「自由」に関する考察①
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問題文
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(じゆうとは、あそぶことではない。ろうひすることではない。)
自由とは、遊ぶことではない。浪費することではない。
(じかんがあることではない。きゅうじつがおおいことではない。)
時間があることではない。休日が多いことではない。
(きぶんのまま、きままにいきるのは「ほうじゅう」であって、「じゆう」ではない。)
気分のまま、気ままに生きるのは「放縦」であって、「自由」ではない。
(じゆうがあるからこそ、べんきょうできる。)
自由があるからこそ、勉強できる。
(じゆうがあるからこそ、がっこうへもいける。)
自由があるからこそ、学校へも行ける。
(それをふじゆうととらえるところに、じんせいのおおきなさっかくがある。)
それを不自由と捉えるところに、人生の大きな錯覚がある。
(じゆうなのか、ふじゆうなのか。)
自由なのか、不自由なのか。
(じぶんじしんのてつがく、ちえをもっているかどうかで、すべてがかわってくる。)
自分自身の哲学、智慧を持っているかどうかで、全てが変わってくる。
(「うけみ」になったら、どんなにじゆうなかんきょうであっても、)
「受け身」になったら、どんなに自由な環境であっても、
(「ふじゆうな」じぶんになる。)
「不自由な」自分になる。
(「せめ」のいちねんになれば、どんなにふじゆうなかんきょうであっても、)
「攻め」の一念になれば、どんなに不自由な環境であっても、
(「じゆう」なじぶんになれる。)
「自由」な自分になれる。
(「ちから」があれば、「じゆう」になれる。すぽーつもそう、がっきのえんそうもそう。)
「力」があれば、「自由」になれる。スポーツもそう、楽器の演奏もそう。
(じゆうじざいにぷれーするためには、じつりょくをつけなければならない。)
自由自在にプレーするためには、実力をつけなければならない。
(ぎじゅつがなくてはならない。)
技術がなくてはならない。
(そのためには、じぶんを「ふじゆうなたちば」においてでも、)
そのためには、自分を「不自由な立場」においてでも、
(けんめいにれんしゅうしなければならない。)
懸命に練習しなければならない。
(くろうとあいはんして、じぶんのしたいことだけをやっているのはじゆうではない。)
苦労と相反して、自分のしたいことだけをやっているのは自由ではない。
(それでは、「ほうまん」であり、わがままです。)
それでは、「放漫」であり、わがままです。