紫式部 源氏物語 紅葉賀 12 與謝野晶子訳

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(げんじはゆうじんにおどされたことをざんねんにおもいながらとのいどころでねていた。)

源氏は友人に威嚇されたことを残念に思いながら宿直所で寝ていた。

(おどろかされたないしのすけはよくあさのこっていたさしぬきやおびなどをもたせてよこした。 )

驚かされた典侍は翌朝残っていた指貫や帯などを持たせてよこした。

(「うらみてもいいがいぞなきたちかさねひきてかえりしなみのなごりに )

「恨みても云ひがひぞなき立ち重ね引きて帰りし波のなごりに

(かなしんでおります。こいのろうかくのくずれるはずのものがくずれてしまいました」)

悲しんでおります。恋の楼閣のくずれるはずの物がくずれてしまいました」

(というてがみがそえてあった。めんぼくなくおもうのであろうとげんじはなおもふかいに)

という手紙が添えてあった。面目なく思うのであろうと源氏はなおも不快に

(さくやをおもいだしたが、きをもみぬいていたおんなのようすに)

昨夜を思い出したが、気をもみ抜いていた女の様子に

(あわれんでやってよいところもあったのでへんじをかいた。 )

あわれんでやってよいところもあったので返事を書いた。

(あれだちしなみにこころはさわがねどよせけんいそをいかがうらみぬ )

荒だちし波に心は騒がねどよせけん磯をいかが恨みぬ

(とだけである。おびはちゅうじょうのものであった。じぶんのよりはすこしいろが)

とだけである。帯は中将の物であった。自分のよりは少し色が

(こいようであると、げんじがさくやののうしにあわせてみているときに、のうしのそでが)

濃いようであると、源氏が昨夜の直衣に合わせて見ている時に、直衣の袖が

(なくなっているのにきがついた。なんというはずかしいことだろう、)

なくなっているのに気がついた。なんというはずかしいことだろう、

(おんなをあさるひとになればこんなことがしじゅうあるのであろうとげんじははんせいした。)

女をあさる人になればこんなことが始終あるのであろうと源氏は反省した。

(とうのちゅうじょうのとのいどころのほうから、 なによりもまずこれをおとじつけになるひつようが)

頭中将の宿直所のほうから、 何よりもまずこれをお綴じつけになる必要が

(あるでしょう。 とかいてのうしのそでをつつんでよこした。)

あるでしょう。 と書いて直衣の袖を包んでよこした。

(どうしてとられたのであろうとげんじはくやしかった。ちゅうじょうのおびが)

どうして取られたのであろうと源氏はくやしかった。中将の帯が

(じぶんのてにはいっていなかったらこのあらそいはまけになるのであったと)

自分の手にはいっていなかったらこの争いは負けになるのであったと

(うれしかった。おびとおなじいろのかみにつつんで、 )

うれしかった。帯と同じ色の紙に包んで、

(なかたえばかごとやおうとあやうさにはなだのおびはとりてだにみず )

中絶えばかごとや負ふと危ふさに縹の帯はとりてだに見ず

(とかいてげんじはもたせてやった。おんなのところでといたおびにたにんのてがふれると)

と書いて源氏は持たせてやった。女の所で解いた帯に他人の手が触れると

(そのこいはかいしょうしてしまうともいわれているのである。ちゅうじょうからまたおりかえして、)

その恋は解消してしまうとも言われているのである。中将からまた折り返して、

など

(きみにかくひきとられぬるおびなればかくてたえぬるなかとかこたん )

君にかく引き取られぬる帯なればかくて絶えぬる中とかこたん

(なんといってもせきにんがありますよ。 とかいてある。ひるちかくになって)

なんといっても責任がありますよ。 と書いてある。昼近くになって

(てんじょうのつめしょへふたりともいった。とりすましたかおをしているげんじをみると)

殿上の詰め所へ二人とも行った。取り澄ました顔をしている源氏を見ると

(ちゅうじょうもおかしくてならない。そのひはじしんもくろうどのかみとしてこうようのおおいひで)

中将もおかしくてならない。その日は自身も蔵人頭として公用の多い日で

(あったからしごくまじめなかおをつくっていた。しかしどうかしたひょうしにめがあうと)

あったから至極まじめな顔を作っていた。しかしどうかした拍子に目が合うと

(たがいにほほえまれるのである。だれもいぬときにちゅうじょうがそばへよってきていった。)

互いにほほえまれるのである。だれもいぬ時に中将がそばへ寄って来て言った。

(「かくしごとにはこりたでしょう」 しりめでみている。ゆうえつかんがあるようである。)

「隠し事には懲りたでしょう」 尻目で見ている。優越感があるようである。

(「なあに、それよりもせっかくきながらむだだったひとがきのどくだ。)

「なあに、それよりもせっかく来ながら無駄だった人が気の毒だ。

(まったくはきみやっかいなおんなだね」 ひみつにしようといいあったが、それからのち)

まったくは君やっかいな女だね」 秘密にしようと言い合ったが、それからのち

(ちゅうじょうはどれだけあのばんのさわぎをいいだしてげんじをくしょうさせたかしれない。)

中将はどれだけあの晩の騒ぎを言い出して源氏を苦笑させたかしれない。

(それはこいしいおんなのためにうけるばつでもないのである。おんなはつづいてげんじのこころを)

それは恋しい女のために受ける罰でもないのである。女は続いて源氏の心を

(ひこうとしていろいろにぎこうをもちいるのをげんじはうるさがっていた。)

惹こうとしていろいろに技巧を用いるのを源氏はうるさがっていた。

(ちゅうじょうはいもうとにもそのはなしはせずに、じぶんだけがげんじをこまらせるようにつかうほうが)

中将は妹にもその話はせずに、自分だけが源氏を困らせる用に使うほうが

(ゆうりだとおもっていた。よいがいせきをおもちになったしんのうかたも)

有利だと思っていた。よい外戚をお持ちになった親王方も

(みかどのしゅちょうされるげんじにはいちもくおいておいでになるのであるが、)

帝の殊寵される源氏には一目置いておいでになるのであるが、

(このとうのちゅうじょうだけは、まけていないでもよいというじしんをもっていた。)

この頭中将だけは、負けていないでもよいという自信を持っていた。

(ことごとにきょうそうしんをみせるのである。さだいじんのむすこのなかでこのひとだけが)

ことごとに競争心を見せるのである。左大臣の息子の中でこの人だけが

(げんじのふじんとどうふくのないしんのうのははぎみをもっていた。げんじのきみはただ)

源氏の夫人と同腹の内親王の母君を持っていた。源氏の君はただ

(おうじであるというてんがちがっているだけで、じぶんもおなじだいじんといっても)

皇子であるという点が違っているだけで、自分も同じ大臣といっても

(さいだいのけんりょくのあるだいじんをちちとして、おうじょからうまれてきたのである、)

最大の権力のある大臣を父として、皇女から生まれてきたのである、

(たいしてちがわないそんきさがじぶんにあるとおもうものらしい。)

たいして違わない尊貴さが自分にあると思うものらしい。

(じんぶつもれいりでなんのがくもんにもつうじたりっぱなこうしであった。)

人物も怜悧で何の学問にも通じたりっぱな公子であった。

(つまらぬことまでもふたりはきょうそうしてひとのわだいになることもおおいのである。)

つまらぬ事までも二人は競争して人の話題になることも多いのである。

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