紫式部 源氏物語 明石 13 與謝野晶子訳

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(そのよくじつはてがみをおくるのにいぜんよりもひとめがはばかられるきもした。)

その翌日は手紙を送るのに以前よりも人目がはばかられる気もした。

(げんじのこころのおにからである。にゅうどうのほうでもこうぜんのことにはしたくなくて、)

源氏の心の鬼からである。入道のほうでも公然のことにはしたくなくて、

(けっこんのだいににちのつかいも、そのこととしてはでにあつかうようなことはしなかった。)

結婚の第二日の使いも、そのこととして派手に扱うようなことはしなかった。

(こんなことにもむすめのじそんしんはきずつけられたようである。それいごときどき)

こんなことにも娘の自尊心は傷つけられたようである。それ以後時々

(げんじはかよっていった。すこしみちのりのあるところでもあったから、とちのものの)

源氏は通って行った。少し道程のある所でもあったから、土地の者の

(めにつくこともおもってまをおくのであるが、おんなのほうではあらかじめ)

目につくことも思って間を置くのであるが、女のほうではあらかじめ

(うれえていたことがじじつになったようにとって、はんもんしているのをみては)

愁えていたことが事実になったように取って、煩悶しているのを見ては

(おやのにゅうどうもふあんになって、ごくらくのねがいもわすれたように、ほとけづとめはなまけて、)

親の入道も不安になって、極楽の願いも忘れたように、仏勤めは怠けて、

(げんじのきみのかよってくることをだいじだとかんがえている。にゅうどうからいえば)

源氏の君の通って来ることを大事だと考えている。入道からいえば

(ことがじょうじゅしているのであるが、そのきょうちであたらしくものおもいをしているのが)

事が成就しているのであるが、その境地で新しく物思いをしているのが

(あわれであった。にじょうのいんのにょおうにこのうわさがつたわっては、れんあいもんだいではしっとする)

憐れであった。二条の院の女王にこの噂が伝わっては、恋愛問題では嫉妬する

(かちのあることでないとわかっていても、ひみつにしておくじぶんのたいどを)

価値のあることでないとわかっていても、秘密にしておく自分の態度を

(うらめしがられてはくるしくもあり、きはずかしくもあるとおもっていたげんじが)

恨めしがられては苦しくもあり、気恥ずかしくもあると思っていた源氏が

(むらさきふじんをどれほどあいしているかはこれだけでもそうぞうすることができるのである。)

紫夫人をどれほど愛しているかはこれだけでも想像することができるのである。

(にょおうもげんじをあいすることのふかいだけ、ほかのあいじんとのかんけいにふかいないろをみせた)

女王も源氏を愛することの深いだけ、他の愛人との関係に不快な色を見せた

(そのおりおりのことをいまおもいだして、なぜつまらぬことでうらめしいこころに)

そのおりおりのことを今思い出して、なぜつまらぬことで恨めしい心に

(させたかと、とりかえしたいくらいにそれをこうかいしているげんじなのである。)

させたかと、取り返したいくらいにそれを後悔している源氏なのである。

(あたらしいこいびとはえてもにょおうへこがれているこころはなぐさめられるものでもなかったから、)

新しい恋人は得ても女王へ焦れている心は慰められるものでもなかったから、

(へいぜいよりもまたなさけのこもったてがみをげんじはきょうへかいたのであるが、)

平生よりもまた情けのこもった手紙を源氏は京へ書いたのであるが、

(おくにこんどのことをかいた。 わたくしはかこのじぶんのしたことではあるが、)

奥に今度のことを書いた。 私は過去の自分のしたことではあるが、

など

(あなたをふかいにさせたつまらぬいろいろなじけんをおもいだしては)

あなたを不快にさせたつまらぬいろいろな事件を思い出しては

(むねがくるしくなるのですが、それだのにまたここでよけいなゆめをひとつみました。)

胸が苦しくなるのですが、それだのにまたここでよけいな夢を一つ見ました。

(このこくはくでどれだけあなたにへだてのないこころをもっているかを)

