魯迅 阿Q正伝その18

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(「いいよ。いいよ」みていたひとたちは)

「いいよ。いいよ」見ていた人達は

(おおかたちゅうさいするつもりでいったのであろう。)

おおかた仲裁する積りで言ったのであろう。

(「よし、よし」みているひとたちは、ちゅうさいするのか、ほめるのか、)

「よし、よし」見ている人達は、仲裁するのか、ほめるのか、

(それともあおっているのかしらん。)

それとも煽っているのかしらん。

(それはそうとふたりはひとのことなどみみにもはいらなかった。)

それはそうと二人は人のことなど耳にも入らなかった。

(あきゅうが3ぽすすむとしょうどんは3ぽしりぞき、ついにふたりともつきたった。)

阿Qが3歩進むと小Dは3歩退き、遂に二人とも突立った。

(しょうdが3ぽすすむとあきゅうは3ぽしりぞき、ついにまた2りともつきたった。)

小Dが3歩進むと阿Qは3歩退き、遂にまた2人とも突立った。

(およそはんじかん、みしょうにはとけいがないからはっきりしたことはいえない。)

およそ半時間、未荘には時計がないからハッキリしたことは言えない。

(あるいは20ぷんかもしれない、かれらのあたまはいずれもほこりがかかって、)

あるいは20分かもしれない、彼等の頭はいずれも埃がかかって、

(ひたいのうえにはあせがながれていた。)

額の上には汗が流れていた。

(そうしてあきゅうがてをはなしたまぎわにしょうどんもてをはなした。)

そうして阿Qが手を放した間際に小Dも手を放した。

(おなじときにたちあがっておなじときにみをひいてどちらもひとごみのなかにはいった。)

同じ時に立上って同じ時に身を引いてどちらも人ごみの中に入った。

(「おぼえていろ、ばかやろう」あきゅうはいった。)

「覚えていろ、馬鹿野郎」阿Qは言った。

(「ばかやろう、おぼえていろ」しょうどんもまたふりむいていった。)

「馬鹿野郎、覚えていろ」小Dもまた振向いて言った。

(このひとまくの「りゅうこず」はまったくしょうはいがないといっていいくらいのものだが、)

この一幕の「竜虎図」は全く勝敗がないと言っていいくらいのものだが、

(けんぶつにんはまんぞくしたかしらん、だれもなにともひひょうするものもない。)

見物人は満足したかしらん、誰も何とも批評するものもない。

(そうしてあきゅうはいぜんとしてしごとにたのまれなかった。)

そうして阿Qは依然として仕事に頼まれなかった。

(あるひひじょうにあたたかでかぜがそよそよとふいて)

ある日非常に暖かで風がそよそよと吹いて

(だいぶなつらしくなってきたが、あきゅうはかえってさむさをかんじた。)

だいぶ夏らしくなって来たが、阿Qはかえって寒さを感じた。

(しかしこれにはいろいろのわけがある。)

しかしこれにはいろいろのわけがある。

など

(だいいちはらがへってふとんもぼうしもうわぎもないのだ。)

第一腹が減って蒲団も帽子も上着もないのだ。

(こんどわたいれをうってしまうと、ずぼんはのこっているが、)

今度綿入れを売ってしまうと、ズボンは残っているが、

(こればかりはぬぐわけにはいかない。)

こればかりは脱ぐわけには行かない。

(やぶれあわせが1まいあるが、これもひとにやればくつぞこのしりょうになっても、)

破れ袷が1枚あるが、これも人にやれば鞋底の飼料になっても、

(けっしておかねにはならない。かれはおうらいでおかねをひろうよていで、)

決してお金にはならない。彼は往来でお金を拾う予定で、

(まえからこころがけていたが、まだめっからない。)

前から心掛けていたが、まだめっからない。

(いえのなかをみまわしたところでなに1つない。かれはついにおもてへでてしょくをもとめた。)

家の中を見廻したところで何1つない。彼は遂におもてへ出て食を求めた。

(かれはおうらいをあるきながら「しょくをもとめ」なければならない。)

彼は往来を歩きながら「食を求め」なければならない。

(みなれたさかやをみて、みなれたまんじゅうやをみて、)

見馴れた酒屋を見て、見馴れた饅頭屋を見て、

(ずんずんとおりこした。)

ずんずん通り越した。

(たちどまりもしなければほしいともおもわなかった。)

立ちどまりもしなければ欲しいとも思わなかった。

(かれのもとむるものはこのようなものではなかった。)

彼の求むるものはこの様なものではなかった。

(かれのもとむるものはなにだろう。かれじしんもしらなかった。)

彼の求むるものは何だろう。彼自身も知らなかった。

(みしょうはもとよりおおきなむらでもないから、まもなくいきつくしてしまった。)

未荘はもとより大きな村でもないから、まもなく行き尽してしまった。

(むらはずれはたいていすいでんであった。)

村はずれは大抵水田であった。

(みわたすかぎりのしんいねのわかばのなかに)

見渡す限りの新稲の若葉の中に

(いくつかまるがたのかつどうのこくてんがはさまれているのは、)

幾つか丸形の活動の黒点が挟まれているのは、

(たをたがやすのうふであった。)

田を耕す農夫であった。

(あきゅうはこのでんかのたのしみをかんしょうせずにひたすらあるいた。)

阿Qはこの田家の楽しみを鑑賞せずにひたすら歩いた。

(かれはちょっかくてきにかれの「しょくをもとめる」みちは)

彼は直覚的に彼の「食を求める」道は

(こんなまだるっこいことではいけないおもったから、)

こんなまだるっこいことではいけない思ったから、

(かれはついにせいしゅうあんのかきねのそとへいった。)

彼は遂に靜修庵の垣根の外へ行った。

(いおりのまわりはすいでんであった。しらかべがしんりょくのなかにつきだしていた。)

庵のまわりは水田であった。白壁が新緑の中に突き出していた。

(うしろのひくいかきのなかになはたがあった。)

後ろの低い垣の中に菜畑があった。

(あきゅうはしばらくためらっていたが、あたりをみるとだれもみえない。)

阿Qはしばらくためらっていたが、あたりを見ると誰も見えない。

(そこでひくいかきをはいあがって)

そこで低い垣を這い上って

(かしゅうのつるをひっぱると)

何首烏の蔓を引張ると

(ざらざらとどろがおちた。)

ザラザラと泥が落ちた。

(あきゅうはふるえるあしをふみしめてくわのきによじのぼり、)

阿Qは顫える足を踏みしめて桑の樹によじ昇り、

(はたなかへとびおりると、そこはしげりにしげっていたが、)

畑中へ飛び下りると、そこは繁りに繁っていたが、

(らおちゅもまんじゅうもたべられそうなものは1つもない。)

老酒も饅頭も食べられそうなものは1つもない。

(にしのかきねのほうはたけやぶで、したにたくさんたけのこがはえていたが)

西の垣根の方は竹藪で、下にたくさんたけのこが生えていたが

(あいにくなまでやくにたたない。)

生憎ナマで役に立たない。

(そのほかなたねがあったがみをむすび、)

そのほか菜種があったが実を結び、

(からしなははながさいて、あおなはのびすぎていた。)

芥子菜は花が咲いて、青菜は伸び過ぎていた。

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