紫式部 源氏物語 帚木 7 與謝野晶子訳

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(「しきぶのところにはおもしろいはなしがあるだろう、すこしずつでもききたいものだね」)

「式部の所にはおもしろい話があるだろう、少しずつでも聞きたいものだね」

(とちゅうじょうがいいだした。 「わたくしどもはげのげのかいきゅうなんですよ。)

と中将が言い出した。 「私どもは下の下の階級なんですよ。

(おもしろくおおもいになるようなことがどうしてございますものですか」)

おもしろくお思いになるようなことがどうしてございますものですか」

(しきぶのじょうははなしをことわっていたが、とうのちゅうじょうがほんきになって、はやくはやくとはなしを)

式部丞は話をことわっていたが、頭中将が本気になって、早く早くと話を

(せめるので、 「どんなはなしをいたしましてよろしいかとかんがえましたが、)

責めるので、 「どんな話をいたしましてよろしいかと考えましたが、

(こんなことがございます。まだもんじょうせいじだいのことですが、わたくしはあるけんじょのおっとに)

こんなことがございます。まだ文章生時代のことですが、私はある賢女の良人に

(なりました。さっきのさまのかみのおはなしのように、やくしょのしごとのそうだんあいてにも)

なりました。さっきの左馬頭のお話のように、役所の仕事の相談相手にも

(なりますし、わたくしのしょせいのほうほうなんかについてもやくだつことをおしえていて)

なりますし、私の処世の方法なんかについても役だつことを教えていて

(くれました。がくもんなどはちょっとしたはかせなどははずかしいほどのもので、)

くれました。学問などはちょっとした博士などは恥ずかしいほどのもので、

(わたくしなんかはがくもんのことなどでは、まえでくちがきけるほどのものじゃ)

私なんかは学問のことなどでは、前で口がきけるほどのものじゃ

(ありませんでした。それはあるはかせのいえへでしになってかよっておりました)

ありませんでした。それはある博士の家へ弟子になって通っておりました

(じぶんに、せんせいにむすめがおおぜいあることをきいていたものですから、ちょっとした)

時分に、先生に娘がおおぜいあることを聞いていたものですから、ちょっとした

(きかいをとらえてせっきんしてしまったのです。おやのはかせがふたりのかんけいをしるとすぐに)

機会をとらえて接近してしまったのです。親の博士が二人の関係を知るとすぐに

(さかずきをもちだしてはくらくてんのけっこんのしなどをうたってくれましたが、じつはわたくしはあまり)

杯を持ち出して白楽天の結婚の詩などを歌ってくれましたが、実は私はあまり

(きがすすみませんでした。ただせんせいへのえんりょでそのかんけいはつながって)

気が進みませんでした。ただ先生への遠慮でその関係はつながって

(おりました。せんぽうではわたくしをたいへんにあいして、よくせわをしまして、)

おりました。先方では私をたいへんに愛して、よく世話をしまして、

(やぶんやすんでいるときにも、わたくしにがくもんのつくようなはなしをしたり、かんりとしての)

夜分寝んでいる時にも、私に学問のつくような話をしたり、官吏としての

(こころえかたなどをいってくれたりいたすのです。てがみはみなきれいなじのかんぶんです。)

心得方などを言ってくれたりいたすのです。手紙は皆きれいな字の漢文です。

(かななんかいちじだってまじっておりません。よいぶんしょうなどをよこされる)

仮名なんか一字だって混じっておりません。よい文章などをよこされる

(ものですから、わかれかねてかよっていたのでございます。いまでもししょうのおんと)

ものですから、別れかねて通っていたのでございます。今でも師匠の恩と

など

(いうようなものをそのおんなにかんじますが、そんなさいくんをもつのは、がくもんのあさい)

いうようなものをその女に感じますが、そんな細君を持つのは、学問の浅い

(にんげんや、まちがいだらけのせいかつをしているものにはたまらないことだとそのとうじ)

人間や、まちがいだらけの生活をしている者にはたまらないことだとその当時

(おもっておりました。またおふたかたのようなえらいきこうしがたにはそんなずうずうしい)

思っておりました。またお二方のようなえらい貴公子方にはそんなずうずうしい

(せんせいさいくんなんかのひつようはございません。わたくしどもにしましても、そんなのとは)

先生細君なんかの必要はございません。私どもにしましても、そんなのとは

(はんたいにはがゆいようなおんなでも、きにいっておればそれでいいのですし、ぜんしょうの)

反対に歯がゆいような女でも、気に入っておればそれでいいのですし、前生の

(えんというものもありますから、おとこからいえばあるがままのおんなでいいので)

