紫式部 源氏物語 葵 19 與謝野晶子訳

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問題文

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(そのばんはいのこのもちをたべるひであった。ふこうのあったあとのげんじに)

その晩は亥の子の餅を食べる日であった。不幸のあったあとの源氏に

(えんりょをして、たいそうにはせず、にしのたいへだけうつくしいひわりごづめのものを)

遠慮をして、たいそうにはせず、西の対へだけ美しい檜破子詰めの物を

(いろいろにつくってもってきてあった。それらをみたげんじが、みなみがわのざしきへきて、)

いろいろに作って持って来てあった。それらを見た源氏が、南側の座敷へ来て、

(そこへこれみつをよんでめいじた。 「もちをね、こんばんのようにたいそうにしないでね、)

そこへ惟光を呼んで命じた。 「餅をね、今晩のようにたいそうにしないでね、

(あすのひぐれごろにもってきてほしい。きょうはきちじつじゃないのだよ」)

明日の日暮れごろに持って来てほしい。今日は吉日じゃないのだよ」

(びしょうしながらいっているようすで、りこうなこれみつはすべてをさっしてしまった。)

微笑しながら言っている様子で、利巧な惟光はすべてを察してしまった。

(「そうでございますとも、おめでたいはじめのおしきはきちじつをえらびませんでは。)

「そうでございますとも、おめでたい初めのお式は吉日を選びませんでは。

(それにいたしましても、こんばんのいのこでないみょうばんのねのこもちは)

それにいたしましても、今晩の亥の子でない明晩の子の子餅は

(どれほどつくってまいったものでございましょう」 まじめなかおできく。)

どれほど作ってまいったものでございましょう」 まじめな顔で聞く。

(「こんやのさんぶんのいちくらい」 とげんじはこたえた。)

「今夜の三分の一くらい」 と源氏は答えた。

(こころえたふうでこれみつはたっていった。きまりをわるがせないよなれたたいどが)

心得たふうで惟光は立って行った。きまりを悪がせない世馴れた態度が

(とれるものだとげんじはおもった。だれにもいわずに、これみつはほとんどてずからと)

取れるものだと源氏は思った。だれにも言わずに、惟光はほとんど手ずからと

(いってもよいほどにして、しゅじんのけっこんのみっかのよるのもちのちょうせいをいえでした。)

いってもよいほどにして、主人の結婚の三日の夜の餅の調整を家でした。

(げんじはしんふじんのきげんをなおさせるのにこまって、こんどはじめてぬすみだしてきたひとを)

源氏は新夫人の機嫌を直させるのに困って、今度はじめて盗み出して来た人を

(あつかうほどのくしんをようするとかんじることによっても)

扱うほどの苦心を要すると感じることによっても

(げんじはきょうみをおぼえずにいられない。にんげんはあさましいものである、)

源氏は興味を覚えずにいられない。人間はあさましいものである、

(もうじぶんはいちやだってこのひととわかれていられようともおもえないと)

もう自分は一夜だってこの人と別れていられようとも思えないと

(げんじはおもうのであった。めいぜられたもちをこれみつはわざわざよふけになるのをまって)

源氏は思うのであった。命ぜられた餅を惟光はわざわざ夜ふけになるのを待って

(もってきた。しょうなごんのようなねんぱいなひとにたのんではきまりわるくおおもいに)

持って来た。少納言のような年配な人に頼んではきまり悪くお思いに

(なるだろうと、そんなおもいやりもして、これみつはしょうなごんのむすめのべんというにょうぼうを)

なるだろうと、そんな思いやりもして、惟光は少納言の娘の弁という女房を

など

(よびだした。 「これはまちがいなくごしんしつのおまくらもとへさしあげなければ)

呼び出した。 「これはまちがいなく御寝室のお枕もとへ差し上げなければ

(ならないものなのですよ。おたのみします。たしかに」)

ならない物なのですよ。お頼みします。たしかに」

(べんはちょっとふしぎなきはしたが、 「わたくしはまだ、いいかげんなごまかしの)

弁はちょっと不思議な気はしたが、 「私はまだ、いいかげんなごまかしの

(ひつようなようなこうしょうをだれともしたことがありませんわ」)

必要なような交渉をだれともしたことがありませんわ」

(といいながらうけとった。 「そうですよ、きょうはそんなふせいじつとか)

と言いながら受け取った。 「そうですよ、今日はそんな不誠実とか

(なんとかいうことばをつつしまなければならなかったのですよ。)

何とかいう言葉を慎まなければならなかったのですよ。

(わたくしももうえんぎのいいことばだけをよってつかいます」 とこれみつはいった。)

私ももう縁起のいい言葉だけを選って使います」 と惟光は言った。

(わかいべんはりゆうのわからぬきもちのままで、しゅじんのしんしつのまくらもとのきちょうのしたから、)

若い弁は理由のわからぬ気持ちのままで、主人の寝室の枕もとの几帳の下から、

(みっかのよるのもちのはいったうつわをなかへいれていった。このもちのせつめいも)

三日の夜の餅のはいった器を中へ入れて行った。この餅の説明も

(げんじがじぶんでしたにちがいない。だれもなんのきもつかなかったが、)

源氏が自分でしたに違いない。だれも何の気もつかなかったが、

(よくあさそのもちのはこがしんしつからさげられたときに、そっきんしているにょうぼうたちにだけは)

翌朝その餅の箱が寝室から下げられた時に、側近している女房たちにだけは

(うなずかれることがあった。さらなどもいつよういしたかとおもうほど)

うなずかれることがあった。皿などもいつ用意したかと思うほど

(みごとなけそくつきであった。もちもことにきれいにつくられてあった。)

見事な華足付きであった。餅もことにきれいに作られてあった。

(しょうなごんはかんげきしてないていた。けっこんのけいしきをただしくふんだげんじのこういが)

少納言は感激して泣いていた。結婚の形式を正しく踏んだ源氏の好意が

(うれしかったのである。 「それにしてもわたくしたちへそっとおいいつけになれば)

うれしかったのである。 「それにしても私たちへそっとお言いつけになれば

(よろしいのにね。あのひとがふしぎにおもわなかったでしょうかね」)

よろしいのにね。あの人が不思議に思わなかったでしょうかね」

(とささやいていた。)

とささやいていた。

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