駆込み訴え12

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問題文

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(ああ、ことりがないて、うるさい。)

ああ、小鳥が啼(な)いて、うるさい。

(こんやはどうしてこんなにやちょうのこえがみみにつくのでしょう。)

今夜はどうしてこんなに夜鳥の声が耳につくのでしょう。

(わたしがここへかけこむとちゅうのもりでも、)

私がここへ駈け込む途中の森でも、

(ことりがぴいちくないておりました。)

小鳥がピイチク啼いて居りました。

(よるにさえずることりは、めずらしい。)

夜に囀(さえず)る小鳥は、めずらしい。

(わたしはこどものようなこうきしんでもって、)

私は子供のような好奇心でもって、

(そのことりのしょうたいをひとめみたいとおもいました。)

その小鳥の正体を一目見たいと思いました。

(たちどまってくびをかしげ、きぎのこずえをすかしてみました。)

立ちどまって首をかしげ、樹々の梢(こずえ)をすかして見ました。

(ああ、わたしはつまらないことをいっています。ごめんください。)

ああ、私はつまらないことを言っています。ごめん下さい。

(だんなさま、おしたくはできましたか。)

旦那さま、お仕度は出来ましたか。

(ああたのしい。いいきもち。こんやはわたしにとってもさいごのよるだ。)

ああ楽しい。いい気持。今夜は私にとっても最後の夜だ。

(だんなさま、だんなさま、)

旦那さま、旦那さま、

(こんやこれからわたしとあのひととりっぱにかたをせっしてたちならぶこうけいを、)

今夜これから私とあの人と立派に肩を接して立ち並ぶ光景を、

(よくみておいてくださいまし。)

よく見て置いて下さいまし。

(わたしはこんやあのひとと、ちゃんとかたをならべてたってみせます。)

私は今夜あの人と、ちゃんと肩を並べて立ってみせます。

(あのひとをおそれることはないんだ。ひげすることはないんだ。)

あの人を怖れることは無いんだ。卑下することは無いんだ。

(わたしはあのひととおなじとしだ。おなじ、すぐれたわかいものだ。)

私はあの人と同じ年だ。同じ、すぐれた若いものだ。

(ああ、ことりのこえが、うるさい。みみについてうるさい。)

ああ、小鳥の声が、うるさい。耳についてうるさい。

(どうして、こんなにことりがさわぎまわっているのだろう。)

どうして、こんなに小鳥が騒ぎまわっているのだろう。

(ぴいちくぴいちく、なにをさわいでいるのでしょう。)

ピイチクピイチク、何を騒いでいるのでしょう。

など

(おや、そのおかねは?わたしにくださるのですか、)

おや、そのお金は? 私に下さるのですか、

(あの、わたしに、さんじゅうぎん。なるほど、はははは。)

あの、私に、三十銀。なる程、はははは。

(いや、おことわりもうしましょう。)

いや、お断り申しましょう。

(なぐられぬうちに、そのかねひっこめたらいいでしょう。)

殴られぬうちに、その金ひっこめたらいいでしょう。

(かねがほしくてうったえでたのではないんだ。ひっこめろ!)

金が欲しくて訴え出たのでは無いんだ。ひっこめろ!

(いいえ、ごめんなさい、いただきましょう。)

いいえ、ごめんなさい、いただきましょう。

(そうだ、わたしはしょうにんだったのだ。)

そうだ、私は商人だったのだ。

(きんせんゆえに、わたしはゆうびなあのひとから、いつもけいべつされてきたのだっけ。)

金銭ゆえに、私は優美なあの人から、いつも軽蔑されて来たのだっけ。

(いただきましょう。わたしはしょせん、しょうにんだ。)

いただきましょう。私は所詮、商人だ。

(いやしめられているきんせんで、あのひとにみごと、ふくしゅうしてやるのだ。)

いやしめられている金銭で、あの人に見事、復讐してやるのだ。

(これがわたしに、いちばんふさわしいふくしゅうのしゅだんだ。ざまあみろ!)

これが私に、一ばんふさわしい復讐の手段だ。ざまあみろ!

(ぎんさんじゅうで、あいつはうられる。)

銀三十で、あいつは売られる。

(わたしは、ちっともないてやしない。わたしは、あのひとをあいしていない。)

私は、ちっとも泣いてやしない。私は、あの人を愛していない。

(はじめから、みじんもあいしていなかった。)

はじめから、みじんも愛していなかった。

(はい、だんなさま。わたしはうそばかりもうしあげました。)

はい、旦那さま。私は嘘ばかり申し上げました。

(わたしは、かねがほしさにあのひとについてあるいていたのです。)

私は、金が欲しさにあの人について歩いていたのです。

(おお、それにちがいない。)

おお、それにちがい無い。

(あのひとが、ちっともわたしにもうけさせてくれないと)

あの人が、ちっとも私に儲けさせてくれないと

(こんやみきわめがついたから、)

今夜見極めがついたから、

(そこはしょうにん、すばやくねがえりをうったのだ。)

そこは商人、素速く寝返りを打ったのだ。

(かね。よのなかはかねだけだ。)

金。世の中は金だけだ。

(ぎんさんじゅう、なんとすばらしい。いただきましょう。)

銀三十、なんと素晴らしい。いただきましょう。

(わたしは、けちなしょうにんです。ほしくてならぬ。)

私は、けちな商人です。欲しくてならぬ。

(はい、ありがとうぞんじます。)

はい、有難う存じます。

(はい、はい。もうしおくれました。)

はい、はい。申しおくれました。

(わたしのなは、しょうにんのゆだ。へっへ。いすかりおてのゆだ。)

私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ。

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