半七捕物帳 石燈籠4

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問題文
(「それからわたしもそこらをさがしてあるいたんですけれども、おきくさんは)
「それからわたしもそこらを探して歩いたんですけれども、お菊さんは
(どうしてもみえないんです。もしやさきへかえったのかとおもって、)
どうしても見えないんです。もしや先へ帰ったのかと思って、
(わたしもいそいでうちへかえってくると、うちへもやっぱりかえっていないんでしょう。)
わたしも急いで家へ帰ってくると、家へもやっぱり帰っていないんでしょう。
(ないしょでせいさんにきいてみたんですけれども、あのひともひとあしさきへかえったあとで、)
内所で清さんに訊いて見たんですけれども、あの人も一と足先へ帰ったあとで、
(なんにもしらないというんです。でも、おかみさんにほんとうのことは)
なんにも知らないと云うんです。でも、おかみさんにほんとうのことは
(いえませんから、とちゅうではぐれたことにしてあるんですが、せいさんもわたしも、)
云えませんから、途中ではぐれたことにしてあるんですが、清さんもわたしも、
(おとといからないないどんなにしんぱいしているかしれないんです。ゆうべかえってきて、)
おとといから内々どんなに心配しているか知れないんです。ゆうべ帰って来て、
(やれうれしやとおもうとすぐにまたきえてしまって・・・・・・。いったいどうしたんだか、)
やれ嬉しやと思うとすぐにまた消えてしまって……。一体どうしたんだか、
(まるでけんとうがつきません」)
まるで見当が付きません」
(おろおろごえでおたけがささやくのを、はんしちはだまってきいていた。)
おろおろ声でお竹がささやくのを、半七は黙って聴いていた。
(「なに、いまにわかるだろう。おかみさんにも、ばんとうさんにも、)
「なに、今に判るだろう。おかみさんにも、番頭さんにも、
(あまりしんぱいしねえようにいっておくがいい。きょうはこれでかえるから」)
あまり心配しねえように云って置くがいい。きょうはこれで帰るから」
(はんしちはかんだへかえっておやぶんにこのはなしをすると、きちごろうはくびをかしげて、)
半七は神田へ帰って親分にこの話をすると、吉五郎は首をかしげて、
(そのばんとうがあやしいぜといった。しかしはんしちはしょうじきなせいじろうをうたがうきには)
その番頭が怪しいぜと云った。しかし半七は正直な清次郎を疑う気には
(なれなかった。)
なれなかった。
(「いくらしょうじきだって、しゅじんのむすめとふらちをはたらくようなやろうだもの、)
「いくら正直だって、主人のむすめと不埒を働くような野郎だもの、
(なにをするかわかるもんか。あしたいったらそのばんとうをひっぱたいてみろ」と、)
何をするか判るもんか。あした行ったらその番頭を引っぱたいてみろ」と、
(きちごろうはいった。)
吉五郎は云った。
(そのあくるあさのよっつ(じゅうじ)ごろにはんしちがかさねてきくむらのみせへみまわりにゆくと、)
その明くる朝の四ツ(十時)頃に半七が重ねて菊村の店へ見廻りにゆくと、
(みせのまえにはおおぜいのひとがたっていた。おおぜいはなにかひそひそとささやきながら)
店の前には大勢の人が立っていた。大勢は何かひそひそと囁きながら
(こうきとふあんのめをけわしくしてうちをのぞきこんでいた。きんじょのいぬまでが)
好奇と不安の眼をけわしくして内を覗き込んでいた。近所の犬までが
(おおぜいのあしのしたをくぐってしさいありげにうろついていた。うらへまわって)
大勢の足の下をくぐって仔細ありげにうろついていた。裏へまわって
(こうしをあけると、せまいくつぬぎはぞうりやげたでうめられていた。)
格子をあけると、狭い沓脱(くつぬぎ)は草履や下駄で埋められていた。
(おたけはなきがおをしてすぐでてきた。)
お竹は泣き顔をしてすぐ出て来た。
(「おい。なにかあったのかい」 「おかみさんがころされて・・・・・・」)
「おい。何かあったのかい」 「おかみさんが殺されて……」
(おたけはこえをたててなきだした。はんしちもさすがにあっけにとられた。)
お竹は声を立てて泣き出した。半七もさすがに呆気に取られた。
(「だれにころされたんだ」)
「誰に殺されたんだ」
(へんじもしないでおたけはまたなきだした。すかしておどしてそのしさいをきくと、)
返事もしないでお竹はまた泣き出した。賺して嚇してその仔細をきくと、
(おんなあるじのおとらはゆうべなにものかにころされたのである。おもてむきはなにものか)
女あるじのお寅はゆうべ何者かに殺されたのである。表向きは何者か
(わからないといっているが、じつはむすめのおきくがてをくだしたのである。)
判らないと云っているが、実は娘のお菊が手をくだしたのである。
(おたけはたしかにそれをみたといった。おたけばかりでなく、じょちゅうのおとよもおかつも、)
お竹は確かにそれを見たと云った。お竹ばかりでなく、女中のお豊もお勝も、
(おなじくおきくのすがたをみたとのことであった。)
おなじくお菊の姿を見たとのことであった。
(はたしてそれがいつわりでなければ、おきくはいうまでもなくおやごろしのざいにんである。)
果たしてそれが偽りでなければ、お菊は云うまでもなく親殺しの罪人である。
(じけんはひじょうにじゅうだいなものとなってはんしちのまえにあらわれた。いままでは)
事件は非常に重大なものとなって半七の前にあらわれた。今までは
(さのみめずらしくもないまちやのむすめとほうこうにんのいろごととたかをくくっていたはんしちは、)
さのみ珍しくもない町家の娘と奉公人の色事と多寡をくくっていた半七は、
(このじゅうだいじけんにぶつかってすこしめんくらった。)
この重大事件にぶつかって少し面喰らった。
(「だが、こういうときにうでをみせなけりゃあいけねえ」と、としのわかいかれは)
「だが、こういう時に腕を見せなけりゃあいけねえ」と、年の若い彼は
(つとめてゆうきをふるいおこした。)
努めて勇気をふるい興した。
(むすめはさきおとといゆくえふめいとなった。それがおとといのばん、ふらりと)
娘はさきおととい行くえ不明となった。それがおとといの晩、ふらりと
(かえってきて、すぐにまたそのすがたをかくしてしまった。そうしてゆうべまた)
帰って来て、すぐに又その姿を隠してしまった。そうしてゆうべまた
(かえってきたかとおもうと、こんどはははをころしてにげた。これにはよほどこみいった)
帰って来たかと思うと、今度は母を殺して逃げた。これには余程こみいった
(じじょうがまつわっていなければならないとそうぞうされた。)
事情がまつわっていなければならないと想像された。
(「そうして、むすめはどうした」)
「そうして、娘はどうした」
(「どうしたかわからないんです」と、おたけはまたないた。)
「どうしたか判らないんです」と、お竹はまた泣いた。