紫式部 源氏物語 須磨 18 與謝野晶子訳
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問題文
(すまはひのながいはるになってつれづれをおぼえるじかんがおおくなったうえに、)
須磨は日の永い春になってつれづれを覚える時間が多くなった上に、
(きょねんうえたわかぎのさくらのはながさきはじめたのにも、かすんだそらのいろにも)
去年植えた若木の桜の花が咲き始めたのにも、霞んだ空の色にも
(きょうがおもいだされて、げんじのなくひがおおかった。にがつにじゅういくにちである、)
京が思い出されて、源氏の泣く日が多かった。二月二十幾日である、
(きょねんきょうをでたときにこころぐるしかったひとたちのようすがしきりにしりたくなった。)
去年京を出た時に心苦しかった人たちの様子がしきりに知りたくなった。
(またいんのみよのさいごのおうかのえんのひのちちみかど、えんなとうぐうじだいのおんあにへいかの)
また院の御代の最後の桜花の宴の日の父帝、艶な東宮時代の御兄陛下の
(おすがたがおもわれ、げんじのしをおぎんじになったこともこいしくおもいだされた。 )
お姿が思われ、源氏の詩をお吟じになったことも恋しく思い出された。
(いつとなくおおみやびとのこいしきにさくらかざししきょうもきにけり )
いつとなく大宮人の恋しきに桜かざしし今日も来にけり
(とげんじはうたった。 げんじがひをくらしわびているころ、すまのたっきょへ)
と源氏は歌った。 源氏が日を暮らし侘びているころ、須磨の謫居へ
(さだいじんけのさんみちゅうじょうがたずねてきた。げんざいはさんぎになっていて、めいもんのこうしで)
左大臣家の三位中将が訪ねて来た。現在は参議になっていて、名門の公子で
(りっぱなじんぶつであるからせけんからしんらいされていることもかくべつなのであるが、)
りっぱな人物であるから世間から信頼されていることも格別なのであるが、
(そのひとじしんはいまのしゃかいのくうきがきにいらないで、なにかのおりごとに)
その人自身は今の社会の空気が気に入らないで、何かのおりごとに
(げんじがこいしくなるあまりに、そのことでばつをうけてもじぶんはくやまないと)
源氏が恋しくなるあまりに、そのことで罰を受けても自分は悔やまないと
(けっしんしてにわかにげんじとあうためにきょうをでてきたのである。)
決心してにわかに源氏と逢うために京を出て来たのである。
(したしいゆうじんであって、しかもながくあいみるときをえなかったふたりはたまたまえた)
親しい友人であって、しかも長く相見る時を得なかった二人はたまたま得た
(かいごうのさいしょにまずないた。さいしょうはげんじのさんそうがひじょうにとうふうであることに)
会合の最初にまず泣いた。宰相は源氏の山荘が非常に唐風であることに
(きがついた。えのようなふうこうのなかに、たけをあんだかきがめぐらされ、いしのかいだん、)
気がついた。絵のような風光の中に、竹を編んだ垣がめぐらされ、石の階段、
(まつのくろきのはしらなどのもちいられてあるのがおもしろかった。げんじはきばんだうすべにの)
松の黒木の柱などの用いられてあるのがおもしろかった。源氏は黄ばんだ薄紅の
(ふくのうえに、あおみのあるはいいろのかりぎぬさしぬきのしっそなよそおいでいた。わざわざみやこふうを)
服の上に、青みのある灰色の狩衣指貫の質素な装いでいた。わざわざ都風を
(さけたふくそうもいっそうげんじをうつくしくひきたててみせるきがされた。しつないのようぐも)
避けた服装もいっそう源氏を美しく引き立てて見せる気がされた。室内の用具も
(かんたんなものばかりで、きがするへやもきゃくのざからのこらずみえるのである。)
簡単な物ばかりで、起臥する部屋も客の座から残らず見えるのである。
(ごばん、すごろくのばん、たぎのぐなどもいなかふうのそまつにできたものがおかれてあった。)
碁盤、双六の盤、弾棊の具なども田舎風のそまつにできた物が置かれてあった。
(じゅずなどがさっきまでほとけづとめがされていたらしくでていた。きゃくのきょうおうにだされた)
数珠などがさっきまで仏勤めがされていたらしく出ていた。客の饗応に出された
(ぜんぶにもおもしろいちほうしょくがみえた。りょうからかえったあまたちがかいなどをとどけに)
膳部にもおもしろい地方色が見えた。漁から帰った海人たちが貝などを届けに
(よったので、げんじはきゃくといるざしきのまえへそのひとびとをよんでみることにした。)
寄ったので、源氏は客といる座敷の前へその人々を呼んでみることにした。
(ぎょそんのせいかつについてしつもんをすると、かれらはけいざいてきにくるしいよわたりをこぼした。)
漁村の生活について質問をすると、彼らは経済的に苦しい世渡りをこぼした。
(ことりのようにたべんにさえずるはなしもこんぽんになっていることはしょせいなんである、)
小鳥のように多弁にさえずる話も根本になっていることは処世難である、
(われわれもおなじことであるときこうしたちはあわれんでいた。それぞれにいふくなどを)
われわれも同じことであると貴公子たちは憐れんでいた。それぞれに衣服などを
(あたえられたあまたちはうまれてはじめてのいきがいをかんじたらしかった。)
与えられた海人たちは生まれてはじめての生きがいを感じたらしかった。
(さんそうのうまをいくひきもならべて、それもここからみえるくらとかなやとかいうものから)
山荘の馬を幾疋も並べて、それもここから見える倉とか納屋とかいう物から
(とりだすいねをくわせていたりするのがげんじにもきゃくにもめずらしかった。さいばらの)
取り出す稲を食わせていたりするのが源氏にも客にも珍しかった。催馬楽の
(あすかいをふたりでうたってから、げんじのふざいちゅうのきょうのはなしをなきもし、)
飛鳥井を二人で歌ってから、源氏の不在中の京の話を泣きもし、
(わらいもしながら、さいしょうはしだした。わかぎみがなにごとのあるともしらずに)
笑いもしながら、宰相はしだした。若君が何事のあるとも知らずに
(むじゃきでいることがあわれでならないとだいじんがしじゅうなげいているというはなしの)
無邪気でいることが哀れでならないと大臣が始終歎いているという話の
(されたとき、げんじはかなしみにたえないふうであった。ふたりのかいわを)
された時、源氏は悲しみに堪えないふうであった。二人の会話を
(かきつくすことはとうていできないことであるからしょうりゃくする。)
書き尽くすことはとうていできないことであるから省略する。