「こころ」1-53 夏目漱石

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(上)先生と私
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 どんぐり 5832 A+ 6.2 93.2% 311.7 1960 142 39 2024/11/10
2 ぽむぽむ 5580 A 5.8 95.8% 338.5 1974 85 39 2024/10/20
3 mame 4732 C++ 5.0 93.9% 385.2 1949 126 39 2024/11/12

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問題文

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(めしになったとき、おくさんはそばにすわっているげじょをつぎへたたせて、)

飯になった時、奥さんは傍に坐っている下女を次へ立たせて、

(じぶんできゅうじのやくをつとめた。)

自分で給仕の役をつとめた。

(これがおもてだたないきゃくにたいするせんせいのうちのしきたりらしかった。)

これが表立たない客に対する先生の家の仕来りらしかった。

(はじめのいち、にかいはわたくしもきゅうくつをかんじたが、どすうのかさなるにつけ、)

始めの一、二回は私も窮屈を感じたが、度数の重なるにつけ、

(ちゃわんをおくさんのまえへだすのが、なんでもなくなった。)

茶碗を奥さんの前へ出すのが、何でもなくなった。

(「おちゃ?ごはん?ずいぶんよくたべるのね」)

「お茶?ご飯?ずいぶんよく食べるのね」

(おくさんのほうでもおもいきってえんりょのないことをしたことがあった。)

奥さんの方でも思い切って遠慮のない事をしたことがあった。

(しかしそのひは、じこうがじこうなので、そんなにからかわれるほど)

しかしその日は、時候が時候なので、そんなに調戯われるほど

(しょくよくがすすまなかった。)

食欲が進まなかった。

(「もうおしまい。あなたちかごろたいへんしょうしょくになったのね」)

「もうおしまい。あなた近頃大変小食になったのね」

(「しょうしょくになったんじゃありません。あついんでくわれないんです」)

「小食になったんじゃありません。暑いんで食われないんです」

(おくさんはげじょをよんでしょくたくをかたづけさせたあとへ、あらためてあいすくりーむと)

奥さんは下女を呼んで食卓を片付けさせた後へ、改めてアイスクリームと

(みずがしをはこばせた。)

水菓子を運ばせた。

(「これはうちでこしらえたのよ」)

「これは宅で拵えたのよ」

(ようのないおくさんには、てせいのあいすくりーむをきゃくにふるまうだけの)

用のない奥さんには、手製のアイスクリームを客に振舞うだけの

(よゆうがあるとみえた。わたくしはそれをにはいかえてもらった。)

余裕があると見えた。私はそれを二杯更えてもらった。

(「きみもいよいよそつぎょうしたが、これからなにをするきですか」)

「君もいよいよ卒業したが、これから何をする気ですか」

(とせんせいがきいた。)

と先生が聞いた。

(せんせいははんぶんえんがわのほうへせきをずらして、しきいぎわでせなかをしょうじにもたせていた。)

先生は半分縁側の方へ席をずらして、敷居際で背中を障子に靠たせていた。

(わたくしにはただそつぎょうしたというじかくがあるだけで、これからなにをしようという)

私にはただ卒業したという自覚があるだけで、これから何をしようという

など

(あてもなかった。)

目的もなかった。

(へんじにためらっているわたくしをみたとき、おくさんは)

返事にためらっている私を見た時、奥さんは

(「きょうし?」ときいた。)

「教師?」と聞いた。

(それにもこたえずにいると、こんどは、「じゃおやくにん?」とまたきかれた。)

それにも答えずにいると、今度は、「じゃお役人?」とまた聞かれた。

(わたくしもせんせいもわらいだした。)

私も先生も笑い出した。

(「ほんとういうと、まだなにをするかんがえもないんです。じつはしょくぎょうというものについて、)

「本当いうと、まだ何をする考えもないんです。実は職業というものについて、

(まったくかんがえたことがないくらいなんですから。だいちどれがいいか、どれがわるいか、)

全く考えた事がないくらいなんですから。だいちどれが善いか、どれが悪いか、

(じぶんがやってみたうえでないとわからないんだから、せんたくにこまるわけだとおもいます」)

自分がやって見た上でないと解らないんだから、選択に困る訳だと思います」

(「それもそうね。けれどもあなたはひっきょうざいさんがあるから)

「それもそうね。けれどもあなたは必竟財産があるから

(そんなのんきなことをいってられるのよ。これがこまるひとでごらんなさい。)

そんな呑気な事をいってられるのよ。これが困る人でご覧なさい。

(なかなかあなたのようにおちついちゃいられないから」)

なかなかあなたのように落ち付いちゃいられないから」

(わたくしのともだちにはそつぎょうしないまえから、ちゅうがくきょうしのくちをさがしているひとがあった。)

私の友達には卒業しない前から、中学教師の口を探している人があった。

(わたくしははらのなかでおくさんのいうじじつをみとめた。しかしこういった。)

私は腹の中で奥さんのいう事実を認めた。しかしこういった。

(「すこしせんせいにかぶれたんでしょう」)

「少し先生にかぶれたんでしょう」

(「ろくなかぶれかたをしてくださらないのね」)

「碌なかぶれ方をして下さらないのね」

(せんせいはくしょうした。)

先生は苦笑した。

(「かぶれてもかまわないから、そのかわりこのあいだいったとおり、)

「かぶれても構わないから、その代りこの間いった通り、

(おとうさんのいきているうちに、そうとうのざいさんをわけてもらっておきなさい。)

お父さんの生きているうちに、相当の財産を分けてもらって置きなさい。

(それでないとけっしてゆだんはならない」)

それでないと決して油断はならない」

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夏目漱石

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