吾輩は猫である19
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順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | りく | 6073 | A++ | 6.1 | 98.2% | 300.0 | 1855 | 33 | 25 | 2024/04/12 |
2 | スヌスムムリク | 4973 | B | 5.0 | 98.5% | 300.0 | 1515 | 23 | 20 | 2024/04/25 |
3 | sada | 3063 | E++ | 3.2 | 95.4% | 300.0 | 965 | 46 | 12 | 2024/04/29 |
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問題文
(ちょっとどくしゃにことわっておきたいが、がんらいにんげんがなんぞというねこねこと、こともなげに)
ちょっと読者に断っておきたいが、元来人間が何ぞという猫々と、事もなげに
(けいぶのくちょうをもってわがはいをひょうかするくせがあるははなはだよくない。にんげんの)
軽侮の口調をもって吾輩を評価する癖があるははなはだよくない。人間の
(かすからうしとうまができて、うしとうまのふんからねこがせいぞうされたごとくかんがえるのは、)
糟から牛と馬が出来て、牛と馬の糞から猫が製造されたごとく考えるのは、
(じぶんのむちにこころづかんでこうまんなかおをするきょうしなどにはありがちのことでも)
自分の無知に心付かんで高慢な顔をする教師などにはありがちの事でも
(あろうが、はたからみてあまりみっともいいものじゃない。いくらねこだって、)
あろうが、はたから見てあまり見っともいい者じゃない。いくら猫だって、
(そうそまつかんべんにはできぬ。よそめにはいちれついったい、びょうどうむさべつ、どのねこも)
そう粗末簡便には出来ぬ。よそ目には一列一体、平等無差別、どの猫も
(じかこゆうのとくしょくなどはないようであるが、ねこのしゃかいにはいってみるとなかなか)
自家固有の特色などはないようであるが、猫の社会に這入って見るとなかなか
(ふくざつなものでじゅうにんといろというにんげんかいのことばはそのままここにもおうようができる)
複雑なもので十人十色という人間界の語はそのままここにも応用ができる
(のである。めつきでも、はなつきでも、けなみでも、あしなみでも、みんなちがう。)
のである。目付でも、鼻付でも、毛並でも、足並でも、みんな違う。
(ひげのはりぐあいからみみのたちあんばい、しっぽのたれかげんにいたるまでおなじものはひとつも)
髯の張り具合から耳の立ち按排、尻尾の垂れ加減に至るまで同じものは一つも
(ない。きりょう、ぶきりょう、すききらい、すいぶすいのかずをことごとくしてせんさばんべつといっても)
ない。器量、不器量、好き嫌い、粋無粋の数を悉くして千差万別と云っても
(さしつかえないくらいである。そのようにはんぜんたるくべつがぞんしているにも)
差支えないくらいである。そのように判然たる区別が存しているにも
(かかわらず、にんげんのめはただこうじょうとかなんとかいって、そらばかりみている)
かかわらず、人間の眼はただ向上とか何とかいって、空ばかり見ている
(ものだから、わがはいのせいしつはむろんそうぼうのすえをしきべつすることすらとうていできぬのは)
ものだから、吾輩の性質は無論相貌の末を識別することすら到底出来ぬのは
(きのどくだ。どうるいあいもとむとはむかしからあることばだそうだがそのとおり、もちはもちや、)
気の毒だ。同類相求むとは昔しからある語だそうだがその通り、餅は餅屋、
(ねこはねこで、ねこのことならやはりねこでなくてはわからぬ。)
猫は猫で、猫の事ならやはり猫でなくては分らぬ。
(いくらにんげんがはったつしたってこればかりはだめである。いわんやじっさいをいうと)
いくら人間が発達したってこればかりは駄目である。いわんや実際をいうと
(かれらがみずからしんじているごとくえらくもなんともないのだから)
彼等が自ら信じているごとくえらくも何ともないのだから
(なおさらむずかしい。またいわんやどうじょうにとぼしいわがはいのしゅじんのごときは、)
なおさらむずかしい。またいわんや同情に乏しい吾輩の主人のごときは、
(そうごをのこりなくげするというがあいのだいいちぎであるということすらわからないおとこ)
相互を残りなく解するというが愛の第一義であるということすら分らない男
(なのだからしかたがない。かれはしょうのわるいかきのごとくしょさいにすいついて、かつて)
なのだから仕方がない。彼は性の悪い牡蠣のごとく書斎に吸い付いて、かつて
(げかいにむかってくちをひらいたことがない。)
外界に向って口を開いた事がない。
(それでじぶんだけはすこぶるたっかんしたようなつらがまえをしているのはちょっと)
それで自分だけはすこぶる達観したような面構をしているのはちょっと
(おかしい。たっかんしないしょうこにはげんにわがはいのしょうぞうがめのまえにあるのにすこしも)
おかしい。達観しない証拠には現に吾輩の肖像が眼の前にあるのに少しも
(さとったようすもなくことしはせいろのだいにねんめだからおおかたくまのえだろうなどと)
悟った様子もなく今年は征露の第二年目だから大方熊の画だろうなどと
(きのしれぬことをいってすましているのでもわかる。)
気の知れぬ事をいってすましているのでもわかる。