この告白でどれだけあなたに隔てのない心を持っているかを

(おもってみてください。「ちかいしことも」(わすれじとちかいしことをあやまたば)

思ってみてください。「誓ひしことも」(忘れじと誓ひしことをあやまたば

(みかさのやまのかみもことわれ)といううたのようにわたくしはしんじています。)

三笠の山の神もことわれ)という歌のように私は信じています。

(とかいて、また、 なにごとも、)

と書いて、また、 何事も、

(しおしおとまづぞなかるるかりそめのみるめはあまのすさびなれども )

しほしほと先づぞ泣かるるかりそめのみるめは海人のすさびなれども

(とかきそえたてがみであった。 きょうのへんじはむじゃきなかれんなものであったが、)

と書き添えた手紙であった。 京の返事は無邪気な可憐なものであったが、

(それもおくにげんじのこくはくによるかんそうがかかれてあった。)

それも奥に源氏の告白による感想が書かれてあった。

(おいいにならないではいらっしゃれないほどげんざいのおこころをしめていますことを)

お言いにならないではいらっしゃれないほど現在のお心を占めていますことを

(おしらせくださいましてしょうちいたしましたが、わたくしにはあたらしいこいびとに)

お報らせくださいまして承知いたしましたが、私には新しい恋人に

(けいとうしていらっしゃるごようすがむかしのいろいろなばあいとおもいあわせて)

傾倒していらっしゃる御様子が昔のいろいろな場合と思い合わせて

(そうぞうすることもできます。 )

想像することもできます。

(うらなくもおもいけるかなちぎりしをまつよりなみはこえじものぞと )

うらなくも思ひけるかな契りしを松より波は越えじものぞと

(おおようではあるがくやしいとおもうこころもたしかにかすめて)

おおようではあるがくやしいと思う心も確かにかすめて

(かかれたものであるのを、げんじはあわれにおもった。このてがみをてからはなしがたく)

書かれたものであるのを、源氏は哀れに思った。この手紙を手から離しがたく

(じっとながめていた。このとうざいくにちはやまてのいえへいくきもしなかった。)

じっとながめていた。この当座幾日は山手の家へ行く気もしなかった。

(おんなはながいとだえをみて、このよかんはすでにはじめからあったことであるとなげいて、)

女は長い途絶えを見て、この予感はすでに初めからあったことであると歎いて、

(このおやこのあいだではさいごにはうみへみをなげればよいということばがいぜんによく)

この親子の間では最後には海へ身を投げればよいという言葉が以前によく

(いわれたものであるが、いよいよそうしたいほどつらくおもった。)

言われたものであるが、いよいよそうしたいほどつらく思った。

(としとったおやたちだけをたよりにして、いつひとなみのむすめのようなこうふくが)

年取った親たちだけをたよりにして、いつ人並みの娘のような幸福が

(えられるものともしれなかったかこは、いまにくらべておうのうのかたはしも)

得られるものとも知れなかった過去は、今に比べて懊悩の片はしも

(しらないじぶんだった。よのなかのことはこんなにくるしいものなのであろうか、)

知らない自分だった。世の中のことはこんなに苦しいものなのであろうか、

(れんあいもけっこんもおとめのときにかんがえていたよりもかなしいものであると、)

恋愛も結婚も処女の時に考えていたよりも悲しいものであると、

(おんなはこころにおもいながらもげんじにはへいせいなふうをみせて、ふかいをかうような)

女は心に思いながらも源氏には平静なふうを見せて、不快を買うような

(げんどうもしない。げんじのあいはつきひとともにふかくなっていくのであるが、)

言動もしない。源氏の愛は月日とともに深くなっていくのであるが、

(さいあいのふじんがひとりきょうにのこっていて、いまのおんなのかんけいをいろいろにそうぞうすれば)

最愛の夫人が一人京に残っていて、今の女の関係をいろいろに想像すれば

(うらめしいこころがうごくことであろうとおもわれるくるしさから、)

恨めしい心が動くことであろうと思われる苦しさから、

(はまのやかたのほうでひとりねをするよるのほうがおおかった。)

浜の館のほうで一人寝をする夜のほうが多かった。

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