駆込み訴え9
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問題文
(いよいよ、おまつりのとうじつになりました。)
いよいよ、お祭りの当日になりました。
(わたしたちしていじゅうさんにんはおかのうえのふるいりょうりやの、)
私たち師弟十三人は丘の上の古い料理屋の、
(うすぐらいにかいざしきをかりておまつりのえんかいをひらくことにいたしました。)
薄暗い二階座敷を借りてお祭りの宴会を開くことにいたしました。
(みんなしょくたくについて、)
みんな食卓に着いて、
(いざおまつりのゆうげをはじめようとしたとき、)
いざお祭りの夕餐(ゆうげ)を始めようとしたとき、
(あのひとは、つとたちあがり、だまってうわぎをぬいだので、)
あの人は、つと立ち上り、黙って上衣を脱いだので、
(わたしたちはいったいなにをおはじめなさるのだろうと)
私たちは一体なにをお始めなさるのだろうと
(ふしんにおもってみているうちに、)
不審に思って見ているうちに、
(あのひとはたくのうえのみずがめをてにとり、)
あの人は卓の上の水甕(みずがめ)を手にとり、
(そのみずがめのみずを、へやのすみにあったちいさいたらいにそそぎいれ、)
その水甕の水を、部屋の隅に在った小さい盥(たらい)に注ぎ入れ、
(それからじゅんぱくのしゅきんをごじしんのこしにまとい、)
それから純白の手巾をご自身の腰にまとい、
(たらいのみずででしたちのあしをじゅんじゅんにあらってくださったのであります。)
盥の水で弟子たちの足を順々に洗って下さったのであります。
(でしたちには、そのりゆうがわからず、)
弟子たちには、その理由がわからず、
(どをうしなって、うろうろするばかりでありましたけれど、)
度を失って、うろうろするばかりでありましたけれど、
(わたしにはなにやら、あのひとのひめたおもいがわかるようなきもちでありました。)
私には何やら、あの人の秘めた思いがわかるような気持でありました。
(あのひとは、さびしいのだ。)
あの人は、寂しいのだ。
(きょくどにきがよわって、いまは、むちながんめいのでしたちにさえ)
極度に気が弱って、いまは、無智な頑迷の弟子たちにさえ
(すがりつきたいきもちになっているのにちがいない。)
縋(すがり)つきたい気持になっているのにちがいない。
(かわいそうに。あのひとはじぶんののがれがたいうんめいをしっていたのだ。)
可哀想に。あの人は自分の逃れ難い運命を知っていたのだ。
(そのありさまをみているうちに、)
その有様を見ているうちに、
(わたしは、とつぜん、きょうりょくなおえつがのどにつきあげてくるのをおぼえた。)
私は、突然、強力な嗚咽(おえつ)が喉につき上げて来るのを覚えた。
(やにわにあのひとをだきしめ、ともになきたくおもいました。)
矢庭にあの人を抱きしめ、共に泣きたく思いました。
(おうかわいそうに、あなたをつみしてなるものか。)
おう可哀想に、あなたを罪してなるものか。
(あなたは、いつでもやさしかった。あなたは、いつでもただしかった。)
あなたは、いつでも優しかった。あなたは、いつでも正しかった。
(あなたは、いつでもまずしいもののみかただった。)
あなたは、いつでも貧しい者の味方だった。
(そうしてあなたは、いつでもひかるばかりにうつくしかった。)
そうしてあなたは、いつでも光るばかりに美しかった。
(あなたは、まさしくかみのみこだ。わたしはそれをしっています。)
あなたは、まさしく神の御子だ。私はそれを知っています。
(おゆるしください。)
おゆるし下さい。
(わたしはあなたをうろうとしてこのに、さんにち、きかいをねらっていたのです。)
私はあなたを売ろうとして此の二、三日、機会をねらっていたのです。
(もういまはいやだ。あなたをうるなんて、)
もう今はいやだ。あなたを売るなんて、
(なんというわたしはむほうなことをかんがえていたのでしょう。)
なんという私は無法なことを考えていたのでしょう。
(ごあんしんなさいまし。)
御安心なさいまし。
(もういまからは、ごひゃくのやくにん、せんのへいたいがきたとても、)
もう今からは、五百の役人、千の兵隊が来たとても、
(あなたのおからだにゆびいっぽんふれさせることはない。)
