半七捕物帳 石燈籠2

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第二話

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問題文

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(てんぽうじゅうにねんのこよみももうおわりにちかづいたじゅうにがつはじめのくもった)

天保十二年の暦ももう終りに近づいた十二月はじめの陰(くも)った

(ひであった。はんしちがにほんばしのおおどおりをぶらぶらあるいていると、)

日であった。半七が日本橋の大通りをぶらぶらあるいていると、

(しらきのよこちょうからあおいかおをしたわかいおとこが、くろうありそうにとぼとぼとでてきた。)

白木の横町から蒼い顔をした若い男が、苦労ありそうにとぼとぼと出て来た。

(おとこはこのよこちょうのきくむらというふるいこまものやのばんとうであった。)

男はこの横町の菊村という古い小間物屋の番頭であった。

(はんしちもこのきんじょでうまれたので、こどものときからかれをしっていた。)

半七もこの近所で生まれたので、子供の時から彼を識っていた。

(「せいさん、どこへ・・・・・・」)

「清さん、どこへ……」

(こえをかけられてせいじろうはだまってえしゃくした。わかいばんとうのかおいろはきょうのふゆぞらよりも)

声をかけられて清次郎は黙って会釈した。若い番頭の顔色はきょうの冬空よりも

(くもっているのがいよいよはんしちのめについた。)

陰っているのがいよいよ半七の眼についた。

(「かぜでもひきなすったかえ、かおいろがひどくわるいようだが・・・・・・」)

「かぜでも引きなすったかえ、顔色がひどく悪いようだが……」

(「いえ、なに、べつに」)

「いえ、なに、別に」

(いおうかいうまいかせいじろうのこころはまよっているらしかったが、)

云おうか云うまいか清次郎の心は迷っているらしかったが、

(やがてちかよってきてささやくようにいった。)

やがて近寄って来てささやくように云った。

(「じつはおきくさんのゆくえがしれないので・・・・・・」)

「実はお菊さんのゆくえが知れないので……」

(「おきくさんが・・・・・・。いったいどうしたんです」)

「お菊さんが……。一体どうしたんです」

(「きのうのおひるすぎになかばたらきのおたけどんをつれて、あさくさのかんのんさまへ)

「きのうのお午すぎに仲働きのお竹どんを連れて、浅草の観音様へ

(おまいりにいったんですが、とちゅうでおきくさんにはぐれてしまって、)

お詣りに行ったんですが、途中でお菊さんにはぐれてしまって、

(おたけどんだけがぼんやりかえってきたんです」)

お竹どんだけがぼんやり帰って来たんです」

(「きのうのひるすぎ・・・・・・」と、はんしちもかおをしかめた。「そうして、きょうまで)

「きのうの午すぎ……」と、半七も顔をしかめた。「そうして、きょうまで

(すがたをみせないんですね。おふくろさんもさぞしんぱいしていなさるだろう。)

姿を見せないんですね。おふくろさんもさぞ心配していなさるだろう。

(まるでこころあたりはないんですかえ。そいつはちっとへんだね」)

まるで心当りはないんですかえ。そいつはちっと変だね」

など

(きくむらのみせでもむろんてわけをして、ゆうべからけさまでこころあたりをくまなく)

菊村の店でも無論手分けをして、ゆうべから今朝まで心当りを隈なく

(せんさくしているが、ちっともてがかりがないとせいじろうはいった。)

詮索しているが、ちっとも手がかりがないと清次郎は云った。

(かれはゆうべろくろくにねむらなかったらしく、あかくうるんだめのおくに)

彼はゆうべ碌々に睡(ねむ)らなかったらしく、紅くうるんだ眼の奥に

(つかれたひとみばかりがするどくひかっていた。)

疲れた瞳ばかりが鋭く光っていた。

(「ばんとうさん。じょうだんじゃない。おまえさんがつれだしてどこへかかくして)

「番頭さん。冗談じゃない。おまえさんが連れ出して何処へか隠して

(あるんじゃないかえ」と、はんしちはあいてのかたをたたいてわらった。)

あるんじゃないかえ」と、半七は相手の肩を叩いて笑った。

(「いえ、とんでもないことを・・・・・・」と、せいじろうはあおいかおをすこしそめた。)

「いえ、飛んでもないことを……」と、清次郎は蒼い顔をすこし染めた。

(むすめとせいじろうとがただのしゅじゅうかんけいでないことは、はんしちもうすうすにらんでいた。)

娘と清次郎とがただの主従関係でないことは、半七も薄々睨んでいた。

(しかししょうじきもののせいじろうがむすめをそそのかしていえでさせるほどのあくほうをかこうとも)

しかし正直者の清次郎が娘をそそのかして家出させる程の悪法を書こうとも

(おもわれなかった。きくむらのとおえんのしんるいがほんごうにあるので、しょせんむだとは)

思われなかった。菊村の遠縁の親類が本郷にあるので、所詮無駄とは

(おもいながらも、いちおうはねんばらしにこれからそこへもききあわせに)

思いながらも、一応は念晴らしにこれから其処へも聞き合わせに

(いくつもりだと、せいじろうはたよりなげにいった。かれのそそげたびんのけは)

行くつもりだと、清次郎は頼りなげに云った。彼のそそげた鬢の毛は

(しわすのさむいかぜにさびしくおののいていた。)

