だしの取り方 北大路魯山人 ①

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陶芸、書、料理などで才能を発揮した北大路魯山人の随筆。

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問題文

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(かつおぶしはどういうふうにせんたくし、どういうふうにしてけずるか。)

かつおぶしはどういうふうに選択し、どういうふうにして削るか。

(まず、かつおぶしのりょうひのかんたんなせんたくほうをごひろうしよう。)

まず、かつおぶしの良否の簡単な選択法をご披露しよう。

(よいかつおぶしは、かつおぶしとかつおぶしとをたたきあわすと、)

よいかつおぶしは、かつおぶしとかつおぶしとを叩き合わすと、

(かんかんといってまるでひょうしぎか、)

カンカンといってまるで拍子木か、

(あるしゅのいしをならすみたいなおとがするもの。)

ある種の石を鳴らすみたいな音がするもの。

(むしのはいったきのように、ぽとぽととおとのする)

虫の入った木のように、ポトポトと音のする

(しめっぽいにおいのするものはわるいかつおぶし。)

湿っぽい匂いのするものは悪いかつおぶし。

(ほんぶしとかめぶしならば、かめぶしがよい。)

本節と亀節ならば、亀節がよい。

(みためにちいさくとも、さしみにしてうまいおおきいものが)

見た目に小さくとも、刺身にして美味い大きいものが

(やはりかつおぶしにしてもびみだ。)

やはりかつおぶしにしても美味だ。

(みたところ、どうどうとしていても、)

見たところ、堂々としていても、

(ほんぶしはおおあじで、ねもかめぶしのほうがやすくてにはいる。)

本節は大味で、値も亀節の方が安く手に入る。

(つぎにけずりかただが、まずきれあじのよいかんなをもつこと。)

次に削り方だが、まず切れ味のよい鉋を持つこと。

(きれあじのわるいかんなではかつおぶしをけずることはむずかしい。)

切れ味の悪い鉋ではかつおぶしを削ることはむずかしい。

(あかさびになったりはのにぶくなったもので、)

赤錆になったり刃の鈍くなったもので、

(ごりごりとごつくけずっていたのでは、かつおぶしがたとえひゃくえんのものでも、)

ゴリゴリとごつく削っていたのでは、かつおぶしがたとえ百円のものでも、

(ごじゅうえんのねうちすらないものになる。)

五十円の値打ちすらないものになる。

(どんなふうにけずったのがいいだしになるかというと、)

どんなふうに削ったのがいいだしになるかというと、

(けずったかつおぶしがまるでがんぴしのごとくうすく、)

削ったかつおぶしがまるで雁皮紙のごとく薄く、

(がらすのようにこうたくのあるものでなければならない。)

ガラスのように光沢のあるものでなければならない。

など

(こういうのでないと、よいだしがでない。)

こういうのでないと、よいだしが出ない。

(けずりべたなかつおぶしは、しんだだしがでる。)

削り下手なかつおぶしは、死んだだしが出る。

(いきたいいだしをつくるには、)

生きたいいだしを作るには、

(どうしてもじょうとうのよくきれるかんなをもたねばならない。)

どうしても上等のよく切れる鉋を持たねばならない。

(そしてだしをとるときは、ぐらぐらっとゆのたぎるところへ、)

そしてだしをとる時は、グラグラッと湯のたぎるところへ、

(さっといれたしゅんかん、じゅうぶんにだしができている。)

サッと入れた瞬間、充分にだしができている。

(それをいつまでもいれておいて、)

それをいつまでも入れておいて、

(くたくたにるのではろくなだしはでず、)

クタクタ煮るのではろくなだしは出ず、

(かえってあじをそこなうばかりである。)

かえって味をそこなうばかりである。

(いわゆるにばんだしというようなものにしてはいけない。)

いわゆる二番だしというようなものにしてはいけない。

(そこで、まずだいいちに、はのきれる、だいのたいらなかんなを)

そこで、まず第一に、刃の切れる、台の平らな鉋を

(おもちになることをおすすめしたい。)

お持ちになることをお勧めしたい。

(かつおぶしをひじょうにうすくけずるということはけいざいてきであり、のうりつてきでもある。)

かつおぶしを非常に薄く削るということは経済的であり、能率的でもある。

(なお、わたしのあんずるところでは、)

なお、わたしの案ずるところでは、

(ひゃくのかていのうちきゅうじゅうきゅうまでがいいかんなをもっていまい。)

百の家庭のうち九十九までがいい鉋を持っていまい。

(りょうりをこうぎするひとでも、もっていないのだから、)