あなたのおからだに指一本ふれさせることは無い。
(あなたは、いま、つけねらわれているのです。)
あなたは、いま、つけねらわれているのです。
(あぶない。いますぐ、ここからにげましょう。)
危い。いますぐ、ここから逃げましょう。
(ぺてろもこい、やこぶもこい、よはねもこい、みんなこい。)
ペテロも来い、ヤコブも来い、ヨハネも来い、みんな来い。
(われらのやさしいしゅをまもり、いっしょうながくくらしていこう、)
われらの優しい主を護り、一生永く暮して行こう、
(とこころのそこからのあいのことばが、くちにだしてはいえなかったけれど、)
と心の底からの愛の言葉が、口に出しては言えなかったけれど、
(むねにわきかえっておりました。)
胸に沸きかえって居りました。
(きょうまでかんじたことのなかったいっしゅすうこうなれいかんにうたれ、)
きょうまで感じたことの無かった一種崇高な霊感に打たれ、
(あついおわびのなみだがきもちよくほおをつたってながれて、)
熱いお詫びの涙が気持よく頬を伝って流れて、
(やがてあのひとはわたしのあしをもしずかに、ていねいにあらってくだされ、)
やがてあの人は私の足をも静かに、ていねいに洗って下され、
(こしにまとってあったしゅきんでやわらかくふいて、ああ、そのときのかんしょくは。)
腰にまとって在った手巾で柔かく拭いて、ああ、そのときの感触は。
(そうだ、わたしはあのとき、てんごくをみたのかもしれない。)
そうだ、私はあのとき、天国を見たのかも知れない。
(わたしのつぎには、ぴりぽのあしを、そのつぎにはあんでれのあしを、)
私の次には、ピリポの足を、その次にはアンデレの足を、
(そうして、つぎに、ぺてろのあしをあらってくださるじゅんばんになったのですが、)
そうして、次に、ペテロの足を洗って下さる順番になったのですが、
(ぺてろは、あのようにおろかなしょうじきものでありますから、)
ペテロは、あのように愚かな正直者でありますから、
(ふしんのきもちをかくしておくことができず、)
不審の気持を隠して置くことが出来ず、
(しゅよ、あなたはどうしてわたしのあしなどおあらいになるのです。)
主よ、あなたはどうして私の足などお洗いになるのです。
(とたしょうふまんげにくちをとがらしてたずねました。)
と多少不満げに口を尖らして尋ねました。
(あのひとは、「ああ、わたしのすることは、おまえには、わかるまい。)
あの人は、「ああ、私のすることは、おまえには、わかるまい。
(あとで、おもいあたることもあるだろう」とおだやかにいいさとし、)
あとで、思い当ることもあるだろう」と穏かに言いさとし、
(ぺてろのあしもとにしゃがんだのだが、)
ペテロの足もとにしゃがんだのだが、
(ぺてろはなおもがんきょうにそれをこばんで、)
ペテロは尚も頑強にそれを拒んで、
(いいえ、いけません。)
いいえ、いけません。
(えいえんにわたしのあしなどおあらいになってはなりませぬ。もったいない、)
永遠に私の足などお洗いになってはなりませぬ。もったいない、
(とそのあしをひっこめていいはりました。)
とその足をひっこめて言い張りました。
(すると、あのひとはすこしこえをはりあげて、)
すると、あの人は少し声を張り上げて、
(「わたしがもし、おまえのあしをあらわないなら、)
「私がもし、おまえの足を洗わないなら、
(おまえとわたしとは、もうなんのかんけいもないことになるのだ」)
おまえと私とは、もう何の関係も無いことになるのだ」
(とずいぶん、おもいきったつよいことをいいましたので、)
と随分、思い切った強いことを言いましたので、
(ぺてろはおおあわてにあわて、)
ペテロは大あわてにあわて、
(ああ、ごめんなさい、それならば、わたしのあしだけでなく、)
ああ、ごめんなさい、それならば、私の足だけでなく、
(てもあたまもおもうぞんぶんにあらってください、と)
手も頭も思う存分に洗って下さい、と
(へいしんていとうしてたのみいりましたので、わたしはおもわずふきだしてしまい、)
平身低頭して頼みいりましたので、私は思わず噴き出してしまい、
(ほかのでしたちも、そっとほほえみ、)
ほかの弟子たちも、そっと微笑(ほほえ)み、
(なんだかへやがあかるくなったようでした。)
なんだか部屋が明るくなったようでした。