紫式部 源氏物語 帚木 8 與謝野晶子訳

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問題文

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(「そうたい、おとこでもおんなでも、なまかじりのものはそのわずかなちしきをのこらずひとに)

「総体、男でも女でも、生かじりの者はそのわずかな知識を残らず人に

(みせようとするからこまるんですよ。さんしごきょうのがくもんをしじゅうひきだされては)

見せようとするから困るんですよ。三史五経の学問を始終引き出されては

(たまりませんよ。おんなもにんげんであるいじょう、しゃかいひゃっぱんのことについてまったくの)

たまりませんよ。女も人間である以上、社会百般のことについてまったくの

(むちしきなものはないわけです。わざわざがくもんはしなくても、すこしさいのある)

無知識なものはないわけです。わざわざ学問はしなくても、少し才のある

(ひとなら、みみからでもめからでもいろいろなことはおぼえられていきます。しぜんおとこの)

人なら、耳からでも目からでもいろいろなことは覚えられていきます。自然男の

(ちしきにちかいところへまでいっているおんなはついかんじをたくさんかくことになって、)

知識に近い所へまでいっている女はつい漢字をたくさん書くことになって、

(おんなどうしでかくてがみにもはんぶんいじょうかんじがまじっているのをみると、)

女どうしで書く手紙にも半分以上漢字が混じっているのを見ると、

(いやなことだ、あのひとにこのけってんがなければというきがします。かいたとうにんは)

いやなことだ、あの人にこの欠点がなければという気がします。書いた当人は

(それほどのきでかいたのではなくても、よむときにおとがつよくて、ことばのしたざわりが)

それほどの気で書いたのではなくても、読む時に音が強くて、言葉の舌ざわりが

(なめらかでなくいやみになるものです。これはきふじんもするまちがったしゅみです。)

なめらかでなく嫌味になるものです。これは貴婦人もするまちがった趣味です。

(うたよみだといわれているひとが、あまりにうたにとらわれて、むずかしい)

歌詠みだといわれている人が、あまりに歌にとらわれて、むずかしい

(こじなんかをうたのなかへいれておいて、そんなあいてになっているひまのないときなどに)

故事なんかを歌の中へ入れておいて、そんな相手になっている暇のない時などに

(よみかけてよこされるのはいやになってしまうことです、へんかをせねば)

詠みかけてよこされるのはいやになってしまうことです、返歌をせねば

(れいぎでなし、またようしないでいてははじだしこまってしまいますね。きゅうちゅうのせちえの)

礼儀でなし、またようしないでいては恥だし困ってしまいますね。宮中の節会の

(ひなんぞ、いそいでいえをでるときはうたもなにもあったものではありません。そんなときに)

日なんぞ、急いで家を出る時は歌も何もあったものではありません。そんな時に

(しょうぶによせたうたがおくられる、くがつのきくのうたげにさくしのことをおもっていっしょけんめいに)

菖蒲に寄せた歌が贈られる、九月の菊の宴に作詩のことを思って一所懸命に

(なっているときに、きくのうた。こんなおもいやりのないことをしないでもばあいさえ)

なっている時に、菊の歌。こんな思いやりのないことをしないでも場合さえ

(よければ、しんかがかってもらえるうたを、いまおくってはめにもとめてくれない)

よければ、真価が買ってもらえる歌を、今贈っては目にも留めてくれない

(ということがわからないでよこされたりされると、ついそのひとが)

ということがわからないでよこされたりされると、ついその人が

(けいべつされるようになります。なんにでもときとばあいがあるのに、それにきがつかない)

軽蔑されるようになります。何にでも時と場合があるのに、それに気がつかない

など

(ほどのにんげんはふうりゅうぶらないのがぶなんですね。しっていることでも)

ほどの人間は風流ぶらないのが無難ですね。知っていることでも

(しらぬかおをして、いいたいことがあってもきかいをいち、にどははずして、)

知らぬ顔をして、言いたいことがあっても機会を一、二度ははずして、

(そのあとでいえばよいだろうとおもいますね」 こんなことがまたさまのかみによって)

そのあとで言えばよいだろうと思いますね」 こんなことがまた左馬頭によって

(いわれているあいだにも、げんじはこころのなかでただひとりのこいしいかたのことを)

言われている間にも、源氏は心の中でただ一人の恋しい方のことを

(おもいつづけていた。ふじつぼのみやはたりないてんもなく、さいきのみえすぎるほうでもない)

思い続けていた。藤壺の宮は足りない点もなく、才気の見えすぎる方でもない

(りっぱなきじょであるとうなずきながらも、そのひとをおもうとれいのとおりにむねが)

りっぱな貴女であるとうなずきながらも、その人を思うと例のとおりに胸が

(くるしみでいっぱいになった。いずれがよいのかきめられずに、ついには)

苦しみでいっぱいになった。いずれがよいのか決められずに、ついには

(すじのたたぬものになってあさまではなしつづけた。 やっときょうはてんきがなおった。)

