半七捕物帳 帯取りの池12
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問題文
(もうたまらなくなったらしい。おとくはじれるようにみをふるわせて、)
もう堪まらなくなったらしい。お登久はじれるように身をふるわせて、
(じゅばんのそでぐちをめにあてた。うらぐちではいぬがしきりにほえつくのを、)
襦袢の袖口を眼にあてた。裏口では犬が頻りに吠え付くのを、
(まつきちはこごえでおっているらしかったが、そんなことはおとくのみみには)
松吉は小声で追っているらしかったが、そんなことはお登久の耳には
(ちっともはいらないらしかった。かのじょはやがてめをふきながらきいた。)
ちっともはいらないらしかった。彼女はやがて眼を拭きながら訊いた。
(「それで、せんさんのいどこがわかったらどうなるんでしょう」)
「それで、千さんの居どこが判ったらどうなるんでしょう」
(「あいてがしんだいじょうはぶじにすむわけのものでねえ」)
「相手が死んだ以上は無事に済むわけのものでねえ」
(「おやぶんがみつけたらつかまえますか」)
「親分が見つけたら捉(つか)まえますか」
(「いやなやくだがしかたがねえ」 「じゃあ、すぐにつかまえてください」)
「いやな役だが仕方がねえ」 「じゃあ、すぐに捉まえてください」
(おとくはいきなりたちあがって、ゆかのしたのとだなをがらりとあけると、)
お登久はいきなり起ちあがって、床の下の戸棚をがらりとあけると、
(とだなのすみにはわかいおとこのあおざめたかおがみえた。あんのとおりここにかくれていたなと)
戸棚の隅には若い男の蒼ざめた顔が見えた。案の通りここに隠れていたなと
(おもうまもなく、おとくはおとこのてをつかんでとだなからぐいぐいとひきずりだした。)
思う間もなく、お登久は男の手をつかんで戸棚からぐいぐいと引き摺り出した。
(「せんちゃん。おまえさん、よくもあたしをだましたね。ちっとのあいだ)
「千ちゃん。お前さん、よくもあたしをだましたね。ちっとの間
(どこかへすがたをかくすんだというから、さきおとといからこうして)
どこかへ姿を隠すんだと云うから、一昨昨日(さきおととい)からこうして
(かくまっておいてやると、そりゃあまるでうそのかわで、いちがやのおんなと)
隠まって置いてやると、そりゃあ丸で嘘の皮で、市ヶ谷の女と
(しんじゅうしそこなったんだということをいまはじめてきいた。いままでひとを)
心中しそこなったんだということを今初めて聞いた。今まで人を
(さんざんだましておきながら、またそのうえにそんなうそをついて・・・・・・。)
さんざんだまして置きながら、またその上にそんな嘘をついて……。
(あんまりくやしいから、あたしはおまえをひっぱりだしておやぶんさんに)
あんまり口惜しいから、あたしはお前を引っ張り出して親分さんに
(わたしてやる。さあ、しばられるとも、ろうへいれられるとも、かってにするがいい」)
渡してやる。さあ、縛られるとも、牢へ入れられるとも、勝手にするが好い」
(くやしなみだのめをいからせて、おとくはおとこのかおをにらみつけると、)
くやし涙の眼を瞋(いか)らせて、お登久は男の顔を睨みつけると、
(かれはそのめをさけるようにかおをそむけたが、そのほうがくにはまたはんしちのめが)
彼はその眼を避けるように顔をそむけたが、その方角にはまた半七の眼が
(ひかっているので、かれはもういっそきえてしまいたいようにうつぶして、)
ひかっているので、彼はもういっそ消えてしまいたいように俯伏して、
(のげのさかだったふるだたみにかおをうめてしまった。)
稜毛(のげ)の逆立った古畳に顔を埋めてしまった。
(「もうこうなったらしかたがねえ」と、はんしちはさとすようにいった。)
「もうこうなったら仕方がねえ」と、半七は諭すように云った。
(「このしばいももうこれでおおづめだろう。おい、せんじろう。しょうじきになにもかも)
「この芝居ももうこれで大詰めだろう。おい、千次郎。正直に何もかも
(いってしまえ。じしんばんまでひきずっていって、わざわざひっぱたくのも)
云ってしまえ。自身番まで引き摺って行って、わざわざ引っぱたくのも
(いやだから、ここでみんなきいてやろうぜ」)
忌(いや)だから、ここでみんな聞いてやろうぜ」
(「おそれいりました」と、せんじろうはもういきているようなかおいろはなかった。)
「恐れ入りました」と、千次郎はもう生きているような顔色はなかった。
(「おまえはあのおみよというおんなとしんじゅうしたんだろう。おんなはおめえがしめたのか」)
「お前はあのおみよという女と心中したんだろう。女はおめえが絞めたのか」
(「おやぶん、それはちがいます。おみよはわたくしがころしたのじゃございません」)
「親分、それは違います。おみよはわたくしが殺したのじゃございません」
(「うそをつけ。おんなをだますのとはわけがちがうぞ。てんかのごようききのまえで)
「嘘をつけ。女をだますのとは訳が違うぞ。天下の御用聞きの前で
(うそはっぴゃくをならべたてると、とんでもねえことになるぞ。)
嘘八百をならべ立てると、飛んでもねえことになるぞ。
(ひとをみてものをいえ。げんにおみよのかきおきがあるじゃあねえか」)
人を見て物をいえ。現におみよの書置があるじゃあねえか」
(「おみよのかきおきにはしんじゅうとはかいてございません。おみよはじぶんひとりで)
「おみよの書置には心中とは書いてございません。おみよは自分ひとりで
(しんだのでございます」と、せんじろうはふるえながらうったえた。)
死んだのでございます」と、千次郎はふるえながら訴えた。
(はんしちもすこしゆきづまった。しんじゅうというのはじぶんだけのかんていで、)
半七も少しゆき詰まった。心中というのは自分だけの鑑定で、
(なるほどおみよのかきおきにしんじゅうということはかいてないらしかった。)
成程おみよの書置に心中ということは書いてないらしかった。
(しかしおみよとこのせんじろうとがどうしてもむかんけいとはおもわれなかった。)
併しおみよとこの千次郎とがどうしても無関係とは思われなかった。
(「それじゃあ、てめえはどうしておみよのかきおきのもんくをしっている。)
「それじゃあ、てめえはどうしておみよの書置の文句を知っている。
(おみよのしんだそばにいねえで、それがわかるはずがねえ。だいいちに、おみよが)
おみよの死んだそばにいねえで、それが判る筈がねえ。第一に、おみよが
(じぶんひとりでしんだということをどうしてしっている。わけをいえ」と、)
自分一人で死んだということをどうして知っている。訳を云え」と、
(はんしちは、かさにかかってきめつけた。)
半七は、嵩(かさ)にかかって極めつけた。