紫式部 源氏物語 末摘花 12 與謝野晶子訳

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問題文

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(そのとしのくれのおしつまったころに、げんじのごしょのとのいどころへたゆうのみょうぶがきた。)

その年の暮れの押しつまったころに、源氏の御所の宿直所へ大輔の命婦が来た。

(げんじはかみをすかせたりするようじをさせるのには、れんあいかんけいなどのないおんなで、)

源氏は髪を梳かせたりする用事をさせるのには、恋愛関係などのない女で、

(しかもじょうだんのいえるようなおんなをえらんで、このひとなどがよくそのやくに)

しかも戯談の言えるような女を選んで、この人などがよくその役に

(あたるのである。よばれないときでもたゆうはそうしたこころやすさからよくきりつぼへきた。)

当たるのである。呼ばれない時でも大輔はそうした心安さからよく桐壺へ来た。

(「へんなことがあるのでございますがね。もうしあげないでおりますのもいじが)

「変なことがあるのでございますがね。申し上げないでおりますのも意地が

(わるいようにとられることですし、こまってしまってあがったのでございます」)

悪いようにとられることですし、困ってしまって上ったのでございます」

(ほほえみをみせながらそのあとをたゆうはいわない。 「なんだろう。わたくしにはなにも)

微笑を見せながらそのあとを大輔は言わない。 「なんだろう。私には何も

(かくすことなんかないきみだとおもっているのに」 「いいえ、わたくしじしんのことで)

隠すことなんかない君だと思っているのに」 「いいえ、私自身のことで

(ございましたら、もったいないことですがあなたさまにごそうだんにあがって)

ございましたら、もったいないことですがあなた様に御相談に上がって

(もうしあげます。このはなしだけはこまってしまいました」 なおいおうとしないのを、)

申し上げます。この話だけは困ってしまいました」 なお言おうとしないのを、

(げんじはれいのようにこのおんながまたおもわせぶりをはじめたとみていた。)

源氏は例のようにこの女がまた思わせぶりを始めたと見ていた。

(「ひたちのみやからまいったのでございます」 こういってみょうぶはてがみをだした。)

「常陸の宮から参ったのでございます」 こう言って命婦は手紙を出した。

(「じゃなにもきみがかくさねばならぬわけもないじゃないか」 こうはいったが、)

「じゃ何も君が隠さねばならぬわけもないじゃないか」 こうは言ったが、

(うけとったげんじはとうわくした。もうふるくてあつぼったくなっただんしにくんこうの)

受け取った源氏は当惑した。もう古くて厚ぼったくなった檀紙に薫香の

(においだけはよくつけてあった。ともかくもてがみのていはなしているのである。)

においだけはよくつけてあった。ともかくも手紙の体はなしているのである。

(うたもある。 )

歌もある。

(からごろもきみがこころのつらければたもとはかくぞそぼちつつのみ )

唐衣君が心のつらければ袂はかくぞそぼちつつのみ

(なんのことかとおもっていると、おおげさなつつみのいしょうばこをみょうぶはまえへだした。)

何のことかと思っていると、おおげさな包みの衣裳箱を命婦は前へ出した。

(「これがきまりわるくなくてきまりのわるいことってございませんでしょう。)

「これがきまり悪くなくてきまりの悪いことってございませんでしょう。

(おしょうがつのおめしにというつもりでわざわざおつかわしになったようで)

お正月のお召にというつもりでわざわざおつかわしになったようで

など

(ございますから、おかえしするゆうきもわたくしにございません。わたくしのところへおいて)

ございますから、お返しする勇気も私にございません。私の所へ置いて

(おきましてもさきさまのこころざしをむしすることになるでしょうから、とにかくおめに)

おきましても先様の志を無視することになるでしょうから、とにかくお目に

(かけましてからしょぶんをいたすことにしようとおもうのでございます」)

かけましてから処分をいたすことにしようと思うのでございます」

(「きみのところへとめておかれたらたいへんだよ。きもののせわをしてくれるかぞくも)