筋の立たぬものになって朝まで話し続けた。 やっと今日は天気が直った。

(げんじはこんなふうにきゅうちゅうにばかりいることもさだいじんけのひとにきのどくになって)

源氏はこんなふうに宮中にばかりいることも左大臣家の人に気の毒になって

(そこへいった。いっしのみだれもみえぬというようないえであるから、こんなのが)

そこへ行った。一糸の乱れも見えぬというような家であるから、こんなのが

(まじめということをだいいちのじょうけんにしていた、さくやのだんわしゃたちにはきにいる)

まじめということを第一の条件にしていた、昨夜の談話者たちには気に入る

(ところだろうとげんじはおもいながらも、いまもはじめどおりにぎょうぎをくずさぬ、)

ところだろうと源氏は思いながらも、今も初めどおりに行儀をくずさぬ、

(うちとけぬふじんであるのをものたらずおもって、ちゅうなごんのきみ、なかつかさなどというわかい)

打ち解けぬ夫人であるのを物足らず思って、中納言の君、中務などという若い

(よいにょうぼうたちとじょうだんをいいながら、あつさにへやぎだけになっているげんじを、)

よい女房たちと冗談を言いながら、暑さに部屋着だけになっている源氏を、

(そのひとたちはうつくしいとおもい、こうしたせっしょくがえられるこうふくをおぼえていた。)

その人たちは美しいと思い、こうした接触が得られる幸福を覚えていた。

(だいじんもむすめのいるほうへでかけてきた。へやぎになっているのをしって、)

大臣も娘のいるほうへ出かけて来た。部屋着になっているのを知って、

(きちょうをへだてたせきについてはなそうとするのを、 「あついのに」)

几帳を隔てた席について話そうとするのを、 「暑いのに」

(とげんじがかおをしかめてみせると、にょうぼうたちはわらった。 「しずかに」)

と源氏が顔をしかめて見せると、女房たちは笑った。 「静かに」

(といって、きょうそくによりかかったようすにもひんのよさがみえた。)

と言って、脇息に寄りかかった様子にも品のよさが見えた。

(くらくなってきたころに、 「こんやはなかがみのおとおりみちになっておりまして、)

暗くなってきたころに、 「今夜は中神のお通り路になっておりまして、

(ごしょからすぐにここへきておやすみになってはよろしくございません」)

御所からすぐにここへ来てお寝みになってはよろしくございません」

(という、げんじのかじゅうたちのしらせがあった。 「そう、いつもなかがみは)

という、源氏の家従たちのしらせがあった。 「そう、いつも中神は

(さけることになっているのだ。しかしにじょうのいんもおなじほうがくだから、どこへいって)

避けることになっているのだ。しかし二条の院も同じ方角だから、どこへ行って

(よいかわからない。わたくしはもうつかれていてねてしまいたいのに」 そしてげんじは)

よいかわからない。私はもう疲れていて寝てしまいたいのに」 そして源氏は

(しんしつにはいった。 「このままになすってはよろしくございません」)

寝室にはいった。 「このままになすってはよろしくございません」

(またかじゅうがいってくる。きいのかみで、かじゅうのひとりであるおとこのいえのことが)

また家従が言って来る。紀伊守で、家従の一人である男の家のことが

(じょうしんされる。 「なかかわべでございますがこのごろしんちくいたしまして、)

上申される。 「中川辺でございますがこのごろ新築いたしまして、

(みずなどをにわへひきこんでございまして、そこならばおすずしかろうとおもいます」)

水などを庭へ引き込んでございまして、そこならばお涼しかろうと思います」

(「それはひじょうによい。からだがたいぎだから、くるまのままではいれるところにしたい」)

「それは非常によい。からだが大儀だから、車のままではいれる所にしたい」

(とげんじはいっていた。かくれたこいびとのいえはいくつもあるはずであるが、ひさしぶりに)

と源氏は言っていた。隠れた恋人の家は幾つもあるはずであるが、久しぶりに

(かえってきて、ほうがくよけにほかのおんなのところへいってはふじんにすまぬと)

帰ってきて、方角除けにほかの女の所へ行っては夫人に済まぬと

(おもっているらしい。よびだしてとまりにいくことをきいのかみにいうと、)

思っているらしい。呼び出して泊まりに行くことを紀伊守に言うと、

(しょうちはしていったが、どうはいのいるところへいって、 「ちちのいよかみーー)

承知はして行ったが、同輩のいる所へ行って、 「父の伊予守ーー

(いよはたいしゅのくにで、かんめいはすけになっているがじじつじょうのちょうかんであるーー)

伊予は太守の国で、官名は介になっているが事実上の長官であるーー

(のいえのほうにこのごろさわりがありまして、かぞくたちがわたくしのいえへ)

の家のほうにこのごろ障りがありまして、家族たちが私の家へ

(うつってきているのです。もとからせまいいえなんですからしつれいがないかとしんぱいです」)