縁というものもありますから、男から言えばあるがままの女でいいので

(ございます」 これでしきぶのじょうがくちをつぐもうとしたのをみて、とうのちゅうじょうはいまのはなしの)

ございます」 これで式部丞が口をつぐもうとしたのを見て、頭中将は今の話の

(つづきをさせようとして、 「とてもおもしろいおんなじゃないか」)

続きをさせようとして、 「とてもおもしろい女じゃないか」

(というと、そのきもちがわかっていながらしきぶのじょうは、じしんをばかにしたふうで)

と言うと、その気持ちがわかっていながら式部丞は、自身をばかにしたふうで

(はなす。 「そういたしまして、そのおんなのところへずっとながくまいらないでいました)

話す。 「そういたしまして、その女の所へずっと長く参らないでいました

(じぶんに、そのきんぺんにようのございましたついでに、よってみますと、へいぜいのいまの)

時分に、その近辺に用のございましたついでに、寄って見ますと、平生の居間の

(なかへはいれないのです。ものごしにせきをつくってすわらせます。いやみをいおうと)

中へは入れないのです。物越しに席を作ってすわらせます。嫌味を言おうと

(おもっているのか、ばかばかしい、そんなことでもすればわかれるのにいいきかいが)

思っているのか、ばかばかしい、そんなことでもすれば別れるのにいい機会が

(とらえられるというものだとわたくしはおもっていましたが、けんじょですもの、かるがるしく)

とらえられるというものだと私は思っていましたが、賢女ですもの、軽々しく

(しっとなどをするものではありません。にんじょうにもよくつうじていてうらんだりなんかも)

嫉妬などをするものではありません。人情にもよく通じていて恨んだりなんかも

(しやしません。しかもたかいこえでいうのです。「げつらい、ふうびょうおもきにたえかねごくねつの)

しやしません。しかも高い声で言うのです。『月来、風病重きに耐えかね極熱の

(そうやくをふくしました。それでわたくしはくさいのでようおめにかかりません。)

草薬を服しました。それで私はくさいのでようお目にかかりません。

(ものごしででもなにかごようがあればうけたまわりましょう」ってもっともらしいのです。)

物越しででも何か御用があれば承りましょう』ってもっともらしいのです。

(ばかばかしくてへんじができるものですか、わたくしはただ「しょうちいたしました」と)

ばかばかしくて返辞ができるものですか、私はただ『承知いたしました』と

(いってかえろうとしました。でもものたらずおもったのですか「このにおいの)

言って帰ろうとしました。でも物足らず思ったのですか『このにおいの

(なくなるころ、おたちよりください」とまたおおきなこえでいいますから、へんじを)

なくなるころ、お立ち寄りください』とまた大きな声で言いますから、返辞を

(しないでくるのはきのどくですが、ぐずぐずもしていられません。なぜかというと)

しないで来るのは気の毒ですが、ぐずぐずもしていられません。なぜかというと

(そうやくのひるなるもののしゅうきがいっぱいなんですから、わたくしはにげてでるほうがくを)

草薬の蒜なるものの臭気がいっぱいなんですから、私は逃げて出る方角を

(かんがえながら、「ささがにのふるまいしるきゆうぐれにひるますぐせというが)

考えながら、『ささがにの振舞ひしるき夕暮れにひるま過ぐせと言ふが

(あやなき。なんのこうじつなんだか」というかいわないうちにはしってきますと、)

あやなき。何の口実なんだか』と言うか言わないうちに走って来ますと、

(あとからひとをおいかけさせてへんかをくれました。「あうことのよをしへだてぬ)

あとから人を追いかけさせて返歌をくれました。『逢ふことの夜をし隔てぬ

(なかならばひるまもなにかまばゆからまし」というのです。うたなどははやくできる)

中ならばひるまも何か眩ゆからまし』というのです。歌などは早くできる

(おんななんでございます」 しきぶのじょうのはなしはしずしずとおわった。)

女なんでございます」 式部丞の話はしずしずと終わった。

(きこうしたちはあきれて、 「うそだろう」)

貴公子たちはあきれて、 「うそだろう」

(とつまはじきをしてみせて、しきぶをいじめた。 「もうすこしよいはなしをしたまえ」)

と爪弾きをして見せて、式部をいじめた。 「もう少しよい話をしたまえ」

(「これいじょうめずらしいはなしがあるものですか」 しきぶのじょうはさがっていった。)

「これ以上珍しい話があるものですか」 式部丞は退って行った。

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