半七捕物帳 筆屋の娘2

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ

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問題文

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(あねむすめのおまんはきゅうししたとひろうされているけれども、どうもへんしらしいという)

姉娘のおまんは急死したと披露されているけれども、どうも変死らしいという

(うわさがたった。ここらをもちばにしているしたっぴきのげんじがそれをききこんで、)

噂が立った。ここらを持ち場にしている下っ引きの源次がそれを聞き込んで、

(だんだんたんさくをすすめてゆくと、おまんはたしかにへんしであるとわかった。)

だんだん探索を進めてゆくと、おまんは確かに変死であると判った。

(しちがつにじゅうごにちのゆうがたからかのじょはきぶんがわるいといいだした。)

七月二十五日の夕方から彼女は気分が悪いと云い出した。

(さいしょはさしたることでもあるまいとおもって、かいぐすりなどをのませていると、)

最初はさしたることでもあるまいと思って、買いぐすりなどを飲ませていると、

(よるのいつつ(ごごはちじ)ごろになって、いよいよひどくくるしみだして、)

夜の五ツ(午後八時)頃になって、いよいよひどく苦しみ出して、

(しまいにはとけつした。うちのものもびっくりして、すぐいしゃをよんできたが)

しまいには吐血した。家内の者もびっくりして、すぐ医者を呼んで来たが

(もうおそかった。おまんはよぎやふとんをかきむしってくるしんで、とうとういきが)

もう遅かった。おまんは衾や蒲団を掻きむしって苦しんで、とうとう息が

(たえてしまった。いしゃはなにかのちゅうどくであろうとしんだんした。)

絶えてしまった。医者は何かの中毒であろうと診断した。

(とうざんどうではいしゃにどうたのんだかしらないが、ともかくもしょくあたりということで、)

東山堂では医者にどう頼んだか知らないが、ともかくも食あたりということで、

(そのあくるひにとむらいをだそうとした。そのほうこくをげんじからうけとって、)

その明くる日に葬式を出そうとした。その報告を源次から受け取って、

(はんしちもくびをかしげた。かれはねんのためにはっちょうぼりどうしんへそのしだいをもうしたてると、)

半七も首をかしげた。彼は念のために八丁堀同心へその次第を申し立てると、

(ふしんのすじありというのでとむらいはひとまずさしとめられた。まちぶぎょうしょから)

不審の筋ありというので葬式はひとまず差し止められた。町奉行所から

(とうばんのよりきやどうしんがとうざんどうへでばって、かたのごとくにおまんのしたいを)

当番の与力や同心が東山堂へ出張って、式のごとくにおまんの死体を

(けんしすると、かれはふつうのしょくあたりでなく、たしかにどくやくをのんだので)

検視すると、かれは普通の食あたりでなく、たしかに毒薬を飲んだので

(あることがわかった。しかしそのどくやくをじぶんでのんだのか、ひとにのまされたのか、)

あることが判った。しかしその毒薬を自分で飲んだのか、人に飲まされたのか、

(じさつかどくさつかはよういにわからなかった。けんしがすんで、おまんのまいそうは)

自殺か毒殺かは容易に判らなかった。検視が済んで、おまんの埋葬は

(とどこおりなくゆるされたが、あとのせんぎがすこぶるむずかしくなった。)

とどこおりなく許されたが、あとの詮議がすこぶるむずかしくなった。

(じがいにしてもそのじじょうはよくしらべなければならない。たにんのどくがいとなれば)

自害にしても其の事情はよく調べなければならない。他人の毒害となれば

(もちろんじゅうざいである。いずれにしても、なおざりにはいたされないじけんとみとめられて、)

勿論重罪である。いずれにしても、等閑には致されない事件と認められて、

など

(だいいちのほうこくしゃたるはんしちが、そのたんさくをもうしつけられた。はんしちはすぐにげんじを)

第一の報告者たる半七が、その探索を申し付けられた。半七はすぐに源次を

(きんじょのこりょうりやへつれていった。「おい、げんじ。ちょいとおもしろそうなすじだが、)

