半七捕物帳 湯屋の二階1

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第四話
タイトルの「湯屋」は「ゆうや」と読みます。

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問題文

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(あるとしのしょうがつにわたしはまたろうじんをたずねた。)

一 ある年の正月に私はまた老人をたずねた。

(「おめでとうございます」)

「おめでとうございます」

(「おめでとうございます。とうねんもあいかわりませず・・・・・・」)

「おめでとうございます。当年も相変わりませず……」

(はんしちろうじんにぎょうぎただしくしんねんのことほぎをのべられて、しょせいりゅうのわたしはすこし)

半七老人に行儀正しく新年の寿を述べられて、書生流のわたしは少し

(めんくらった。そのうちにごしゅうぎのとそがでた。おおくのまないろうじんと、)

面食らった。そのうちに御祝儀の屠蘇(とそ)がでた。多く飲まない老人と、

(まるでげこのわたしとは、たちまちはるめいたかおになってしまって、)

まるで下戸(げこ)の私とは、忽ち春めいた顔になってしまって、

(はなしはだんだんはずんできた。)

話はだんだんはずんで来た。

(「いつものおはなしでなにかはるらしいたねはありませんか」)

「いつものお話で何か春らしい種はありませんか」

(「そりゃあむずかしいごちゅうもんだ」と、ろうじんはひたいをなでながらわらった。)

「そりゃあむずかしい御註文だ」と、老人は額を撫でながら笑った。

(「どうでわたくしどものはたけにあるおはなしは、ひとごろしとかどろぼうとかいうたぐいが)

「どうで私どもの畑にあるお話は、人殺しとか泥坊とかいうたぐいが

(おおいんですからね。はるめいたようきなおはなしというのはまことにすくない。)

多いんですからね。春めいた陽気なお話というのはまことに少ない。

(しかしわたくしどもでもやりそんじはたびたびありました。われわれだって)

しかし私どもでも遣り損じは度々ありました。われわれだって

(かみさまじゃありませんから、なにからなにまでみすかしというわけにはいきません。)

神様じゃありませんから、なにから何まで見透かしというわけには行きません。

(したがってみこみちがいもあれば、とりそんじもあります。つまりいっしゅの)

したがって見込み違いもあれば、捕り損じもあります。つまり一種の

(きげきですね。いつもてがらばなしばかりしていますから、きょうはわたくしが)

喜劇ですね。いつも手柄話ばかりしていますから、きょうはわたくしが

(やりそんじたざんげばなしをしましょう。いまかんがえるとじつにばかばかしい)

遣り損じた懺悔話をしましょう。今かんがえると実にばかばかしい

(おはなしですがね」)

お話ですがね」

(ぶんきゅうさんねんのかどまつもとれて、ぞくにむいかとしこしというひのくれがたに、)

… 文久三年の門松も取れて、俗に六日年越しという日の暮れ方に、

(くまぞうというてさきがかんだみかわちょうのはんしちのうちへかおをだした。くまぞうはあたごしたで)

熊蔵という手先が神田三河町の半七の家(うち)へ顔を出した。熊蔵は愛宕下で

(ゆやをひらいていたので、なかまうちではゆやくまとよばれていた。かれはよほど)

湯屋を開いていたので、仲間内では湯屋熊と呼ばれていた。彼はよほど

など

(そそっかしいおとこで、ときどきにとんでもないまちがいやでたらめを)

粗忽(そそっ)かしい男で、ときどきに飛んでもない間違いや出鱈目を

(ほうこくするので、ゆやくまのほかに、ほらくまというめいよのいみょうを)

報告するので、湯屋熊のほかに、法螺熊(ほらくま)という名誉の異名を

(あたまにいただいていた。)

頭に戴(いただ)いていた。

(「こんばんは・・・・・・」 「どうだい、くま。はるになっておもしれえはなしもねえかね」)

「今晩は……」 「どうだい、熊。春になっておもしれえ話もねえかね」

(はんしちはながひばちのまえできいた。)

半七は長火鉢の前で訊いた。

(「いや、じつはそれでこんやあがったんですが・・・・・・。おやぶん、ちっときいて)

「いや、実はそれで今夜上がったんですが……。親分、ちっと聞いて

(おもらいもうしてえことがあるんです」)

お貰い申してえことがあるんです」

(「なんだ。またいつものほらくまじゃあねえか」)

「なんだ。又いつもの法螺熊じゃあねえか」

(「どうして、どうして、こればかりはけっしてほらのほのじもねえんで・・・・・・」)

「どうして、どうして、こればかりは決して法螺のほの字もねえんで……」

(と、くまぞうはまじめになってひざをゆりだした。「きょねんのふゆ、なんでもしもつきの)

と、熊蔵はまじめになって膝を揺りだした。「去年の冬、なんでも霜月の

(なかごろから、わっしのうちのにかいへまいにちあそびにくるおとこがあるんです。)

中頃から、わっしの家の二階へ毎日遊びに来る男があるんです。

(へんなやつでしてね、どうかんがえてもおかしなやつなんです」)

変な奴でしてね、どう考えてもおかしな奴なんです」

(さんばのうきよぶろをよんだひとはしっているであろう。えどじだいからめいじの)

三馬の浮世風呂を読んだ人は知っているであろう。江戸時代から明治の

(しょねんにかけてはたいていのゆやににかいがあって、わかいおんながちゃやかしをうっていた。)

初年にかけては大抵の湯屋に二階があって、若い女が茶や菓子を売っていた。

(そこへきてひるねをするなまけものもあった。しょうぎをさしている)

そこへ来て午睡(ひるね)をする怠け者もあった。将棋を指している

(ひまじんもあった。おんなのえがおがみたさにむだなぜにをつかいにくるどうらくものも)

閑人(ひまじん)もあった。女の笑顔が見たさに無駄な銭を遣いにくる道楽者も

(あった。くまぞうのゆやにもにかいがあって、おきちというこぎれいなわかいおんなが)

あった。熊蔵の湯屋にも二階があって、お吉という小綺麗な若い女が

(やとわれていた。)

雇われていた。

(「ねえ、おやぶん。それがさむれえなんです。へんじゃありませんか」)

「ねえ、親分。それが武士(さむれえ)なんです。変じゃありませんか」

(「へんでねえ、あたりまえだ」)

「変でねえ、あたりまえだ」

(ぶしがせんとうににゅうよくするばあいには、いやでもいちどはにかいへあがって、)

武士が銭湯に入浴する場合には、忌(いや)でも一度は二階へあがって、

(まずじぶんのだいしょうをあずけておいて、それからふろばへいかなければ)

まず自分の大小をあずけて置いて、それから風呂場へ行かなければ

(ならなかった。ゆやのにかいにはかたなかけがあった。)

ならなかった。湯屋の二階には刀掛けがあった。

(「けれども、まいにちかかさずくるんですぜ」)

「けれども、毎日欠かさず来るんですぜ」

(「きんばんものだろう。おきちにおぼしめしでもあるんだろう」と、)

「勤番者(きんばんもの)だろう。お吉に思召しでもあるんだろう」と、

(はんしちはわらった。)

半七は笑った。

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