「君の所へ留めて置かれたらたいへんだよ。着物の世話をしてくれる家族も

(ないのだからね、ごしんせつをありがたくうけるよ」 とはいったが、もうじょうだんも)

ないのだからね、御親切をありがたく受けるよ」 とは言ったが、もう戯談も

(くちからでなかった。それにしてもまずいうたである。これはじさくにちがいない、)

口から出なかった。それにしてもまずい歌である。これは自作に違いない、

(じじゅうがおればふでをいれるところなのだが、そのほかにはせんせいはないのだからと)

侍従がおれば筆を入れるところなのだが、そのほかには先生はないのだからと

(おもうと、そのひとのかさくにくしんをするようすがそうぞうされておかしくて、)

思うと、その人の歌作に苦心をする様子が想像されておかしくて、

(「もったいないきふじんといわなければならないのかもしれない」 といいながら)

「もったいない貴婦人と言わなければならないのかもしれない」 と言いながら

(げんじはびしょうしててがみとおくりもののはこをながめていた。みょうぶはまっかになっていた。)

源氏は微笑して手紙と贈り物の箱をながめていた。命婦は真赤になっていた。

(えんじのがまんのできないようないやないろにでたのうしで、うらもやぼにこい、おもいきり)

臙脂の我慢のできないようないやな色に出た直衣で、裏も野暮に濃い、思いきり

(げひんなそのはしばしがそとからみえているのである。あっかんをおぼえたげんじが、おんなのてがみの)

下品なその端々が外から見えているのである。悪寒を覚えた源氏が、女の手紙の

(うえへむだがきをするようにしてかいているのをみょうぶがよこめでみていると、 )

上へ無駄書きをするようにして書いているのを命婦が横目で見ていると、

(なつかしきいろともなしになににこのすえつむはなをそでにふれけん )

なつかしき色ともなしに何にこの末摘花を袖に触れけん

(いろこきはなとみしかども、ともよまれた。はなというじにわけがありそうだと、)

色濃き花と見しかども、とも読まれた。花という字にわけがありそうだと、

(つきのさしこんだよるなどにときどきみたにょおうのかおをみょうぶはおもいだして、げんじの)

月のさし込んだ夜などに時々見た女王の顔を命婦は思い出して、源氏の

(いたずらがきをひどいとおもいながらもしまいにはおかしくなった。 )

いたずら書きをひどいと思いながらもしまいにはおかしくなった。

(「くれないのひとはなごろもうすくともひたすらくたすなをしたてずば )

「くれなゐのひとはな衣うすくともひたすら朽たす名をし立てずば

(そのがまんもじんせいのつとめでございますよ」 りかいがあるらしくこんなことを)

その我慢も人生の勤めでございますよ」 理解があるらしくこんなことを

(いっているみょうぶもたいしたおんなではないが、せめてこれだけのさいぶんでもあのひとに)

言っている命婦もたいした女ではないが、せめてこれだけの才分でもあの人に

(あればよかったとげんじはざんねんなきがした。みぶんがみぶんである、じぶんから)

あればよかったと源氏は残念な気がした。身分が身分である、自分から

(すてられたというようなきのどくななはたてさせたくないとおもうのがげんじの)

捨てられたというような気の毒な名は立てさせたくないと思うのが源氏の

(しんいだった。ここへしこうしてくるひとのあしおとがしたので、 「これをかくそうかね。)

真意だった。ここへ伺候して来る人の足音がしたので、 「これを隠そうかね。

(おとこはこんなまねもときどきしなくてはならないのかね」 げんじはいまいましそうに)

男はこんな真似も時々しなくてはならないのかね」 源氏はいまいましそうに

(いった。なぜおめにかけたろう、じぶんまでがせんぱくなにんげんにおもわれるだけだったと)

言った。なぜお目にかけたろう、自分までが浅薄な人間に思われるだけだったと

(はずかしくなりみょうぶはそっとさってしまった。)

恥ずかしくなり命婦はそっと去ってしまった。

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