半七捕物帳 津の国屋23

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第16話

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(そうわかってみると、いよいよすておかれないので、もじはるはすぐに)

そう判って見ると、いよいよ捨て置かれないので、文字春はすぐに

(つのくにやへしらせにいった。みせでもそのほうこくにおどろかされたらしく、)

津の国屋へ知らせに行った。店でもその報告に驚かされたらしく、

(わかいものふたりとこぞうふたりとがちょうちんをもってそのばへかけつけると、)

若い者二人と小僧二人とが提灯を持って其の場へ駈け付けると、

(はたしてちょうたろうとゆうきちとがちだらけになってかれあしのなかにたおれているのを)

果たして長太郎と勇吉とが血だらけになって枯蘆の中に倒れているのを

(はっけんした。どっちもに、さんかしょのあさでをおったあとに、はものをすてて)

発見した。どっちも二、三ヵ所の浅手を負った後に、刃物を捨てて

(くみうちになったらしく、ふたりはかたくひっくんだままでいけのなかへ)

組討ちになったらしく、二人は堅く引っ組んだままで池の中へ

(ころげおちていた。はもののきずはみなあさででいのちにかかわるようなことは)

ころげ落ちていた。刃物の傷はみな浅手で命にかかわるようなことは

(なかったが、いけへころげおちたときに、ちょうたろうはうんわるくどろぶかいところへ)

なかったが、池へころげ落ちた時に、長太郎は運悪く泥深いところへ

(かおをつっこんだので、そのままいきがとまってしまった。ゆうきちははんしはんしょうのていで)

顔を突っ込んだので、そのまま息が止まってしまった。勇吉は半死半生の体で

(あったが、これはてあてののちにしょうきにかえった。)

あったが、これは手当ての後に正気にかえった。

(おゆきをぶじにおくりとどけてもらったので、つのくにやではもじはるに)

お雪を無事に送りとどけて貰ったので、津の国屋では文字春に

(あつくれいをいった。しかしつのくにやよりもほかにれいをいってもらいたいひとが)

あつく礼を云った。しかし津の国屋よりもほかに礼を云ってもらいたい人が

(あるので、もじはるはさらにきりはたのつねきちのうちへとしらせにいった。)

あるので、文字春はさらに桐畑の常吉の家へと報せに行った。

(「どうせひとりしんだことですから、そちらのみみへもむろんにはいりましょうが、)

「どうせ一人死んだことですから、そちらの耳へも無論にはいりましょうが、

(なるべくはやいほうがいいかとおもいまして・・・・・・」)

なるべく早い方がいいかと思いまして……」

(「いや、それはありがてえ」と、ちょうどいあわせたつねきちがすぐにでてきた。)

「いや、それはありがてえ」と、ちょうど居合わせた常吉がすぐに出て来た。

(「よくしらせてくれた。じゃあ、これからでかけるとしよう。)

「よく知らせてくれた。じゃあ、これから出かけるとしよう。

(これでこのいっけんもたいがいめはながついたようだ。ししょう、いまにおれいをするよ」)

これでこの一件もたいがい眼鼻が付いたようだ。師匠、今にお礼をするよ」

(おもいどおりにれいをいわれて、もじはるはまんぞくしてかえった。かれはもうしりょうの)

思い通りに礼を云われて、文字春は満足して帰った。かれはもう死霊の

(こわいことなどはわすれていた。ちっとぐらいたたられてもいいから、)

怖いことなどは忘れていた。ちっとぐらい祟られてもいいから、

など

(じぶんもたちいってこのじけんのためにはたらいてみたいようなきにもなった。)

自分も立ち入ってこの事件のために働いて見たいような気にもなった。

(つねきちはすぐにつのくにやへいってみると、ゆうきちのきずはみぎのてににかしょと、)

常吉はすぐに津の国屋へ行ってみると、勇吉の傷は右の手に二ヵ所と、

(ひだりのかたにいっかしょであったが、どれもておもいものではなかった。)

左の肩に一ヵ所であったが、どれも手重いものではなかった。

(それでもよほどよわっているらしいのをつねきちはいたわりながら、)

それでもよほど弱っているらしいのを常吉はいたわりながら、

(ちょうないのじしんばんへつれていった。)

町内の自身番へ連れて行った。

(「おい、こぞう。おめえはえれえことをやったな。いのちがけでしゅじんのむすめのなんぎを)

「おい、小僧。おめえはえれえことをやったな。命がけで主人の娘の難儀を

(すくったんだ。おかみからごほうびがでるかもしれねえぞ。しかしおめえは)

救ったんだ。お上から御褒美が出るかも知れねえぞ。しかしおめえは

(どうしてはものをもってちょうたろうのあとからおっかけていったんだ。)

どうして刃物を持って長太郎のあとから追っかけて行ったんだ。

(あいつがむすめをつれだすところをみていたのか」)

あいつが娘を連れ出すところを見ていたのか」

(よわってはいたが、ゆうきちはあんがいはっきりとこたえた。)

弱ってはいたが、勇吉は案外はっきりと答えた。

(「はい、みていました。ちょうたろうがはものでおゆきさんをおどかして、)

「はい、見ていました。長太郎が刃物でお雪さんをおどかして、

(むりにどこへかつれていこうとするのをみましたから、からてじゃあいけないと)

無理にどこへか連れて行こうとするのを見ましたから、空手じゃあいけないと

(おもって、すぐにだいどころからでばぼうちょうをもちだしていきました。)

思って、すぐに台所から出刃庖丁を持ち出して行きました。

(そうしてためいけのところでおっついたんです」)

そうして溜池のところで追っ付いたんです」

(「よし、わかった。だが、まだひとつわからねえことがある。おめえはそれを)

「よし、判った。だが、まだ一つ判らねえことがある。おめえはそれを

(みつけたら、なぜほかのものにしらせねえ。じぶんひとりではものをもちだして)

見つけたら、なぜほかの者に知らせねえ。自分一人で刃物を持ち出して

(いくというのはおかしいじゃねえか」)

行くというのはおかしいじゃねえか」

(ゆうきちはだまっていた。)

勇吉は黙っていた。

(「ここがだいじのところだ」と、つねきちはさとすようにいった。)

「ここが大事のところだ」と、常吉は諭すように云った。

(「おめえがほうびをもらうか、げしゅにんになるか、ふたつにひとつのだいじのところだ、)

「おめえが褒美を貰うか、下手人になるか、二つに一つの大事のところだ、

(よくおちついてへんじをしろ」)

よく落ち着いて返事をしろ」

(ゆうきちはやはりだまっていた。)

勇吉はやはり黙っていた。

(「じゃあ、おれのほうからいうが、おめえはなにかちょうたろうをうらんでいるな。)

「じゃあ、おれの方から云うが、おめえは何か長太郎を恨んでいるな。

(むすめをたすけるりょうけんもむろんだが、まだそのほかに、いっそここでちょうたろうを)

娘を助ける料簡も無論だが、まだ其のほかに、いっそここで長太郎を

(やっつけてしまおうというりょうけんがありゃあしなかったか、どうだ。)

やっつけてしまおうという料簡がありゃあしなかったか、どうだ。

(はっきりいえ」)

はっきり云え」

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