半七捕物帳 津の国屋21

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第16話

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問題文

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(「まだごようがたくさんある。いいこころもちによっちゃあいられねえ。またくるよ」)

「まだ御用がたくさんある。いい心持に酔っちゃあいられねえ。また来るよ」

(かれはいくらかのかねをつつんで、もじはるがじたいするのをむりにおしつけるようにして)

彼は幾らかの金をつつんで、文字春が辞退するのを無理に押しつけるようにして

(おいていった。あられはまだときどきにばらばらとふっていた。)

置いて行った。霰はまだ時々にばらばらと降っていた。

(つねきちはそのあしでふたたびつのくにやへひっかえして、なにかのてつだいをしている)

常吉はその足で再び津の国屋へ引っ返して、なにかの手伝いをしている

(だいくのかねきちをおもてへよびだして、おやすのことをもういちどききただした。)

大工の兼吉を表へ呼び出して、お安のことをもう一度聞きただした。

(それからじょちゅうのおかくをよびだして、にょうぼうとばんとうとのかんけいについても)

それから女中のお角を呼び出して、女房と番頭との関係についても

(いちおうせんぎすると、おかくはもじはるにもはなしたとおり、たしかにふたりが)

一応詮議すると、お角は文字春にも話したとおり、たしかに二人が

(みっかいしているらしいしょうせきをみとどけたといった。しかしじぶんはしんざんもので、)

密会しているらしい証跡を見とどけたと云った。しかし自分は新参者で、

(それにはなんにもかんけいのないということをくりかえしてべんかいしていた。)

それにはなんにも関係のないということを繰り返して弁解していた。

(つねきちはそれだけのしらべをおわって、さらにはっちょうぼりへかおをだすと、どうしんたちのいけんも)

常吉はそれだけの調べを終って、更に八丁堀へ顔を出すと、同心たちの意見も

(しんじゅうでいっちしていて、もうせんぎのひつようをみとめないようなくちぶりであった。)

心中で一致していて、もう詮議の必要を認めないような口ぶりであった。

(それでもこのじだいにおいては、しゅじんとほうこうにんとのみっつうはじゅうだいじけんであるから、)

それでも此の時代に於いては、主人と奉公人との密通は重大事件であるから、

(なにかあたらしくききこんだことがあったならば、ゆだんなくさらにせんぎしろとの)

なにか新しく聞き込んだことがあったならば、油断なく更に詮議しろとの

(ことであった。つねきちはおやすのゆうれいいっけんをどうしんらのまえではまだはっぴょうしなかった。)

ことであった。常吉はお安の幽霊一件を同心らの前ではまだ発表しなかった。

(ただじぶんにはすこしふにおちないところがあるから、もうひとあしふみこんで)

ただ自分には少し腑に落ちないところがあるから、もう一と足踏み込んで

(せんぎしてみたいというだけのことをことわってかえってきた。かれはそれからすぐに)

詮議してみたいというだけのことを断って帰って来た。彼はそれからすぐに

(かんだみかわちょうのはんしちをたずねて、なにかしばらくそうだんしてわかれた。)

神田三河町の半七をたずねて、何かしばらく相談して別れた。

(そのつぎのひのひるすぎにつのくにやからにょうぼうおふじのとむらいがでた。)

その次の日の午過ぎに津の国屋から女房お藤の葬式がでた。

(しかしばんとうとしんじゅうしたということになっているいじょう、むろんにおもてむきのとむらいを)

しかし番頭と心中したということになっている以上、無論に表向きの葬式を

(いとなむこともできないので、ひのくれるのをまってこっそりと)

営むことも出来ないので、日の暮れるのを待ってこっそりと

など

(かんおけをかつぎだした。きんじょのものもわざとえんりょして、たいていはみおくりに)

棺桶をかつぎ出した。近所の者もわざと遠慮して、大抵は見送りに

(いかなかった。もじはるもつのくにやへくやみにいっただけで、とむらいのともには)

行かなかった。文字春も津の国屋へ悔みに行っただけで、葬式の伴には

(たたなかった。だいくのかねきちとみせのわかいものふたりと、しんるいのそうだいがひとり、)

立たなかった。大工の兼吉と店の若い者二人と、親類の総代が一人、

(ただそれだけのものがしのびやかにひつぎのあとについていった。ないふくとひょうばんされている)