料理を講義する人でも、持っていないのだから、

(いっぱんかていによいかんなをもっているいえは)

一般家庭によい鉋を持っている家は

(いちおうないとかんがえてさしつかえない。)

一応ないと考えて差し支えない。

(さてかんなはいつでもきれるようにしておかなければならない。)

さて鉋はいつでも切れるようにしておかなければならない。

(しかし、しろうとではよくとげないから、)

しかし、素人ではよく研げないから、

(だいくとかしごとをするひとにといでもらえばいい。)

大工とか仕事をするひとに研いでもらえばいい。

(そのほか、とぎやせんもんというしょうばいもあるのだから、)

そのほか、とぎや専門という商売もあるのだから、

(いつもだいくのかんなのようによくきれるようにしておかなければ、)

いつも大工の鉋のようによく切れるようにしておかなければ、

(りょうりをしようとするときにまごつくのがおちだ。)

料理をしようとする時にまごつくのがオチだ。

(にほんにはかつおぶしがたくさんあるので、そうおもきをおいていないが、)

日本にはかつおぶしがたくさんあるので、そう重きをおいていないが、

(がいこくにあったらたいへんなことだ。)

外国にあったら大変なことだ。

(がいこくじんはかつおをしらないし、したがってかつおぶしをしらない。)

外国人はかつおを知らないし、従ってかつおぶしを知らない。

(ぎゅうにゅうとか、ばたーとか、ちーずのようなものいっぽんでりょうりをしている。)

牛乳とか、バターとか、チーズのようなもの一本で料理をしている。

(しかし、これはふじゆうなことであって、)

しかし、これは不自由なことであって、

(かつおぶしのあるにほんじんはまことにしあわせである。)

かつおぶしのある日本人はまことに幸せである。

(ゆえに、かつおぶしをつかってびみりょうりの)

ゆえに、かつおぶしを使って美味料理の

(のうりつをあげることをこころがけるのがよい。)

能率をあげることを心がけるのがよい。

(あじ、えいようもいいし、よいざいりょうをえらべば、)

味、栄養もいいし、よい材料を選べば、

(せかいにるいのないよいすーぷができる。)

世界に類のないよいスープができる。

(それなのに、かつおぶしにたいするちしきもなく、)

それなのに、かつおぶしに対する知識もなく、

(けずりかたも、けずってつかうほうほうもしらないのは、なさけないことだ。)

削り方も、削って使う方法も知らないのは、情けないことだ。

(そのうえけずるどうぐもないーーこれはもののまちがいで、)

その上削る道具もないーーこれはものの間違いで、

(おおいにはんせいしてもらいたいことだ。)

大いに反省してもらいたいことだ。

(げんざい、かんなでかつおぶしをけずっているのはりょうりやのみであって、)

現在、鉋でかつおぶしを削っているのは料理屋のみであって、

(たいがいはどうぐもなくてがまんしているようである。)

たいがいは道具もなくて我慢しているようである。

(そのりょうりやさえさいきんけずりかつおぶしをしようしている。)

その料理屋さえ最近削りかつおぶしを使用している。

(けずりぶしにもいろいろあって、さいじょうのけずりぶしならば、)

削り節にもいろいろあって、最上の削り節ならば、

(まずまずであるが、けずりぶしはけずりたてがいいので、ときがたってはよろしくない。)

まずまずであるが、削り節は削り立てがいいので、時がたってはよろしくない。

(かんながあっても、きれないばあいがおおいし、)

鉋があっても、切れない場合が多いし、

(それをしようしてけずれないとおもうくらいなら、にほんりょうりをやめたほうがいい。)

それを使用して削れないと思うくらいなら、日本料理をやめた方がいい。

(りょうりにかぎらず、やるというのなら、どんなことでもやるのがとうぜんで、)

料理にかぎらず、やるというのなら、どんなことでもやるのが当然で、

(やらなければたっせいできない。)

やらなければ達成できない。

(かといって、このばあい、りょうりやのまねをしてがらすでけずるのはきけんだし、)

かといって、この場合、料理屋の真似をしてガラスで削るのは危険だし、

(たくさんけずるばあいはまにあわないから、)

たくさん削る場合は間に合わないから、

(むりをしてかつおぶしをけずることになる。)

無理をしてかつおぶしを削ることになる。

(しかし、むりをすることはあじがしぬことになるのであるから、)

しかし、無理をすることは味が死ぬことになるのであるから、

(いきたあじをだすためには、よくきれるかんなにかぎるのである。)

生きた味を出すためには、よく切れる鉋にかぎるのである。

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