近所の小料理屋へ連れて行った。「おい、源次。ちょいと面白そうな筋だが、

(なにしろむすめはゆうべしんで、もうすっかりあとしまつをしてしまったところへ)

なにしろ娘はゆうべ死んで、もうすっかり後始末をしてしまったところへ

(のりこんできたんだから、ばしょにはなんにもてがかりはねえ。)

乗り込んで来たんだから、場所にはなんにも手がかりはねえ。

(どうしたもんだろう。おめえ、なんにもあたりはねえのか」)

どうしたもんだろう。おめえ、なんにも当りはねえのか」

(「そうですねえ」と、げんじはくびをひねった。だれのかんがえもおなじことで、)

「そうですねえ」と、源次は首をひねった。誰のかんがえも同じことで、

(なめふでのむすめのへんしはいずれいろこいのもつれであろうとかれはいった。)

舐め筆の娘の変死はいずれ色恋のもつれであろうと彼は云った。

(「そこで、じぶんでどくをくったのか、それともひとにどくをかわれたのか」)

「そこで、自分で毒を食ったのか、それとも人に毒を飼われたのか」

(「おやぶんはどうにらんだかしらねえが、わっしはじぶんでやったんじゃあるめえと)

「親分はどう睨んだか知らねえが、わっしは自分でやったんじゃあるめえと

(おもいます。なにしろそのひのゆうがたまではみせできゃっきゃっとふざけていた)

思います。なにしろ其の日の夕方までは店できゃっきゃっとふざけていた

(そうですからね。それにきんじょのうわさをきいても、べつにしぬようなしさいは)

そうですからね。それに近所の噂を聞いても、別に死ぬような仔細は

(ないらしいんです」 「そうか」と、はんしちはうなずいた。)

無いらしいんです」 「そうか」と、半七はうなずいた。

(「そこでむすめにどくをくらわしたのはうちのものか、そとのものか」)

「そこで娘に毒を食わしたのは内の者か、外の者か」

(「さあ。そこまではわからねえが、まあうちのものでしょうね。)

「さあ。そこまでは判らねえが、まあ内の者でしょうね。

(わっしはいもうとじゃあないかとおもうんですが・・・・・・。べつにしょうこもありませんが、)

わっしは妹じゃあないかと思うんですが……。別に証拠もありませんが、

(なにかひとりのおとこをひっぱりあったとかいうようなわけで・・・・・・。それともあねに)

なにか一人の男を引っ張り合ったとかいうような訳で……。それとも姉に

(むこをとってしんしょうをゆずられるのがくやしいとかいうので・・・・・・。どうでしょう」)

婿を取って身上を譲られるのが口惜しいとかいうので……。どうでしょう」

(そんなことがないでもないとはんしちはおもった。とうざんどうのみせはしゅじんのきちべえと)

そんなことが無いでもないと半七は思った。東山堂の店は主人の吉兵衛と

(にょうぼうのおまつ、きょうだいのむすめふたりのほかにふたりのこぞうとあわせてろくにんぐらしであった。)

女房のお松、姉妹の娘二人のほかに二人の小僧とあわせて六人暮らしであった。

(こぞうのとよぞうはことしじゅうろくで、ひとりのさきちはじゅうしであった。)

小僧の豊蔵はことし十六で、一人の佐吉は十四であった。

(しゅじんふうふがげんざいのむすめをどくがいしようとはおもわれない。ふたりのこぞうもまさかに)

主人夫婦が現在の娘を毒害しようとは思われない。二人の小僧も真逆に

(そんなことをたくもうとはおもわれない。もしうちのものにうたがいのかかる)

そんなことを巧もうとは思われない。もし家内のものに疑いのかかる

(あかつきには、まずいもうとむすめのおとしにめぐしをさされるのがしぜんのじゅんじょであった。)

あかつきには、まず妹娘のお年に眼串をさされるのが自然の順序であった。

(しかしまだじゅうろくのこむすめのおとしがどこでどくやくをてにいれたか、)

しかしまだ十六の小娘のお年がどこで毒薬を手に入れたか、

(そのすじみちをかんがえるのがよほどむずかしかった。)

その筋道を考えるのが余ほどむずかしかった。

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