしは、あなたとのえんはよくよくぜんしょうでかたくむすばれてきたものであろうと)
あの日私は、あなたとの縁はよくよく前生で堅く結ばれて来たものであろうと
(かんじましたが、あなたはどうおおもいになりましたか。 )
感じましたが、あなたはどうお思いになりましたか。
(わくらわにゆきあうみちをたのみしもなおかいなしやしおならぬうみ )
わくらはに行き逢ふみちを頼みしもなほかひなしや塩ならぬ海
(あなたのせきもりがどんなにうらやましかったか。 というてがみである。)
あなたの関守がどんなにうらやましかったか。 という手紙である。
(「あれからながいじかんがたっていて、きまりのわるいきもするが、)
「あれから長い時間がたっていて、きまりの悪い気もするが、
(わすれないわたくしのこころではいつもげんざいのこいびとのつもりでいるよ。)
忘れない私の心ではいつも現在の恋人のつもりでいるよ。
(でもこんなことをしてはいっそうきらわれるのではないかね」)
でもこんなことをしてはいっそう嫌われるのではないかね」
(こういってげんじはわたした。すけはもったいないきがしながらうけとって)
こう言って源氏は渡した。佐はもったいない気がしながら受け取って
(あねのところへじさんした。 「ぜひおへんじをしてください。いぜんどおりには)
姉の所へ持参した。 「ぜひお返事をしてください。以前どおりには
(してくださらないだろう、そがいされるだろうとわたくしはかくごしていましたが、)
してくださらないだろう、疎外されるだろうと私は覚悟していましたが、
(やはりおなじようにしんせつにしてくださるのですよ。このつかいだけはこまると)
やはり同じように親切にしてくださるのですよ。この使いだけは困ると
(おもいましたけれど、おことわりなどできるものじゃありません。おんなのあなたが)
思いましたけれど、お断わりなどできるものじゃありません。女のあなたが
(あのごあいじょうにほだされるのはとうぜんで、だれもつみとはかんがえませんよ」)
あの御愛情にほだされるのは当然で、だれも罪とは考えませんよ」
(などとうえもんのすけはあねにいうのであった。いまはましてがらでないきがする)
などと右衛門佐は姉に言うのであった。今はましてがらでない気がする
(うつせみであったが、ひさしぶりでえたげんじのもじにおもわず)
空蝉であったが、久しぶりで得た源氏の文字に思わず
(ほんとうのこころがひきだされたかへんじをかいた。 )
ほんとうの心が引き出されたか返事を書いた。
(おうさかのせきやいかなるせきなればしげきなげきのなかをわくらん )
逢坂の関やいかなる関なれば繁きなげきの中を分くらん
(ゆめのようなきがいたしました。 とある。うらめしかったてんでも、)
夢のような気がいたしました。 とある。恨めしかった点でも、
(こいしかったてんでもげんじにはわすれがたいひとであったから、なおおりおりは)
恋しかった点でも源氏には忘れがたい人であったから、なおおりおりは
(うつせみのこころをうごかそうとするてがみをかいた。そのうちひたちのすけはろうれいのせいか)
空蝉の心を動かそうとする手紙を書いた。そのうち常陸介は老齢のせいか
(びょうきばかりするようになって、ぜんとをこころぼそがり、ひかんしてしまい、)
病気ばかりするようになって、前途を心細がり、悲観してしまい、
(むすこたちにうつせみのことばかりをくどくゆいごんしていた。)
息子たちに空蝉のことばかりをくどく遺言していた。
(「なにもかもわたくしのつまのいしどおりにせい。わたくしのいきているときと)
「何もかも私の妻の意志どおりにせい。私の生きている時と
(おなじようにせねばならん」 とくりかえすのである。)
同じようにせねばならん」 と繰り返すのである。
(うつせみははくめいなじぶんはこのおっとにまでしべつして、またもけわしいよのなかに)
空蝉は薄命な自分はこの良人にまで死別して、またも険しい世の中に
(さすらえるのであろうかとなげいているようすを、ひたちのすけはびょうしょうにみると)
漂泊らえるのであろうかと歎いている様子を、常陸介は病床に見ると
(しぬことがくるしくおもわれた。いきていたいとおもっていても、)
死ぬことが苦しく思われた。生きていたいと思っていても、
(それはじこのいしだけでどうすることもできないことであったから、)
それは自己の意志だけでどうすることもできないことであったから、
(せめてあいさいのためにたましいだけをこのよにのこしておきたい、じぶんのむすこたちのこころも)
せめて愛妻のために魂だけをこの世に残して置きたい、自分の息子たちの心も
(ぜったいにはしんぜられないのであるからと、いいもし、おもいもしてかなしんだが)
絶対には信ぜられないのであるからと、言いもし、思いもして悲しんだが
(やはりしんでしまった。むすこたちが、とうぶんは、)
やはり死んでしまった。息子たちが、当分は、
(「あんなにちちがたのんでいったのだから」 とひょうめんだけでもいっていてくれたが、)
「あんなに父が頼んでいったのだから」 と表面だけでも言っていてくれたが、
(うつせみのたえられないようないじのわるさがおいおいにみえてきた。)
空蝉の堪えられないような意地の悪さが追い追いに見えて来た。
(せけんありきたりのほうそくどおりにままはははこうしてくるしめられるのであるとおもって、)
世間ありきたりの法則どおりに継母はこうして苦しめられるのであると思って、
(うつせみはすべてをじしんのはくめいのせいにしてかなしんでいた。)
空蝉はすべてを自身の薄命のせいにして悲しんでいた。
(かわちのかみだけはこうしょくなこころから、ままははにいまもついしょうをして、)
河内守だけは好色な心から、継母に今も追従をして、
(「ちちがあんなにあなたのことをたのんでいかれたのですから、むりょくですが、)
「父があんなにあなたのことを頼んで行かれたのですから、無力ですが、
(それでもあなたのごようはつとめたいとおもいますから、)
それでもあなたの御用は勤めたいと思いますから、
(えんりょをなさらないでください」 などといってくるのである。)
遠慮をなさらないでください」 などと言って来るのである。
(あさましいしたごころもうつせみはしっていた。ふこうなじぶんはおっとにしにわかれただけで)
あさましい下心も空蝉は知っていた。不幸な自分は良人に死に別れただけで
(すまず、またまたこんななさけないことがちかづいてこようとするとかなしがって、)
済まず、またまたこんな情けないことが近づいてこようとすると悲しがって、
(だれにもそうだんをせずにあまになってしまった。ひたちのすけのむすこやむすめも)
誰にも相談をせずに尼になってしまった。常陸介の息子や娘も
(さすがにこれをおしがった。かわちのかみはうらめしかった。 「わたしをきらって)
さすがにこれを惜しがった。河内守は恨めしかった。 「私をきらって
(あまにおなりになったってまだこんごながくいきていかねばならないのだから、)
尼におなりになったってまだ今後長く生きて行かねばならないのだから、
(どうしてせいかつをするつもりだろう、よけいなことをしたものだ」 などといった。)
どうして生活をするつもりだろう、余計なことをしたものだ」 などと言った。