半七捕物帳 筆屋の娘12(終)
関連タイピング
-
プレイ回数179かな142打
-
プレイ回数3847長文1069打
-
プレイ回数1135歌詞かな940打
-
プレイ回数3971歌詞かな1406打
-
プレイ回数610長文4474打
-
プレイ回数1451長文797打
-
プレイ回数66460秒
-
プレイ回数582長文5602打
問題文
(「あのときにはまったくあせになりましたよ」と、はんしちろうじんはいった。「なにしろ、)
「あのときには全く汗になりましたよ」と、半七老人は云った。「なにしろ、
(あのながいさかをむちゅうでかけあがったんですもの、そのよくあさはあしがすくんで)
あの長い坂を夢中で駈け上がったんですもの、その翌朝は足がすくんで
(こまりましたよ。そこで、だんだんしらべてみるとこういうわけなんです。)
困りましたよ。そこで、だんだん調べてみると斯ういう訳なんです。
(まえにももうしあげたとおりそのおまるというおんなはかおににあわない、たちのよくないおんなで、)
前にも申し上げた通りそのお丸という女は顔に似合わない、質のよくない女で、
(つまりこんにちでいうふりょうしょうじょのおなかまなんでしょう。じぶんのほうこうしている)
つまり今日でいう不良少女のお仲間なんでしょう。自分の奉公している
(じょうしゅうやのむすこはもちろん、てあたりしだいにおおぜいのおとこにかかりあいをつけていて、)
上州屋の息子は勿論、手あたり次第に大勢の男にかかり合いを付けていて、
(りょうごくのやくしゅやのむすこともわけがあったんです。そのうちにじょうしゅうやのむすこは)
両国の薬種屋の息子とも情交があったんです。そのうちに上州屋の息子は
(とうざんどうのむすめをみそめて、さんびゃくりょうのしたくきんでよめにもらおうということになったので、)
東山堂の娘を見そめて、三百両の支度金で嫁に貰おうということになったので、
(おまるはじぶんのふしだらをたなにあげて、ひどくそれをくやしがって、)
お丸は自分のふしだらを棚にあげて、ひどくそれをくやしがって、
(とうとうとうざんどうのむすめをどくさつしようとおそろしいことをたくんだのです。)
とうとう東山堂の娘を毒殺しようとおそろしいことを巧んだのです。
(そのどくやくはやくしゅやのむすこをだましててにいれたもので、ふでにぬりつけて)
その毒薬は薬種屋の息子をだまして手に入れたもので、筆に塗りつけて
(うまくむすめになめさせたんですが、あいてがちがってあねのほうをころしてしまったんです。)
巧く娘に舐めさせたんですが、相手が違って姉の方を殺してしまったんです。
(むやみにどくをつけておいても、それをあねがなめるかいもうとがなめるか)
むやみに毒をつけて置いても、それを姉が舐めるか妹が舐めるか
(わかったものじゃあないのに、ずいぶんむかんがえなことをしたもんですよ。)
判ったものじゃあないのに、随分無考えなことをしたもんですよ。
(わるいことをするにんげんにはあんがいそんなのがたくさんありますがね。)
悪いことをする人間には案外そんなのがたくさんありますがね。
(このおまるだって、あんまりりこうなやつじゃありません」)
このお丸だって、あんまり利巧な奴じゃありません」
(「で、そのおまるはどうしましたか」と、わたしはきいた。)
「で、そのお丸はどうしましたか」と、わたしは訊いた。
(「おまるはつかいにいくといってしゅじんのうちをでて、よのすけのところへあいにゆくと、)
「お丸は使いに行くと云って主人の家を出て、与之助のところへ逢いにゆくと、
(おとうとがちょうどわたくしにひっぱられてばんやへいったあとで、よのすけもなんだか)
弟が丁度わたくしに引っ張られて番屋へ行ったあとで、与之助もなんだか
(うすききみがわるいので、みせをぬけだしてうろうろしているところへ、おまるが)
薄気味が悪いので、店をぬけ出してうろうろしているところへ、お丸が
(たずねてきたというわけです。おまるもそのはなしをきいてさすがにふあんごころに)
たずねて来たという訳です。お丸もその話を聴いてさすがに不安心に