唯それだけの者が忍びやかに棺のあとについて行った。内福と評判されている

(つのくにやのおかみさんのとむらいがあのすがたとは、こころがらとはいいながら)

津の国屋のおかみさんの葬式があの姿とは、心柄とはいいながら

(あんまりあわれだときんじょのものもささやきあっていた。せけんにたいして)

あんまり哀れだと近所の者もささやきあっていた。世間に対して

(めんもくないせいもあろう、しゅじんのじろべえはおくにとじこもったきりで、)

面目ないせいもあろう、主人の次郎兵衛は奥に閉じ籠ったきりで、

(ほとんどだれにもかおをあわせなかったが、しょなのかのすむのをまって)

ほとんど誰にも顔をあわせなかったが、初七日の済むのを待って

(ふたたびてらへかえるとのうわさであった。)

再び寺へ帰るとの噂であった。

(にょうぼうもばんとうもどうじによをさって、あとはわかいむすめのおゆきひとりである。)

女房も番頭も同時に世を去って、あとは若い娘のお雪ひとりである。

(そのうえにしゅじんがてらへかえってしまったらば、だれがみせをとりしまっていくであろう。)

その上に主人が寺へ帰ってしまったらば、誰が店を取り締って行くであろう。

(ときんじょではもっぱらうわさしていた。もじはるもふあんでならなかった。しりょうのたたりで)

と近所では専ら噂していた。文字春も不安でならなかった。死霊の祟りで

(つのくにやはとうとうつぶれてしまうのかと、かのじょはいよいよおそろしくおもった。)

津の国屋はとうとう潰れてしまうのかと、彼女はいよいよおそろしく思った。

(そのうちにしょなのかもすぎたが、じろべえはやはりつのくにやをたちのかなかった。)

そのうちに初七日も過ぎたが、次郎兵衛はやはり津の国屋を立ち退かなかった。

(かれはあまりにいがいのできごとにおどろかされて、とむらいのでたあくるひから)

彼はあまりに意外の出来事におどろかされて、葬式の出たあくる日から

(びょうきになって、どっととこについているのだとつたえられた。みせのほうは)

病気になって、どっと床に就いているのだと伝えられた。店の方は

(やすみもどうようで、に、さんにんのしんるいがきてかないのせわをしているらしかった。)

休みも同様で、二、三人の親類が来て家内の世話をしているらしかった。

(つのくにやのしょなのかがすぎてみっかのよるであった。もじはるはしばのおなじかぎょうのうちに)

津の国屋の初七日が過ぎて三日の夜であった。文字春は芝のおなじ稼業の家に

(ふこうがあって、そのくやみにいったかえりみちに、ためいけのふちへさしかかったのは)

不幸があって、その悔みに行った帰り途に、溜池の縁へさしかかったのは

(もういつつ(ごごはちじ)をすぎたころであった。つのくにやといい、こんやといい、)

もう五ツ(午後八時)を過ぎた頃であった。津の国屋といい、今夜といい、

(とかくにいやなことばかりつづくので、もじはるもいよいよくらいこころもちになった。)

とかくに忌なことばかり続くので、文字春もいよいよ暗い心持になった。

(はやくかえるつもりであったのがおもいのほかにときをついやしたので、)

早く帰るつもりであったのが思いのほかに時を費やしたので、

(くらいさびしいためいけのふちをとおるのがうすきみがわるかった。こんにちとちがって、)

暗い寂しい溜池のふちを通るのが薄気味が悪かった。今日と違って、

(さんのうさんのふもとをめぐるおおきいためいけにはかわうそがすむといううわさもあった。)

山王山の麓をめぐる大きい溜池には河獺が棲むという噂もあった。

(ゆうれいのむすめとみちづれになったことなどをおもいだして、もじはるはぞっとした。)

幽霊の娘と道連れになったことなどを思い出して、文字春はぞっとした。

(つきのない、しもぐもりとでもいいそうなそらで、いけのかれあしのなかではかりのなくこえが)

月のない、霜ぐもりとでも云いそうな空で、池の枯蘆のなかでは雁の鳴く声が

(さむそうにきこえた。もじはるはりょうそでをしっかりとかきあわせて、)

寒そうにきこえた。文字春は両袖をしっかりとかきあわせて、

(じぶんのげたのおとにもおびやかされながら、こまたにいそいでくると、)

自分の下駄の音にもおびやかされながら、小股に急いで来ると、

(くらいなかからかけてきたものがあった。)

暗い中から駈けて来た者があった。

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