人間失格【太宰治】27
第三の手記です
竹一の予言~ありました、まで
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問題文
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(たけいちのよげんのひとつはあたりひとつははずれましたほれられるという)
竹一の予言の、一つは当り、一つは、はずれました。惚れられるという、
(めいよでないよげんのほうはあたりましたがきっとえらいえかきになるという)
名誉で無い予言のほうは、あたりましたが、きっと偉い絵画きになるという、
(しゅくふくのよげんははずれましたじぶんはわずかにそあくなざっしの)
祝福の予言は、はずれました。自分は、わずかに、粗悪な雑誌の、
(むめいのへたなまんがかになることができただけでしたかまくらのじけんのために)
無名の下手な漫画家になる事が出来ただけでした。鎌倉の事件のために、
(こうとうがっこうからはついほうせられじぶんはひらめのいえのにかいの)
高等学校からは追放せられ、自分は、ヒラメの家の二階の、
(さんじょうのへやでねおきしてこきょうからはつきづききわめてしょうがくのかねが)
三畳の部屋で寝起きして、故郷からは月々、極めて小額の金が、
(それもちょくせつにじぶんあてではなく)
それも直接に自分宛ではなく、
(ひらめのところにひそかにおくられてきているようすでしたがしかも)
ヒラメのところにひそかに送られて来ている様子でしたが、(しかも、
(それはこきょうのあにたちが)
それは故郷の兄たちが、
(ちちにかくしておくってくれているというけいしきになっていたようでしたそれっきり)
父にかくして送ってくれているという形式になっていたようでした)それっきり
(あとはこきょうとのつながりをぜんぜんたちきられてしまいそうして)
あとは故郷とのつながりを全然、断ち切られてしまい、そうして、
(ひらめはいつもふきげんじぶんがあいそわらいをしてもわらわず)
ヒラメはいつも不機嫌、自分があいそ笑いをしても、笑わず、
(にんげんというものはこんなにもかんたんに)
人間というものはこんなにも簡単に、
(それこそてのひらをかえすがごとくにへんかできるものかとあさましくいや)
それこそ手のひらをかえすが如くに変化出来るものかと、あさましく、いや、
(むしろこっけいにおもわれるくらいのひどいかわりようででちゃいけませんよ)
むしろ滑稽に思われるくらいの、ひどい変り様で、「出ちゃいけませんよ。
(とにかくでないでくださいよそればかりじぶんにいっているのでしたひらめは)
とにかく、出ないで下さいよ」そればかり自分に言っているのでした。ヒラメは
(じぶんにじさつのおそれありとにらんでいるらしくつまり)
自分に自殺のおそれありと、にらんでいるらしく、つまり、
(おんなのあとをおってまたうみへとびこんだりするきけんがあるとみてとっているらしく)
女の後を追ってまた海へ飛び込んだりする危険があると見てとっているらしく、
(じぶんのがいしゅつをかたくきんじているのでしたけれどもさけものめないし)
自分の外出を固く禁じているのでした。けれども、酒も飲めないし、
(たばこもすえないしただあさからばんまでにかいのさんじょうのこたつにもぐって)
煙草も吸えないし、ただ、朝から晩まで二階の三畳のこたつにもぐって、
など
(ふるざっしなんかよんであほうどうぜんのくらしをしているじぶんには)
古雑誌なんか読んで阿呆同然のくらしをしている自分には、
(じさつのきりょくさえうしなわれていましたひらめのいえはおおくぼのいせんのちかくにあり)
自殺の気力さえ失われていました。ヒラメの家は、大久保の医専の近くにあり、
(しょがこっとうしょうせいりゅうえんだなどとかんばんのもじだけはそうとうにきばっていても)
書画骨董商、青竜園、だなどと看板の文字だけは相当に気張っていても、
(ひとむねにこのそのいっこでみせのまぐちもせまくてんないはほこりだらけで)
