半七捕物帳 石燈籠9

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第二話

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問題文

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(「あにい、なにもかももうしあげます」)

「大哥(あにい)、なにもかも申し上げます」

(「しんみょうによくいった。あのきはちじょうはきくむらのむすめのだろうな。てめえいったいあのむすめを)

「神妙によく云った。あの黄八丈は菊村の娘のだろうな。てめえ一体あの娘を

(どこからつれてきた」)

どこから連れて来た」

(「わたしがつれてきたんじゃないんです」と、きんじはあわれみをこうような)

「わたしが連れて来たんじゃないんです」と、金次は哀れみを乞うような

(かなしいめをして、あいてのかおをそっとみあげた。「じつはさきおとといの)

悲しい眼をして、相手の顔をそっと見上げた。「実はさきおとといの

(ひるまえに、こりゅうとふたりであさくさへあそびにいったんです。ようと)

午(ひる)まえに、小柳と二人で浅草へ遊びに行ったんです。酔うと

(あいつのくせで、きょうはもうしょうばいをやすむというのを、むりになだめて)

あいつの癖で、きょうはもう商売を休むというのを、無理になだめて

(かえろうとしても、あいつがなかなかしょうちしないんです。もっともあんなはでな)

帰ろうとしても、あいつがなかなか承知しないんです。もっともあんな派手な

(かぎょうはしていても、ぜにづかいがあらいのと、わたしがこのごろけいきがわるいんで、)

稼業はしていても、銭遣いがあらいのと、私がこのごろ景気が悪いんで、

(ほうぼうにむりなしゃっきんはできる。このとしのくれはだいごなんで、あいつもすこしやけに)

方々に無理な借金はできる。この歳の暮は大御難で、あいつも少し自棄に

(なっているようですから、しかたなしにおもりをしながらひるすぎまでおくやまあたりを)

なっているようですから、仕方なしにお守をしながら午過ぎまで奥山あたりを

(うろついていると、あるちゃやからわかいばんとうがでてくる。つづいてこぎれいなむすめが)

うろついていると、或る茶屋から若い番頭が出てくる。つづいて小綺麗な娘が

(でてきました。それをこりゅうがみて、あれはにほんばしのきくむらのむすめだ。)

出て来ました。それを小柳が見て、あれは日本橋の菊村の娘だ。

(おとなしいようなかおをしていながら、こんなところでばんとうとであいをして)

おとなしいような顔をしていながら、こんなところで番頭と出会いをして

(いやあがる。あいつをいちばんくいものにしてやろうと・・・・・・」)

いやあがる。あいつを一番食い物にしてやろうと……」

(「こりゅうはどうしてきくむらのむすめということをしっていたんだ」と、)

「小柳はどうして菊村の娘ということを知っていたんだ」と、

(はんしちはくちをいれた。)

半七は喙(くち)をいれた。

(「そりゃあときどきにべにやおしろいをかいにいくからです。)

「そりゃあ時々に紅や白粉(おしろい)を買いに行くからです。

(きくむらはふるいみせですからね。そこでわたしはすぐにかごをよびにいきました。)

菊村は古い店ですからね。そこで私はすぐに駕籠を呼びに行きました。

(そのあいだなんといってさそってきたのかしりませんが、とうとうそのむすめを)

そのあいだ何と云って誘って来たのか知りませんが、とうとう其の娘を

など

(うまみちのほうへひっぱりだしてきたんです。かごはにちょうで、こりゅうとむすめがかごにのって)

馬道の方へ引っ張り出して来たんです。駕籠は二挺で、小柳と娘が駕籠に乗って

(さきへいって、わたしはあとからあるいてかえりました。かえってみると、むすめは)

先へ行って、わたしは後からあるいて帰りました。帰ってみると、娘は

(ないている。きんじょへきこえるとめんどうだから、さるぐつわをはめて)

泣いている。近所へきこえると面倒だから、猿轡(さるぐつわ)を嵌めて

(とだなのなかへおしこんでおけとこりゅうがいうんです。あんまりかわいそうだとは)

戸棚のなかへ押し込んでおけと小柳が云うんです。あんまり可哀そうだとは

(おもいましたが、ええいくじのねえ、なにをぐずぐずしているんだねと、あいつが)

思いましたが、ええ意気地のねえ、何をぐずぐずしているんだねと、あいつが

(むやみにけんつくをくわせるもんですから、わたしもてつだって)

無暗に剣突(けんつく)を食わせるもんですから、わたしも手伝って

(おくのとだなへおしこんでしまいました」)

奥の戸棚へ押し込んでしまいました」

(「こりゅうというやつは、よくねえおんなだということは、おれもまえからきいていたが、)