師走の寒い風にさびしく戦慄(おのの)いていた。

(「じゃあ、まあためしにいってごらんなさい。わっしもせいぜいきをつけますから」)

「じゃあ、まあ試しに行って御覧なさい。わっしもせいぜい気をつけますから」

(「なにぶんねがいます」)

「なにぶん願います」

(せいじろうにわかれて、はんしちはすぐにきくむらのみせへたずねていった。きくむらのみせは)

清次郎に別れて、半七はすぐに菊村の店へたずねて行った。菊村の店は

(しけんはんのまぐちで、いっぽうのせまいぬけうらのひだりがわにこうしどのでいりぐちがあった。)

四間半の間口で、一方の狭い抜け裏の左側に格子戸の出入り口があった。

(おくゆきのふかいうちで、おくのはちじょうがしゅじんのいまらしく、そのまえのじゅっつぼばかりの)

奥行きの深い家で、奥の八畳が主人の居間らしく、その前の十坪ばかりの

(きたむきのこにわがあることを、はんしちはかねてしっていた。)

北向きの小庭があることを、半七はかねて知っていた。

(きくむらのしゅじんはごねんほどまえにしんで、いまはおんなあるじのおとらがいっかのしめくくりを)

菊村の主人は五年ほど前に死んで、今は女あるじのお寅が一家の締めくくりを

(していた。おきくはおっとがかたみのひとつぶだねでことしじゅうはちのうつくしいむすめであった。)

していた。お菊は夫が形見の一粒種で今年十八の美しい娘であった。

(みせではじゅうぞうというおおばんとうのほかに、せいじろうととうきちのわかいばんとうがふたり、)

店では重蔵という大番頭のほかに、清次郎と藤吉の若い番頭が二人、

(まだほかによにんのこぞうがほうこうしていた。おくはおとらおやことなかばたらきのおたけと、)

まだほかに四人の小僧が奉公していた。奥はお寅親子と仲働きのお竹と、

(ほかにだいどころをはたらくじょちゅうがふたりいることも、はんしちはことごとくきおくしていた。)

ほかに台所を働く女中が二人いることも、半七はことごとく記憶していた。

(はんしちはおんなしゅじんのおとらにもあった。おおばんとうのじゅうぞうにもあった。なかばたらきのおたけにも)

半七は女主人のお寅にも逢った。大番頭の重蔵にも逢った。仲働きのお竹にも

(あった。しかしみんなうすぐらいゆがんだかおをしてためいきをついているばかりで、)

逢った。しかしみんな薄暗いゆがんだ顔をして溜息をついているばかりで、

(むすめのありかをたんさくすることについてなんのあんじをもはんしちにあたえてくれなかった。)

娘のありかを探索することに就いて何の暗示をも半七に与えてくれなかった。

(かえるときにはんしちはおたけをこうしのそとへよびだしてささやいた。)

帰るときに半七はお竹を格子の外へ呼び出してささやいた。

(「おたけどん。おめえはおきくさんのおともをしていったにんげんだから、)

「お竹どん。おめえはお菊さんのお供をして行った人間だから、

(こんどのいっけんにはどうしてもかかりあいはのがれねえぜ。うちそとによくきをつけて、)

今度の一件にはどうしても係り合いは逃れねえぜ。内そとによく気をつけて、

(なにかこころあたりのことがあったら、きっとわっしにしらしてくんねえ。)

なにか心当りのことがあったら、きっとわっしに知らしてくんねえ。

(いいかえ。かくすとためにならねえぜ」)

いいかえ。隠すと為にならねえぜ」

(としのわかいおたけははいのようなかおいろをしてふるえていた。そのおどしが)

年の若いお竹は灰のような顔色をしてふるえていた。その嚇しが

(きいたとみえて、はんしちがあくるあさふたたびでなおしてゆくと、)

利いたとみえて、半七があくる朝ふたたび出直してゆくと、

(こうしのまえをさむそうにはいていたおたけはまちかねたようにかけてきた。)

格子の前を寒そうに掃いていたお竹は待ち兼ねたように駈けて来た。

(「あのね、はんしちさん。おきくさんがゆうべかえってきたんですよ」)

「あのね、半七さん。お菊さんがゆうべ帰って来たんですよ」

(「かえってきた。そりゃあよかった」)

「帰って来た。そりゃあよかった」

(「ところが、またすぐにどこへかすがたをかくしてしまったんですよ」)

「ところが、又すぐに何処へか姿を隠してしまったんですよ」

(「そりゃあへんだね」)

「そりゃあ変だね」

(「へんですとも。・・・・・・そうして、それきりまたみえなくなってしまったんですもの」)

「変ですとも。……そうして、それきり又見えなくなってしまったんですもの」

(「かえってきたのをだれもしらなかったのかね」)

「帰って来たのを誰も知らなかったのかね」

(「いいえ、わたしもしっていますし、おかみさんもたしかに)

「いいえ、わたしも知っていますし、おかみさんも確かに

(みたんですけれども、それがまたいつのまにか・・・・・・」)

見たんですけれども、それが又いつの間にか……」

(きくひとよりもはなすひとのほうが、いかにもふにおちないようなかおをしていた。)

聴く人よりも話す人の方が、いかにも腑に落ちないような顔をしていた。

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