一棟二戸の、その一戸で、店の間口も狭く、店内はホコリだらけで、
(いいかげんながらくたばかりならべもっとも)
いい加減なガラクタばかり並べ、(もっとも、
(ひらめはそのみせのがらくたにたよってしょうばいしているわけではなく)
ヒラメはその店のガラクタにたよって商売しているわけではなく、
(こっちのいわゆるだんなのひぞうのものを)
こっちの所謂旦那の秘蔵のものを、
(あっちのいわゆるだんなにそのしょゆうけんをゆずるばあいなどにかつやくして)
あっちの所謂旦那にその所有権をゆずる場合などに活躍して、
(おかねをもうけているらしいのですみせにすわっていることはほとんどなく)
お金をもうけているらしいのです)店に坐っている事は殆ど無く、
(たいていあさからむずかしそうなかおをしてそそくさとでかけ)
たいてい朝から、難しそうな顔をしてそそくさと出かけ、
(るすはじゅうしちはちのこぞうひとりこれがじぶんのみはりばんというわけで)
留守は十七、八の小僧ひとり、これが自分の見張り番というわけで、
(ひまさえあればきんじょのこどもたちとそとできゃっちぼーるなどしていても)
ひまさえあれば近所の子供たちと外でキャッチボールなどしていても、
(にかいのいそうろうをまるでばかかきちがいくらいにおもっているらしく)
二階の居候をまるで馬鹿か気違いくらいに思っているらしく、
(おとなのせっきょうくさいことまでじぶんにいいきかせじぶんは)
大人の説教くさい事まで自分に言い聞かせ、自分は、
(ひとといいあらそいのできないたちなのでつかれたようなまた)
ひとと言い争いの出来ない質なので、疲れたような、また、
(かんしんしたようなかおをしてそれにみみをかたむけふくじゅうしているのでした)
感心したような顔をしてそれに耳を傾け、服従しているのでした。
(このこぞうはしぶたのかくしごでそれでもへんなじじょうがあって)
この小僧は渋田のかくし子で、それでもへんな事情があって、
(しぶたはいわゆるおやこのなのりをせずまたしぶたがずっとどくしんなのも)
渋田は所謂親子の名乗りをせず、また渋田がずっと独身なのも、
(なにやらそのへんにりゆうがあってのことらしくじぶんもいぜん)
何やらその辺に理由があっての事らしく、自分も以前、
(じぶんのいえのものたちからそれについてのうわさを)
自分の家の者たちからそれに就いての噂を、
(ちょっときいたようなきもするのですがじぶんはどうもたにんのみのうえには)
ちょっと聞いたような気もするのですが、自分は、どうも他人の身の上には、
(あまりきょうみをもてないほうなのでふかいことはなにもしりませんしかし)
あまり興味を持てないほうなので、深い事は何も知りません。しかし、
(そのこぞうのめつきにもみょうにさかなのめをれんそうさせるところがありましたから)
その小僧の眼つきにも、妙に魚の眼を聯想させるところがありましたから、
(あるいはほんとうにひらめのかくしごでもそれならば)
或いは、本当にヒラメのかくし子、でも、それならば、
(ふたりはじつにさびしいおやこでしたよるおそくにかいのじぶんにはないしょで)
二人は実に淋しい親子でした。夜おそく、二階の自分には内緒で、
(ふたりでおそばなどをとりよせてむごんでたべていることがありました)
二人でおそばなどを取寄せて無言で食べている事がありました。
(ひらめのいえではしょくじはいつもそのこぞうがつくりにかいのやっかいもののしょくじだけは)
ヒラメの家では食事はいつもその小僧がつくり、二階のやっかい者の食事だけは
(べつにおぜんにのせてこぞうがさんどさんどにかいにもちはこんできてくれてひらめとこぞうは)
別にお膳に載せて小僧が三度々々二階に持ち運んで来てくれて、ヒラメと小僧は
(かいだんのしたのじめじめしたよじょうはんでなにやら)
階段の下のじめじめした四畳半で何やら、
(かちゃかちゃさらこばちのふれあうおとをさせながら)
カチャカチャ皿小鉢の触れ合う音をさせながら、
(いそがしげにしょくじしているのでした)
いそがしげに食事しているのでした。