「小柳という奴は、よくねえ女だということは、おれも前から聞いていたが、

(まるでひとつやのばばあだな。それからどうした」)

まるで一つ家のばばあだな。それからどうした」

(「そのばんすぐきんじょのやまぜげんをよんできて、いたこへねんいっぱい)

「その晩すぐ近所の山女衒(やまぜげん)を呼んで来て、潮来へ年一杯

(しじゅうりょうということにはなしがきまりました。やすいもんだがしかたがないというんで、)

四十両ということに話がきまりました。安いもんだが仕方がないというんで、

(あくるあさ、かごにのせてぜげんといっしょにだしてやりましたが、そのぜげんの)

あくる朝、駕籠に乗せて女衒と一緒に出してやりましたが、その女衒の

(かえらないうちはいちもんもこっちのてにはいらない。なにしろもうじゅうにがつのこえを)

帰らないうちは一文もこっちの手にはいらない。なにしろもう十二月の声を

(きいてからは、まいにちのようにいろいろのおにがおしよせてくる。くるしまぎれに)

聞いてからは、毎日のようにいろいろの鬼が押し寄せてくる。苦しまぎれに

(こりゅうはまたこんなことをかんがえだしたのです。むすめをいたこへやるときに、)

小柳は又こんなことを考え出したのです。娘を潮来へやるときに、

(うりものにははなとかいうんで、きていたきはちじょうをひっぱがして、こりゅうのよそいきと)

売物には花とかいうんで、来ていた黄八丈を引っぱがして、小柳のよそ行きと

(きがえさせてやったもんですから、むすめのきものはそっくりこっちにのこっている」)

着換えさせてやったもんですから、娘の着物はそっくりこっちに残っている」

(「むむ。そのきはちじょうのきものとふじいろのずきんで、こりゅうがむすめにばけてきくむらに)

「むむ。その黄八丈の着物と藤色の頭巾で、小柳が娘に化けて菊村に

(しのびこんだな。やっぱりかねをとるつもりか」)

忍び込んだな。やっぱり金を取るつもりか」

(「そうです」と、きんじはうなずいた。「かねはてばこにいれておふくろのいまに)

「そうです」と、金次はうなずいた。「金は手箱に入れておふくろの居間に

(しまってあるということは、むすめをおどしてきいておいたんです」)

しまってあるということは、娘をおどして聞いて置いたんです」

(「それじゃあはじめからそのつもりだったんだろう」)

「それじゃあ始めからその積りだったんだろう」

(「どうだかわかりませんが、こりゅうはくるしまぎれによんどころなくこんなことを)

「どうだか判りませんが、小柳は苦しまぎれによんどころなく斯んなことを

(するんだといっていました。だが、おとといのばんはうまくいかないで、)

するんだと云っていました。だが、おとといの晩は巧く行かないで、

(すごすごかえってきました。こんやこそはきっとうまくやってくるといって、)

すごすご帰って来ました。今夜こそはきっと巧くやって来ると云って、

(ゆうべもゆうがたからでていきましたが・・・・・・。やっぱりてぶらでかえってきて、)

ゆうべも夕方から出て行きましたが……。やっぱり手ぶらで帰って来て、

(「こんやもまたやりそんじた。おまけにかかあがおおきなこえを)

『今夜もまたやり損じた。おまけに嬶(かかあ)が大きな声を

(だしゃあがったから、やけになってどてっぱらをえぐってきた」と、)

出しゃあがったから、自棄になって土手っ腹をえぐって来た』と、

(こういうんです。あにいのまえですが、わたしはふるえて、しばらくはくちが)

こう云うんです。大哥の前ですが、わたしはふるえて、しばらくは口が

(きけませんでしたよ。そでにちがついているのをみるとうそじゃあない。)

利けませんでしたよ。袖に血が付いているのを見ると嘘じゃあない。

(とんでもないことをしてくれたとおもっていますと、それでもとうにんは)

飛んでもないことをしてくれたと思っていますと、それでも当人は

(すましたもので「なあに、だいじょうぶさ。このずきんときものがしょうこで、せけんじゃあ)

澄ましたもので『なあに、大丈夫さ。この頭巾と着物が証拠で、世間じゃあ

(むすめがころしたとおもっているにそういない」といっているんです。そうして、)

娘が殺したと思っているに相違ない』と云っているんです。そうして、

(きもののちをあらって、あすこへほして、きょうもあいかわらずこやへ)

着物の血を洗って、あすこへほして、きょうも相変わらず小屋へ

(でていきました」)

出て行きました」

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