紫式部 源氏物語 帚木 9 與謝野晶子訳

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問題文

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(「まじめらしくはやくおくさまをおもちになったのですからおさびしいわけですわね。)

「まじめらしく早く奥様をお持ちになったのですからお寂しいわけですわね。

(でもずいぶんかくれておかよいになるところがあるんですって」)

でもずいぶん隠れてお通いになる所があるんですって」

(こんなことばにもげんじははっとした。じぶんのつくっているあるまじいこいを)

こんな言葉にも源氏ははっとした。自分の作っているあるまじい恋を

(ひとがしって、こうしたばあいになんとかいわれていたらどうだろうと)

人が知って、こうした場合に何とか言われていたらどうだろうと

(おもったのである。でもはなしはただごとばかりであったからみなをきこうとするほどの)

思ったのである。でも話はただ事ばかりであったから皆を聞こうとするほどの

(きょうみがおこらなかった。しきぶきょうのみやのひめぎみにあさがおをおくったときのうたなどを、)

興味が起こらなかった。式部卿の宮の姫君に朝顔を贈った時の歌などを、

(だれかがとくいそうにかたってもいた。ぎょうぎがなくて、かいわのなかにふしをつけて)

だれかが得意そうに語ってもいた。行儀がなくて、会話の中に節をつけて

(うたをいれたがるひとたちだ、なかのしながおもしろいといってもじぶんにはがまんの)

歌を入れたがる人たちだ、中の品がおもしろいといっても自分には我慢の

(できぬこともあるだろうとげんじはおもった。 きいのかみがでてきて、とうろうのかずを)

できぬこともあるだろうと源氏は思った。 紀伊守が出て来て、灯籠の数を

(ふやさせたり、ざしきのひをあかるくしたりしてから、しゅじんにはえんりょをして)

ふやさせたり、座敷の灯を明るくしたりしてから、主人には遠慮をして

(かしだけをけんじた。 「わがいえはとばりちょうをもかけたればってうたね、)

菓子だけを献じた。 「わが家はとばり帳をも掛けたればって歌ね、

(おおきみきませむこにせんってね、そこへきがつかないでは)

大君来ませ婿にせんってね、そこへ気がつかないでは

(しゅじんのておちかもしれない」 「つうじんでないしゅじんでございまして、どうも」)

主人の手落ちかもしれない」 「通人でない主人でございまして、どうも」

(きいのかみはえんがわでかしこまっていた。げんじはえんにちかいねどこで、かりねのように)

紀伊守は縁側でかしこまっていた。源氏は縁に近い寝床で、仮臥のように

(よこになっていた。ずいこうしゃたちももうねたようである。きいのかみはあいらしいこどもを)

横になっていた。随行者たちももう寝たようである。紀伊守は愛らしい子供を

(いくにんももっていた。ごしょのじどうをつとめてげんじのしったかおもある。えんがわなどを)

幾人も持っていた。御所の侍童を勤めて源氏の知った顔もある。縁側などを

(ゆききするなかにはきいのかみのこもあった。なんにんかのなかにとくべつにじょうひんなじゅうに、さんの)

往来する中には紀伊守の子もあった。何人かの中に特別に上品な十二、三の

(こもある。どれがこで、どれがおとうとかなどとげんじはたずねていた。)

子もある。どれが子で、どれが弟かなどと源氏は尋ねていた。

(「ただいまとおりましたこは、なくなりましたえもんのかみのすえのむすこで、)

「ただ今通りました子は、亡くなりました衛門督の末の息子で、

(かわいがられていたのですが、ちいさいうちにちちおやにわかれまして、あねのえんで)

かわいがられていたのですが、小さいうちに父親に別れまして、姉の縁で

など

(こうしてわたくしのいえにいるのでございます。しょうらいのためにもなりますから、)

こうして私の家にいるのでございます。将来のためにもなりますから、

(ごしょのじどうをつとめさせたいようですが、それもあねのてだけでははかばかしく)

御所の侍童を勤めさせたいようですが、それも姉の手だけでははかばかしく

(はこばないのでございましょう」 ときいのかみがせつめいした。)

運ばないのでございましょう」 と紀伊守が説明した。

(「あのこのねえさんがきみのままははなんだね」 「そうでございます」)

「あの子の姉さんが君の継母なんだね」 「そうでございます」

(「につかわしくないおかあさんをもったものだね。そのひとのことはへいかもおききに)

「似つかわしくないお母さんを持ったものだね。その人のことは陛下もお聞きに

(なっていらっしって、みやづかえにだしたいとえもんのかみがもうしていたが、そのむすめは)

なっていらっしって、宮仕えに出したいと衛門督が申していたが、その娘は

(どうなったのだろうって、いつかおことばがあった。じんせいはどうなるか)

どうなったのだろうって、いつかお言葉があった。人生はどうなるか

(わからないものだね」 ろうせいしゃらしいくちぶりである。)

わからないものだね」 老成者らしい口ぶりである。

(「ふいにそうなったのでございます。まあひとというものはむかしもいまも)

「不意にそうなったのでございます。まあ人というものは昔も今も

(いがいなふうにかわってゆくものですが、そのなかでもおんなのうんめいほどはかないものは)

意外なふうに変わってゆくものですが、その中でも女の運命ほどはかないものは

(ございません」 などときいのかみはいっていた。)

