半七捕物帳 石燈籠12(終)

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第二話

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問題文

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(「これがまあわたくしのうりだすはじめでした」と、はんしちろうじんはいった。「それから)

「これがまあ私の売出す始めでした」と、半七老人は云った。「それから

(さん、よねんのうちに、おやぶんのきちごろうはかくらんでしにました。)

三、四年のうちに、親分の吉五郎は霍乱(かくらん)で死にました。

(そのしにぎわにむすめのおせんとあとしきいっさいをわたくしにゆずって、どうかあとを)

その死にぎわに娘のお仙と跡式一切をわたくしに譲って、どうか跡を

(たててくれろというゆいごんがあったもんですから、こぶんたちもとうとうわたくしを)

立ててくれろという遺言があったもんですから、子分たちもとうとうわたくしを

(かつぎあげてにだいめのおやぶんということにしてしまいました。わたくしがいちにんまえの)

担ぎ上げて二代目の親分ということにしてしまいました。わたくしが一人前の

(おかっぴきになったのはこのときからです。)

岡っ引になったのはこの時からです。

(そのときにどうしてこりゅうにめぐしをさしたかというんですか。)

その時にどうして小柳に目串(めぐし)を差したかと云うんですか。

(そりゃあさっきもおはなしもうしたとおり、いしどうろうのあしあとからです。)

そりゃあ先刻(さっき)もお話し申した通り、石燈籠の足跡からです。

(こけにのこっているつまさきがどうしてもおんなのあしらしい。といって、たいていのおんなが)

苔に残っている爪先がどうしても女の足らしい。と云って、大抵の女が

(あのたかべいをむぞうさにのぼりおりすることができるもんじゃあない。)

あの高塀を無造作に昇り降りすることが出来るもんじゃあない。

(よほどからだのかるいやつでなけりゃあならないとおもっているうちに、ふいと)

よほど身体の軽い奴でなけりゃあならないと思っているうちに、ふいと

(かるわざしということをおもいついたんです。おんなのかるわざしはえどにもたくさん)

軽業師ということを思い付いたんです。女の軽業師は江戸にもたくさん

(ありません。そのなかでもりょうごくのこやにでているしゅんぷうこりゅうというやつは)

ありません。そのなかでも両国の小屋に出ている春風小柳という奴は

(ふだんからひょうばんのよくないおんなで、じぶんよりもとしのわかいおとこにいれあげている)

ふだんから評判のよくない女で、自分よりも年の若い男に入れ揚げている

(ということをきいていましたから、たぶんこいつだろうとだんだんたぐって)

ということを聞いていましたから、多分こいつだろうとだんだん手繰って

(いくと、あんがいにはやくらちがあいてしまったんです。きんじというやつはいずのしまへ)

行くと、案外に早く埒が明いてしまったんです。金次という奴は伊豆の縞へ

(やられたんですが、そののちなんでもしゃにあってぶじにかえってきたという)

やられたんですが、その後なんでも赦(しゃ)に逢って無事に帰って来たという

(うわさをききました。)

噂を聞きました。

(きくむらのみせではばんとうのせいじろうをむすめのむこにして、あいかわらずしょうばいをしていましたが、)

菊村の店では番頭の清次郎を娘の聟にして、相変わらず商売をしていましたが、

(いくらしにせでもいったんけちがつくとどうもいけないものとみえて、それからのちは)

いくら老舗でも一旦ケチが付くとどうもいけないものと見えて、それから後は

など

(しょうばいもおもわしくないようで、えどのすえにしばのほうへひっこしてしまいましたが、)

商売も思わしくないようで、江戸の末に芝の方へ引っ越してしまいましたが、

(いまはどうなったかしりません。)

今はどうなったか知りません。

(どっちにしてもたすからないにんげんじゃあありますけれども、こりゅうをおおかわへ)

どっちにしても助からない人間じゃあありますけれども、小柳を大川へ

(とびこましたのはざんねんでしたよ。つまりこっちのゆだんですね。つかまえるまでは)

飛び込ましたのは残念でしたよ。つまりこっちの油断ですね。つかまえるまでは

(きがはっていますけれども、もうつかまえてしまうとだれでもきがゆるむもの)

気が張っていますけれども、もう捕まえてしまうと誰でも気がゆるむもの

(ですから、ゆだんしてなわぬけなんぞをくうことがときどきあります。)

ですから、油断して縄抜けなんぞを食うことが時々あります。

(まだおもしろいはなしはないかというんですか。じぶんのてがらばなしならばいくらもありますよ。)

まだ面白い話はないかと云うんですか。自分の手柄話ならば幾らもありますよ。

(はははは。そのうちにまたあそびにいらっしゃい」)

はははは。その内にまた遊びにいらっしゃい」

(「ぜひまたはなしてもらいにきますよ」)

「ぜひ又話して貰いに来ますよ」

(わたしははんしちろうじんにやくそくしてわかれた。)

わたしは半七老人に約束して別れた。

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