吾輩は猫である20

(ぺんをにぎったりしょもつをひらいたりべんきょうをしている。そのうちのいっぴきはせきをはなれて)

ペンを握ったり書物を開いたり勉強をしている。その内の一疋は席を離れて

(わがはいがしゅじんのひざのうえでめをねむりながらかんがえていると、やがてげじょが)

吾輩が主人の膝の上で眼をねむりながら考えていると、やがて下女が

(だいにのえはがきをもってきた。みるとかっぱんではくらいのねこがしごひきずらりとぎょうれつして)

第二の絵端書を持って来た。見ると活版で舶来の猫が四五疋ずらりと行列して

(つくえのすみでせいようのねこじゃねこじゃをおどっている。そのうえににほんのすみで)

机の角で西洋の猫じゃ猫じゃを躍っている。その上に日本の墨で

(「わがはいはねこである」とくろぐろとかいて、みぎのわきにしょをよむやおどるやねこのはるいちにち)

「吾輩は猫である」と黒々とかいて、右の側に書を読むや踊るや猫の春一日

(というはいくさえしたためられてある。これはしゅじんのきゅうもんかせいよりきたのでだれが)

という俳句さえ認められてある。これは主人の旧門下生より来たので誰が

(みたっていっけんしていみがわかるはずであるのに、うかつなしゅじんはまださとらない)

見たって一見して意味がわかるはずであるのに、迂闊な主人はまだ悟らない

(とみえてふしぎそうにくびをひねって、はてなことしはねこのとしかなとひとりごとをいった。)

と見えて不思議そうに首を捻って、はてな今年は猫の年かなと独言を言った。

(わがはいがこれほどゆうめいになったのをまだきがつかずにいるとみえる。)

吾輩がこれほど有名になったのを未だ気が着かずにいると見える。

(ところへげじょがまただいさんのはがきをもってくる。こんどはえはがきではない。きょうが)

ところへ下女がまた第三の端書を持ってくる。今度は絵端書ではない。恭賀

(しんねんとかいて、)

新年とかいて、

(かたわらにきょうしゅくながらかのねこへもよろしくごでんせいねがいあげたてまつりそうろうとある。)

傍らに乍恐縮かの猫へも宜しく御伝声奉願上候とある。いかに

(いかにうえんなしゅじんでもこうあからさまにかいてあればわかるものとみえてようやくきが)

迂遠な主人でもこう明からさまに書いてあれば分るものと見えてようやく気が

(ついたようにふんといいながらわがはいのかおをみた。そのめつきがいままでとはちがって)

付いたようにフンと言いながら吾輩の顔を見た。その眼付が今までとは違って

(たしょうそんけいのいをふくんでいるようにおもわれた。いままでせけんからそんざいをみとめられな)

多少尊敬の意を含んでいるように思われた。今まで世間から存在を認められな

(かったしゅじんがきゅうにいっこのしんめんぼくをほどこしたのも、まったくわがはいのおかげだとおもえばこの)

かった主人が急に一個の新面目を施こしたのも、全く吾輩の御蔭だと思えばこ

(くらいのめつきはしとうだろうとかんがえる。)

のくらいの眼付は至当だろうと考える。