(なってきたので、よのすけをそそのかしていずこへかかけおちすることに)
なって来たので、与之助をそそのかして何処へか駈け落ちすることに
(なったのですが、こいつよくよくわるいやつで、なんでもなかせんどうをいくとちゅう、)
なったのですが、こいつよくよく悪い奴で、なんでも中仙道を行く途中、
(くまがやのやどやでおとこのどうまきをひっさらってすがたをかくしてしまったんです。)
熊谷の宿屋で男の胴巻を引っさらって姿を隠してしまったんです。
(すてられたおとこはひとりぼっちになってしんしゅうへおちていくところを、みょうぎのまちで)
捨てられた男は一人ぼっちになって信州へ落ちて行くところを、妙義の町で
(わたくしどもにおいつかれて、もうひとあしでくろもんへにげこむところをうんわるく)
わたくし共に追い付かれて、もう一と足で黒門へ逃げ込むところを運悪く
(つかまったのですが、とうにんももういけないとかくごしたものか、それとも)
捕まったのですが、当人ももういけないと覚悟したものか、それとも
(ころぶはずみにわれしらずかんだのか、わたしがえりくびをつかまえたときには、)
転ぶはずみに我知らず咬んだのか、私が襟首をつかまえた時には、
(したをかみきってくちからまっかなちをはいていました。もとのじょろうやへ)
舌を咬み切って口から真っ紅な血を吐いていました。もとの女郎屋へ
(ひきずってきて、いろいろにてあてをしてやりましたが、もうそれぎりで)
引き摺って来て、いろいろに手当てをしてやりましたが、もうそれぎりで
(いきをひきとってしまいましたよ。そういうわけですから、しにんにくちなしで、)
息を引き取ってしまいましたよ。そういう訳ですから、死人に口無しで、
(おまるがなんといってよのすけからどくやくをうけとったのか、そのへんは)
お丸がなんと云って与之助から毒薬を受け取ったのか、その辺は
(よくわかりませんでした」)
よく判りませんでした」
(「おまるのゆくえはしれなかったんですか」と、わたしはまたきいた。)
「お丸のゆくえは知れなかったんですか」と、わたしは又訊いた。
(「おまるはそれからどこをどうさまよいあるいたのかしりませんが、やっぱり)
「お丸はそれから何処をどうさまよい歩いたのか知りませんが、やっぱり
(じょうしゅうのあかぎのやまのなかにすっぱだかでしんでいたそうです。きものもおびもこしまきも)
上州の赤城の山のなかに素裸で死んでいたそうです。着物も帯も腰巻きも
(なしで・・・・・・。だれかにみぐるみはがれて、しめころされたんでしょう。)
無しで……。誰かに身ぐるみ剥がれて、絞め殺されたんでしょう。
(しがいのにのうでにじょうしゅうやのむすこのなまえがほってあったので、おまるだということが)
死骸の二の腕に上州屋の息子の名前が彫ってあったので、お丸だということが
(ようようにわかったのです。じょうしゅうやもそれがためにとんだひきあいをつけられて、)
ようように判ったのです。上州屋もそれがために飛んだ引合を付けられて、
(ずいぶんかねをつかったようでした。そんなわけでなめふでのむすめとのえんだんも)
ずいぶん金をつかったようでした。そんなわけで舐め筆の娘との縁談も
(むろんおながれになってしまいました。とうざんどうもそれからけちがついて、)
無論お流れになってしまいました。東山堂もそれからけちが付いて、
(みせもだんだんさびれてきました。あすこのふでをなめるとしぬなんて、)
店もだんだんさびれて来ました。あすこの筆を舐めると死ぬなんて、
(いいふらすやつがあるからたまりませんよ。いもうとむすめはそのあとにらしゃめんに)
云い触らす奴があるからたまりませんよ。妹娘はその後に洋妾に
(なったとかいううわさですが、ほんとうだかどうだかしりません。)
なったとかいう噂ですが、ほんとうだかどうだか知りません。
(なめふでではやりだしたみせがなめふででつぶれたのも、なにかのいんねんでしょう」)
舐め筆ではやり出した店が舐め筆でつぶれたのも、なにかの因縁でしょう」
(ろうじんのよげんどおり、かえるころにはあめとなった。)
老人の予言通り、帰る頃には雨となった。