ファウスト 第一部 薦むる詞
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問題文
(むかしわれがにごれるめにしゅくはやくうかびしことある)
昔我が濁れる目に夙はやく浮びしことある
(よろめけるすがたどもよ。ふたたびわれまえにちかづききたるよ。)
よろめける姿どもよ。再び我前に近づき来たるよ。
(いでや、こたびはしもなんじたちをとらえへんことをこころみんか。)
いでや、こたびはしも汝達を捉へんことを試みんか。
(われこころなおそのかみのゆめをなつかしみすとかくゆや。)
我心猶そのかみの夢を懐かしみすと覚ゆや。
(わがみのめぐりにうかびいでて、さながらにたちふるまいへかし。)
我身のめぐりに浮び出でて、さながらに立ち振舞へかし。
(なんじたちわれにせまる。さらばよし。もやときりとのなかより)
汝達我に薄る。さらば好し。靄と霧との中より
(なんじたちのつらのめぐりにひょうへる、くしきいきに、)
汝達の列のめぐりに漂へる、奇しき息に、
(われむねはわかやかにゆらるるごこちす。)
我胸は若やかに揺らるゝ心地す。
(がくしかりしひのくさくさのかたをなんじたちはもたらせり。)
楽しかりし日のくさ/″\の象を汝達は齎らせり。
(さてあまたのめでたきかげどもうかびでづ。)
さて許多のめでたき影ども浮び出づ。
(なかばのろられぬるふるきものがたりのごとく、)
半ば忘られぬる古き物語の如く、
(はつこいもはじめてのゆうじょうももろともにたちあらわる)
初恋も始ての友情も諸共に立ち現る
(たんはしんになりぬ。うったえはわれよの)
歎は新になりぬ。訴は我世の
(くもでなしまよいへるあゆみをくりかえす。)
蜘手なし迷へる歩を繰り返す。
(さてさちにあざむかれて、うつくしかりぬべきときをしつひ)
さて幸に欺かれて、美しかりぬべき時を失ひ
(われにさきだちていにしよきひとなどのなをよぶ。)
我に先立ちて去にし善き人等の名を呼ぶ。
(わがはつのすうけつをうたいてきせしたまなどは)
我が初の数闋を歌ひて聞せし霊等は
(のちのすうけつをばきかじ。)
後の数闋をば聞かじ。
(おやしかりしまといはあらけぬ。)
親しかりし団欒は散けぬ。
(あはれ、はじまてききつるはんきょうはきえぬ。)
あはれ、始て聞きつる反響は消えぬ。
(われたんはしらぬぐんのみみにいる。)
我歎は知らぬ群の耳に入る。
(そのぐんのほうむるこえさへわれこころをいたましむ。)
その群の褒むる声さへ我心を傷ましむ。
(かつてわれうたをらくみききしだれかれ)
かつて我歌を楽み聞きし誰彼
(なおよにありとも、そはいまところどころにちりてさすらひをれり)
猶世にありとも、そは今所々に散りて流離をれり
(むかしあこがれし、しずかけく、いかめしきれいのくにをば)
昔あこがれし、静けく、厳しき霊の国をば
(ひさしくわすれたりしに、そのあこがれにわれまたおそわはる。)
久しく忘れたりしに、その係恋に我また襲はる。
(われがささやくきょくは、あいおるすのことのごとく、)
我が囁く曲は、アイオルスの箏の如く、
(さだかならぬねをなしてただよへり。)
定かならぬ音をなして漂へり。
(われふるいにかさねはる。なみだあいついでおつ。)
我慄に襲はる。涙相踵いで堕つ。
(きびしきこころなごみやわげるをさとゆ。)
厳しき心和み軟げるを覚ゆ。
(いまわれがもたるものとおきところにあるかとみえて、)
今我が持たる物遠き処にあるかと見えて、
(きえうせつるもの、わがためには、げんぜんせるすがたになれり。)
消え失せつる物、我がためには、現前せる姿になれり。