紫式部 源氏物語 末摘花 11 與謝野晶子訳

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問題文

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(ちゅうもんのくるまよせのところがまがってよろよろになっていた。よるとあさとはこうはいのどが)

中門の車寄せの所が曲がってよろよろになっていた。夜と朝とは荒廃の度が

(ちがってみえるものである、どこもかしこもめにみえるものはみじめで)

違って見えるものである、どこもかしこも目に見える物はみじめで

(たまらないすがたばかりであるのに、まつのきへだけはあたたかそうにゆきがつもっていた。)

たまらない姿ばかりであるのに、松の木へだけは暖かそうに雪が積もっていた。

(いなかでみるようなみにしむけしきであることをげんじはかんじながら、いつかしなさだめに)

田舎で見るような身にしむ景色であることを源氏は感じながら、いつか品定めに

(むぐらのもんのなかということをひとがいったが、これはそれにそうとうするいえであろう。)

葎の門の中ということを人が言ったが、これはそれに相当する家であろう。

(ほんとうにあのひとたちのいったように、こんないえにかれんなこいびとをおいて、いつも)

ほんとうにあの人たちの言ったように、こんな家に可憐な恋人を置いて、いつも

(そのひとをおもっていたらおもしろいことであろう、じぶんの、おもってならぬひとをおもう)

その人を思っていたらおもしろいことであろう、自分の、思ってならぬ人を思う

(くるしみはそれによってなぐさめられるであろうがとおもって、これはしてきなきょうぐうに)

苦しみはそれによって慰められるであろうがと思って、これは詩的な境遇に

(いながらなんらのおとこをひきつけるちからのないおんなであるとだんあんをくだしながらも、)

いながらなんらの男を引きつける力のない女であると断案を下しながらも、

(じぶんいがいのおとこはあのひとをしゅうせいかわりないつまとしておくことはできまい、じぶんが)

自分以外の男はあの人を終世変わりない妻として置くことはできまい、自分が

(あのひとのおっとになったのも、きがかりにおおもいになったはずのちちみやのれいこんが)

あの人の良人になったのも、気がかりにお思いになったはずの父宮の霊魂が

(みちびいておこなったことであろうとおもったのであった。うずめられているたちばなのきのゆきを)

導いて行ったことであろうと思ったのであった。うずめられている橘の木の雪を

(ずいしんにはらわせたとき、よこのまつのきがうらやましそうにじりきでおきあがって、)

随身に払わせた時、横の松の木がうらやましそうに自力で起き上がって、

(さっとゆきをこぼした。たいしたきょうようはなくてもこんなときにふうりゅうをことばで)

さっと雪をこぼした。たいした教養はなくてもこんな時に風流を言葉で

(いいかわすひとがせめてひとりでもいないのだろうかとげんじはおもった。くるまのとおれる)

言いかわす人がせめて一人でもいないのだろうかと源氏は思った。車の通れる

(もんはまだあけてなかったので、とものものがかぎをかりにいくと、ひじょうなとしよりのめしつかいが)

門はまだ開けてなかったので、供の者が鍵を借りに行くと、非常な老人の召使が

(でてきた。そのあとから、むすめともまごともみえる、こどもとおとなのあいだくらいのおんなが、)

出て来た。そのあとから、娘とも孫とも見える、子供と大人の間くらいの女が、

(きものはゆきとのたいしょうであくまできたなくよごれてみえるようなのをきて、さむそうに)

着物は雪との対照であくまできたなく汚れて見えるようなのを着て、寒そうに

(なにかちいさいものにひをいれてそでのなかでもちながらついてきた。ゆきのなかのもんがとしよりの)

何か小さい物に火を入れて袖の中で持ちながらついて来た。雪の中の門が老人の

(てでひらかぬのをみてそのむすめがたすけた。なかなかひらかない。げんじのとものものが)

手で開かぬのを見てその娘が助けた。なかなか開かない。源氏の供の者が

など

(てつだったのではじめてとびらがさゆうにひらかれた。 )

手伝ったのではじめて扉が左右に開かれた。

(ふりにけるかしらのゆきをみるひともおとらずぬらすあさのそでかな )

ふりにける頭の雪を見る人も劣らず濡らす朝の袖かな

(とうたい、また、「さんせつはくふんぷん、ようしゃかたちをおおわず」とぎんじていたが、はくらくてんのそのしの)

と歌い、また、「霰雪白紛紛、幼者形不蔽」と吟じていたが、白楽天のその詩の

(おわりのくにはなのことがいってあるのをおもってげんじはびしょうされた。とうのちゅうじょうがあの)

終わりの句に鼻のことが言ってあるのを思って源氏は微笑された。頭中将があの

(じぶんのしんぷをみたらどんなひひょうをすることだろう、なんのひゆをもちいて)

自分の新婦を見たらどんな批評をすることだろう、何の譬喩を用いて

(いうだろう、じぶんのこうどうにめをはなさないひとであるから、そのうちこのかんけいに)

言うだろう、自分の行動に目を離さない人であるから、そのうちこの関係に

(きがつくであろうとおもうとげんじはすくわれがたいきがした。にょおうがふつうのきりょうの)

気がつくであろうと思うと源氏は救われがたい気がした。女王が普通の容貌の

(おんなであったら、げんじはいつでもそのひとからはなれていってもよかったであろうが、)

女であったら、源氏はいつでもその人から離れて行ってもよかったであろうが、

(みにくいすがたをはっきりとみたときから、かえってあわれむこころがつよくなって、)

醜い姿をはっきりと見た時から、かえってあわれむ心が強くなって、

(おっとらしく、ぶっしつてきのほじょなどもよくしてやるようになった。ふるきのけがわでない)

良人らしく、物質的の補助などもよくしてやるようになった。黒貂の毛皮でない

(きぬ、あや、わた、おいたおんなたちのちゃくりょうになるもの、もんばんのとしよりにあたえるものまでも)

絹、綾、綿、老いた女たちの着料になる物、門番の老人に与える物までも

(おくったのである。こんなことはじそんしんのあるおんなにはたえがたいことにちがいないが)

贈ったのである。こんなことは自尊心のある女には堪えがたいことに違いないが

(ひたちのみやのにょおうはそれをすなおによろこんでうけるのにげんじはあんしんして、)

常陸の宮の女王はそれを素直に喜んで受けるのに源氏は安心して、

(せめてそうしたせわをよくしてやりたいというきになり、せいかつひなども)

せめてそうした世話をよくしてやりたいという気になり、生活費なども

(のちにはあたえた。 ほかげでみたうつせみのよこがおがうつくしいものではなかったが、したいの)

のちには与えた。 灯影で見た空蝉の横顔が美しいものではなかったが、姿態の

(ゆうびさはじゅうぶんのみりょくがあった。ひたちのみやのひめぎみはそれよりしなのわるいはずもない)

優美さは十分の魅力があった。常陸の宮の姫君はそれより品の悪いはずもない

(みぶんのひとではないか、そんなことをおもうとじょうひんであるということはみがらに)

身分の人ではないか、そんなことを思うと上品であるということは身柄に

(よらぬことがわかる。おとこにたいするせんれんされたたいど、せいぎのかんねんのつよさ、ついには)

よらぬことがわかる。男に対する洗練された態度、正義の観念の強さ、ついには

(まけてたいきゃくをしたなどとげんじはなにかのことにつけてうつせみがおもいだされた。)

負けて退却をしたなどと源氏は何かのことにつけて空蝉が思い出された。

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