ございません」 などと紀伊守は言っていた。

(「いよのすけはだいじにするだろう。しゅくんのようにおもうだろうな」)

「伊予介は大事にするだろう。主君のように思うだろうな」

(「さあ。まあしせいかつのしゅくんでございますかな。こうしょくすぎるとわたくしはじめきょうだいは)

「さあ。まあ私生活の主君でございますかな。好色すぎると私はじめ兄弟は

(にがにがしがっております」 「だってきみなどのようなとうせいおとこにいよのすけは)

にがにがしがっております」 「だって君などのような当世男に伊予介は

(ゆずってくれないだろう。あれはなかなかとしはよってもりっぱなふうさいを)

譲ってくれないだろう。あれはなかなか年は寄ってもりっぱな風采を

(もっているのだからね」 などとはなしながら、)

持っているのだからね」 などと話しながら、

(「そのひとどちらにいるの」 「みなしもやのほうへやってしまったのですが、)

「その人どちらにいるの」 「皆下屋のほうへやってしまったのですが、

(まにあいませんでいちぶぶんだけはのこっているかもしれません」)

間にあいませんで一部分だけは残っているかもしれません」

(ときいのかみはいった。 ふかくよったかじゅうたちはみななつのよるをいたじきで)

と紀伊守は言った。 深く酔った家従たちは皆夏の夜を板敷で

(かりねしてしまったのであるが、げんじはねむれない、ひとりねをしているとおもうと)

仮寝してしまったのであるが、源氏は眠れない、一人臥をしていると思うと

(めがさめがちであった。このへやのきたがわのからかみのむこうにひとのいるらしいおとの)

目がさめがちであった。この室の北側の襖子の向こうに人のいるらしい音の

(するところはきいのかみのはなしたおんなのそっとしているへやであろうとげんじはおもった。)

する所は紀伊守の話した女のそっとしている室であろうと源氏は思った。

(かわいそうなおんなだとそのときからおもっていたのであったから、しずかにおきていって)

かわいそうな女だとその時から思っていたのであったから、静かに起きて行って

(からかみごしにものごえをききだそうとした。そのおとうとのこえで、)

襖子越しに物声を聞き出そうとした。その弟の声で、

(「ちょいと、どこにいらっしゃるの」 という。すこしかれたきれいなこえである。)

「ちょいと、どこにいらっしゃるの」 と言う。少し涸れたきれいな声である。

(「わたくしはここでやすんでいるの。おきゃくさまはおやすみになったの。こことちかくてどんなに)

「私はここで寝んでいるの。お客様はお寝みになったの。ここと近くてどんなに

(こまるかとおもっていたけれど、まああんしんした」 と、ねどこからいうこえも)

困るかとおもっていたけれど、まあ安心した」 と、寝床から言う声も

(よくにているのでしていであることがわかった。 「ひさしのへやでおやすみに)

よく似ているので姉弟であることがわかった。 「廂の室でお寝みに

(なりましたよ。ひょうばんのおかおをみましたよ。ほんとうにおうつくしいかただった」)

なりましたよ。評判のお顔を見ましたよ。ほんとうにお美しい方だった」

(いちだんこえをひくくしていっている。 「ひるだったらわたくしものぞくのだけれど」)

一段声を低くして言っている。 「昼だったら私ものぞくのだけれど」

(ねむそうにいって、そのかおはふとんのなかへひきいれたらしい。)

睡むそうに言って、その顔は蒲団の中へ引き入れたらしい。

(もうすこしねっしんにきけばよいのにとげんじはものたりない。)

もう少し熱心に聞けばよいのにと源氏は物足りない。

(「わたくしはえんのちかくのほうへいってねます。くらいなあ」)

「私は縁の近くのほうへ行って寝ます。暗いなあ」

(こどもはとうしんをかきたてたりするものらしかった。)

子供は燈心を掻き立てたりするものらしかった。

(おんなはからかみのところからすぐすじかいにあたるへんでねているらしい。)

女は襖子の所からすぐ斜いにあたる辺で寝ているらしい。

(「ちゅうじょうはどこへいったの。こんやはひとがそばにいてくれないと)

「中将はどこへ行ったの。今夜は人がそばにいてくれないと

(なんだかこころぼそいきがする」 ひくいしたのへやのほうから、にょうぼうが、)

何だか心細い気がする」 低い下の室のほうから、女房が、

(「あのひとちょうどおゆにはいりにまいりまして、すぐまいるともうしました」)

「あの人ちょうどお湯にはいりに参りまして、すぐ参ると申しました」

(といっていた。げんじはそのにょうぼうたちもみなねしずまったころに、かけがねをはずして)

と言っていた。源氏はその女房たちも皆寝静まったころに、掛鉄をはずして

(ひいてみるとからかみはさっとあいた。むこうがわにはかけがねがなかったわけである。)

引いてみると襖子はさっとあいた。向う側には掛鉄がなかったわけである。

(そのきわにきちょうがたててあった。ほのかなひのあかりでいふくばこなどがごたごたと)

そのきわに几帳が立ててあった。ほのかな灯の明りで衣服箱などがごたごたと

(おかれてあるのがみえる。げんじはそのなかをわけるようにしてあるいていった。)

置かれてあるのが見える。源氏はその中を分けるようにして歩いて行った。

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