移って来ているのです。もとから狭い家なんですから失礼がないかと心配です」

(とめいわくげにいったことがまたげんじのみみにはいると、 「そんなふうにひとが)

と迷惑げに言ったことがまた源氏の耳にはいると、 「そんなふうに人が

(たくさんいるいえがうれしいのだよ、おんなのひとのきょしょがとおいようなところは)

たくさんいる家がうれしいのだよ、女の人の居所が遠いような所は

(よるがこわいよ。いよのかみのかぞくのいるへやのきちょうのうしろでいいのだからね」)

夜がこわいよ。伊予守の家族のいる部屋の几帳の後ろでいいのだからね」

(じょうだんまじりにまたこういわせたものである。 「よいおとまりどころになれば)

冗談混じりにまたこう言わせたものである。 「よいお泊り所になれば

(よろしいが」 といって、きいのかみはめしつかいをいえへはしらせた。げんじはしのびで)

よろしいが」 と言って、紀伊守は召使を家へ走らせた。源氏は微行で

(うつりたかったので、まもなくでかけるのにだいじんへもつげず、したしいかじゅうだけを)

移りたかったので、まもなく出かけるのに大臣へも告げず、親しい家従だけを

(つれていった。あまりにきゅうだといってきいのかみがこぼすのをほかのかじゅうたちはみみに)

つれて行った。あまりに急だと言って紀伊守がこぼすのを他の家従たちは耳に

(いれないで、しんでんのひがしむきのざしきをそうじさせてしゅじんへていきょうさせ、そこにしゅくはくの)

入れないで、寝殿の東向きの座敷を掃除させて主人へ提供させ、そこに宿泊の

(したくができた。にわにとおしたみずのながれなどがちほうかんきゅうのいえとしてはこってできた)

仕度ができた。庭に通した水の流れなどが地方官級の家としては凝ってできた

(じゅうたくである。わざといなかのいえらしいしばがきがつくってあったりして、)

住宅である。わざと田舎の家らしい柴垣が作ってあったりして、

(にわのうえこみなどもよくできていた。すずしいかぜがふいて、どこでともなくむしが)

庭の植え込みなどもよくできていた。涼しい風が吹いて、どこでともなく虫が

(なき、ほたるがたくさんとんでいた。げんじのじゅうしゃたちはわたどののしたをくぐってでてくる)

鳴き、蛍がたくさん飛んでいた。源氏の従者たちは渡殿の下をくぐって出て来る

(みずのながれにのぞんでさけをのんでいた。きいのかみがしゅじんをよりよくたいぐうするために)

水の流れに臨んで酒を飲んでいた。紀伊守が主人をよりよく待遇するために

(ほんそうしているとき、ひとりでいたげんじは、いえのなかをながめて、ぜんやのひとたちが)

奔走している時、一人でいた源氏は、家の中をながめて、前夜のの人たちが

(かいきゅうをみっつにわけたそのなかのしなのれつにはいるいえであろうとおもい、)

階級を三つに分けたその中の品の列にはいる家であろうと思い、

(そのはなしをおもいだしていた。おもいあがったむすめだというひょうばんのいよのかみのむすめ、)

その話を思い出していた。思い上がった娘だという評判の伊予守の娘、

(すなわちきいのかみのいもうとであったから、げんじははじめからそれにきょうみをもっていて、)

すなわち紀伊守の妹であったから、源氏は初めからそれに興味を持っていて、

(どのへんのざしきにいるのであろうとものおとにみみをたてていると、このざしきのにしに)

どの辺の座敷にいるのであろうと物音に耳を立てていると、この座敷の西に

(つづいたへやでおんなのきぬずれがきこえ、わかわかしい、なまめかしいこえで、しかもさすがに)

続いた部屋で女の衣摺れが聞こえ、若々しい、艶かしい声で、しかもさすがに

(こえをひそめてものをいったりしているのにきがついた。わざとらしいが)

声をひそめてものを言ったりしているのに気がついた。わざとらしいが

(わるいかんじもしなかった。はじめそのまえのえんのこうしがあげたままになっていたのを、)

悪い感じもしなかった。初めその前の縁の格子が上げたままになっていたのを、

(ふよういだといってきいのかみがしかって、いまはみなとがおろされてしまったので、)

不用意だといって紀伊守がしかって、今は皆戸がおろされてしまったので、

(そのへやのほかげが、からかみのすきまからあかくこちらへさしていた。げんじはしずかに)

その室の灯影が、襖子の隙間から赤くこちらへさしていた。源氏は静かに

(そこへよっていってなかがみえるかとおもったが、それほどのすきまはない。)

そこへ寄って行って中が見えるかと思ったが、それほどの隙間はない。

(しばらくたってきいていると、それはからかみのむこうのちゅうおうのまにあつまって)

しばらく立って聞いていると、それは襖子の向こうの中央の間に集まって

(しているらしいひくいさざめきは、げんじじしんがわだいにされているらしい。)

しているらしい低いさざめきは、源氏自身が話題にされているらしい。

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