半七捕物帳 弁天娘6

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第13話

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問題文

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(やくにたたないこおんなと、めもみみもうといいんきょばあさんと、えんどおいきりょうよしのむすめと、)

役に立たない小女と、眼も耳もうとい隠居婆さんと、縁遠い容貌よしの娘と、

(このさんにんをくみあわせて、はんしちはなにかかんがえていたが、)

この三人を組みあわせて、半七はなにか考えていたが、

(やがてしずかにいいだした。)

やがてしずかに云い出した。

(「なにしろこまったことだ。そのままにしてもおかれますまいから、)

「なにしろ困ったことだ。そのままにしても置かれますまいから、

(まあなんとかしてみましょう。そこで、むすめはむろんそのことを)

まあ何とかしてみましょう。そこで、娘は無論そのことを

(しっているんでしょうね」)

知っているんでしょうね」

(「とくじろうのしんだことはしっておりますが、それについてあにがかけあいに)

「徳次郎の死んだことは知って居りますが、それについて兄が掛け合いに

(まいりましたことは、まだとうにんのみみへはいれてございません。)

まいりましたことは、まだ当人の耳へは入れてございません。

(たというそにもしろ、じぶんがころしたなぞといわれたことがとうにんに)

たとい嘘にもしろ、自分が殺したなぞと云われたことが当人に

(きこえましては、どうもよくあるまいとぞんじまして、まだなにもきかさないように)

聞えましては、どうもよくあるまいと存じまして、まだ何も聞かさないように

(いたしております」)

致して居ります」

(「わかりました。じゃあ、まあそのつもりでやってみましょう。だが、ばんとうさん。)

「判りました。じゃあ、まあその積りでやってみましょう。だが、番頭さん。

(いんきょじょのほうへはだれかきのきいたものをもうひとりやっておくほうがようござんすね」)

隠居所の方へは誰か気の利いた者をもう一人やっておく方がようござんすね」

(「そうでございましょうか」 「そのほうがぶじでしょうよ」)

「そうでございましょうか」 「その方が無事でしょうよ」

(「はい」と、りへえはなんだかのみこめないようなかおをしてうなずいた。)

「はい」と、利兵衛はなんだか吞み込めないような顔をしてうなずいた。

(「では、なにぶんよろしくねがいます」)

「では、なにぶん宜しくねがいます」

(「つまりおこのさんがたしかにこぞうをころしたかころさないかがわかればいいんでしょう。)

「つまりお此さんが確かに小僧を殺したか殺さないかが判ればいいんでしょう。

(それさえわかればみずかけろんじゃあねえ、こっちがりっぱにいいひらきが)

それさえ判れば水かけ論じゃあねえ、こっちが立派に云い開きが

(できるんですから、かねのことなぞはどうともはなしがつくでしょう」)

出来るんですから、金のことなぞはどうとも話が付くでしょう」

(「さようでございます。やっぱりごそうだんをねがいにでて)

「さようでございます。やっぱり御相談をねがいに出て

など

(よろしゅうございました。では、くれぐれもおねがいもうします」)

よろしゅうございました。では、くれぐれもお願い申します」

(りちぎいっぽうのりへえはくりかえしてたのんでかえった。こうなると、)

律儀一方の利兵衛はくり返して頼んで帰った。こうなると、

(さんじゃまつりなどはにのつぎにして、はんしちはまずやましろやのもんだいをけんきゅうしなければ)

三社祭などは二の次にして、半七はまず山城屋の問題を研究しなければ

(ならなかった。とくじろうというこぞうははたしてやましろやのむすめにころされたのか。)

ならなかった。徳次郎という小僧は果たして山城屋の娘に殺されたのか。

(あるいはだれかそのあにきのしりおしをして、やましろやにたいしてねもはもない)

あるいは誰かその兄貴の尻押しをして、山城屋に対して根も葉もない

(いいがかりをしたのか。はんしちはひるめしをくいながらいろいろにかんがえた。)

云いがかりをしたのか。半七は午飯を食いながらいろいろに考えた。

(「やましろやさんにめんどうなことでもできたんですか」と、にょうぼうのおせんは)

「山城屋さんに面倒なことでも出来たんですか」と、女房のお仙は

(ぜんをひきながらきいた。)

膳を引きながら訊いた。

(「むむ。だが、たいしてむずかしいこともあるめえ。おれはこれから)

「むむ。だが、大してむずかしいこともあるめえ。おれはこれから

(げんあんさんのところへいってくるから、きものをだしてくれ」)

玄庵さんのところへ行ってくるから、着物を出してくれ」

(はしをおくと、すぐにきものをきかえて、はんしちはかさをもっておもてへでると、)

箸をおくと、すぐに着物を着かえて、半七は傘を持って表へ出ると、

(あめはまだみれんらしくなみだをふらしていたが、だんだんはげてくる)

雨はまだ未練らしく涙を降らしていたが、だんだん剝(は)げてくる

(くものあいだからはうすいひのひかりがやわらかにながれだしてきた。)

雲のあいだからは薄い日のひかりが柔(やわら)かに流れ出して来た。

(きんじょのやねではすずめのなくこえもきこえた。げんあんはちょうないにすんでいるまちいしゃで、)

近所の屋根では雀の鳴く声もきこえた。玄庵は町内に住んでいる町医者で、

(はんしちはかねてこころやすくしているので、さんこうのためにまずそれをたずねて、)

半七はかねて心安くしているので、参考のためにまずそれをたずねて、

(こうちゅうのびょうきについていろいろのようだいやりょうじほうなどをききただしたうえで、)

口中の病気についていろいろの容態や療治法などを聞きただした上で、

(さらにあいおいちょうのとくぞうのうちをたずねてゆくと、やなぎはらどてへさしかかるころに)

さらに相生町の徳蔵の家をたずねてゆくと、柳原堤(どて)へ差しかかる頃に

(そらはまったくあかるくなって、ぬれたやなぎのしずくがひかりながら)

空はまったく明るくなって、ぬれた柳のしずくが光りながら

(こぼれているのもはるらしかった。)

こぼれているのも春らしかった。

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