半七捕物帳 弁天娘8

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第13話

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問題文

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(おんなはちょっとめをふきながら、はんしちをうちへしょうじいれた。)

女はちょっと眼をふきながら、半七を内へ招じ入れた。

(どこでかりてきたのか、こぎれいなまくらびょうぶがきたにたてまわされて、)

どこで借りて来たのか、小綺麗な枕屏風が北に立てまわされて、

(そこにはとくじろうのしがいがよこたえてあった。はんしちはかたのとおりに)

そこには徳次郎の死骸が横たえてあった。半七は式(かた)の通りに

(せんこうをささげ、こうでんをそなえて、それからしがいのまくらもとへはいよった。)

線香をささげ、香奠を供えて、それから死骸の枕もとへ這いよった。

(かおにかけてあるてぬぐいをすこしまくって、かれはそのしにがおをちょっとのぞいて、)

顔にかけてある手拭を少しまくって、かれはその死に顔をちょっと覗いて、

(すみのほうへひきさがると、おとめはちゃをもってきて、ふたたびていねいにえしゃくした。)

隅の方へ引きさがると、お留は茶を持って来て、ふたたび丁寧に会釈した。

(「おなじみがいにどうもありがとうございました。ほとけもさぞ)

「おなじみ甲斐にどうもありがとうございました。仏もさぞ

(よろこぶでございましょう」)

喜ぶでございましょう」

(「しつれいですが、おまえさんはこちらのおかみさんですかえ」)

「失礼ですが、おまえさんはこちらのおかみさんですかえ」

(「はい。とくじろうのあねでございます」と、かのじょはめをしばたたいていた。)

「はい。徳次郎の嫂(あね)でございます」と、彼女は眼をしばたたいていた。

(「とくぞうもほかにこれというみよりもなし、あれひとりを)

「徳蔵もほかにこれという身寄りも無し、あれ一人を

(たよりにしていたのでございます」)

たよりにしていたのでございます」

(「かえすがえすもとんだことで、じつにおさっしもうします」)

「かえすがえすも飛んだことで、実にお察し申します」

(はんしちはくりかえしてくやみをのべて、それからだんだんききだすと、)

半七は繰り返して悔みを述べて、それからだんだん訊き出すと、

(とくじろうはここのつのはるからやましろやへほうこうにでて、ことしであしかけはちねんになる。)

徳次郎は九つの春から山城屋へ奉公に出て、今年で足かけ八年になる。

(としのわりにはりこうで、こがらもいい。ことしのしょうがつのやぶいりに)

年の割には利巧で、児柄(こがら)もいい。ことしの正月の藪入りに

(でてきたときに、となりのたびやのおかみさんがかれをみて、)

出て来た時に、となりの足袋(たび)屋のおかみさんが彼を見て、

(とくちゃんはしばいにでるひさまつのようだといったら、かれはだまって)

徳ちゃんは芝居に出る久松(ひさまつ)のようだと云ったら、かれは黙って

(まっかなかおをしていた。そんなこともいまではかなしいおもいでのひとつであると、)

真っ紅な顔をしていた。そんなことも今では悲しい思い出の一つであると、

(おとめはしみじみいった。)

お留はしみじみ云った。

など

(なにぶんにもほかにいくにんもすわっているので、はんしちはそのいじょうにきりこんで)

何分にもほかに幾人も坐っているので、半七はその以上に斬り込んで

(きくこともできなかった。おとむらいはときくと、きょうのななつ(ごごよじ)に)

訊くことも出来なかった。おとむらいはと訊くと、きょうの七ツ(午後四時)に

(ふかがわのてらへおくるのだとおとめはこたえた。ななつといえばもうまもないのであるから、)

深川の寺へ送るのだとお留は答えた。七ツといえばもう間もないのであるから、

(いっそここにいすわっていたら、そのうちにとくぞうもかえるであろうし、)

いっそここに居坐っていたら、そのうちに徳蔵も帰るであろうし、

(てらまでついていったらまたなにかのてがかりをみつけださないともかぎらないと)

寺まで付いて行ったら又なにかの手がかりを見つけ出さないとも限らないと

(おもったので、はんしちはじぶんもみおくりをするといって、そのままそこに)

思ったので、半七は自分も見送りをすると云って、そのままそこに

(ひかえていると、やがてひとりのわかいおとこがかえってきた。こぶとりにふとった)

控えていると、やがて一人の若い男が帰って来た。小ぶとりに肥(ふと)った

(じっていそうなおとこで、おとめやほかのひとたちのあいさつぶりをみても、)

実体そうな男で、お留やほかの人達の挨拶ぶりを見ても、

(それがとくぞうであることはすぐにわかった。そのあとからやましろやの)

それが徳蔵であることはすぐに判った。そのあとから山城屋の

(ばんとうのりへえとひとりのこぞうがついてきた。)

番頭の利兵衛と一人の小僧が付いて来た。

(りへえはしゅじんのみょうだいにみおくりにきたといった。)

利兵衛は主人の名代(みょうだい)に見送りに来たと云った。

(こぞうのおときちはほうこうにんいちどうのみょうだいであるといった。おとめにひきあわされて、)

小僧の音吉は奉公人一同の名代であると云った。お留に引きあわされて、

(はんしちはとくぞうにあいさつしたが、りへえははんしちにあいさつしていいかわるいか)

半七は徳蔵に挨拶したが、利兵衛は半七に挨拶していいか悪いか

(まよっているらしいので、はんしちのほうからこえをかけて、たんにきんじょのしりあいのように)

迷っているらしいので、半七の方から声をかけて、単に近所の知り合いのように

(ばつをあわせてしまった。そのうちにとむらいのじこくも)

跋(ばつ)をあわせてしまった。そのうちに葬式(とむらい)の時刻も

(だんだんちかづいて、ちょうないのひとらしいのがさらにしち、はちにんもつめかけてきたので、)

だんだん近づいて、町内の人らしいのが更に七、八人も詰めかけて来たので、

(せまいうちのなかはいよいよおしあうようにこんざつしてきた。)

せまい家のなかはいよいよ押し合うように混雑して来た。

(そのこんざつにまぎれて、とくぞうふうふのすがたがどこへかみえなくなった。)

その混雑にまぎれて、徳蔵夫婦の姿がどこへか見えなくなった。

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