葉桜と魔笛1/太宰治

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1 HAKU 7670 7.9 96.4% 370.1 2947 108 41 2024/09/16

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問題文

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(さくらがちって、このようにはざくらのころになれば、わたしは、きっとおもいだします。)

桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。

(ーと、そのろうふじんはものがたる。ーいまからさんじゅうごねんまえ、ちちはそのころまだ)

ーと、その老夫人は物語る。ーいまから三十五年まえ、父はその頃まだ

(ぞんめいちゅうでございまして、わたしのいっか、といいましても、はははそのななねんまえわたしが)

存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が

(じゅうさんのときに、もうたかいなされて、あとは、ちちと、わたしといもうととさんにんきりのかていで)

十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭で

(ございましたが、ちちは、わたしじゅうはち、いもうとじゅうろくのときにしまねけんのにほんかいにそったじんこう)

ございましたが、父は、私十八、妹十六のときに島根県の日本海に沿った人口

(にまんあまりのあるおじょうかまちに、ちゅうがくこうちょうとしてふにんしてきて、かっこうのしゃくやも)

二万余りの或るお城下まちに、中学校長として赴任して来て、格好の借家も

(なかったので、まちはずれの、もうすぐやまにちかいところにひとつはなれてぽつんと)

なかったので、町はずれの、もうすぐ山に近いところに一つ離れてぽつんと

(たってあるおてらの、はなれざしき、ふたへやはいしゃくして、そこに、ずっと、ろくねんめに)

建って在るお寺の、離れ座敷、二部屋拝借して、そこに、ずっと、六年目に

(まつえのちゅうがっこうにてんにんになるまで、すんでいました。わたしがけっこんいたしましたのは、)

松江の中学校に転任になるまで、住んでいました。私が結婚いたしましたのは、

(まつえにきてからのことで、にじゅうよんのあきでございますから、とうじとしては)

松江に来てからのことで、二十四の秋でございますから、当時としては

(ずいぶんおそいけっこんでございました。はやくからははにしなれ、ちちはがんこいってつの)

ずいぶん遅い結婚でございました。早くから母に死なれ、父は頑固一徹の

(がくしゃかたぎで、せぞくのことには、とんと、うとく、わたしがいなくなれば、いっかの)

学者気質で、世俗のことには、とんと、うとく、私がいなくなれば、一家の

(きりまわしがまるでだめになることが、わかっていましたので、わたしも、)

切りまわしがまるで駄目になることが、わかっていましたので、私も、

(それまでにいくらもはなしがあったのでございますが、いえをすててまで、よそへ)

それまでにいくらも話があったのでございますが、家を捨ててまで、よそへ

(およめにいくきがおこらなかったのでございます。せめて、いもうとさえじょうぶで)

お嫁に行く気が起こらなかったのでございます。せめて、妹さえ丈夫で

(ございましたならば、わたしも、すこしきらくだったのですけれども、いもうとは、わたしに)

ございましたならば、私も、少し気楽だったのですけれども、妹は、私に

(にないで、たいへんうつくしく、かみもながく、とてもよくできる、かわいいこで)

似ないで、たいへん美しく、髪も長く、とてもよくできる、可愛い子で

(ございましたが、からだがよわく、そのじょうかまちへふにんして、にねんめのはる、)

ございましたが、からだが弱く、その城下まちへ赴任して、二年目の春、

(わたしにじゅう、いもうとじゅうはちで、いもうとはしにました。そのころの、これは、おはなしでございます。)

私二十、妹十八で、妹は死にました。そのころの、これは、お話でございます。

(いもうとは、もう、よほどまえから、いけなかったのでございます。じんぞうけっかくという、)

妹は、もう、よほどまえから、いけなかったのでございます。腎臓結核という、

など

(わるいびょうきでございまして、きのついたときには、りょうほうのじんぞうが、もう)

わるい病気でございまして、気のついたときには、両方の腎臓が、もう

(むしくわれてしまっていたのだそうで、いしゃも、ひゃくにちいない、とはっきりちちに)

虫食われてしまっていたのだそうで、医者も、百日以内、とはっきり父に

(いいました。どうにも、てのほどこしようがないのだそうでございます。ひとつき)

言いました。どうにも、手のほどこし様が無いのだそうでございます。ひとつき

(たち、ふたつきたって、そろそろひゃくにちめがちかくなってきても、わたしたちは)

経ち、ふたつき経って、そろそろ百日目がちかくなってきても、私たちは

(だまってみていなければいけません。いもうとは、なにもしらず、わりにげんきで、しゅうじつ)

だまって見ていなければいけません。妹は、何も知らず、割に元気で、終日

(ねどこにねたきりなのでございますが、それでも、ようきにうたをうたったり、じょうだん)

寝床に寝たきりなのでございますが、それでも、陽気に歌をうたったり、冗談

(いったり、わたしにあまえたり、これがもうさん、よんじゅうにちたつと、しんでゆくのだ、)

言ったり、私に甘えたり、これがもう三、四十日経つと、死んでゆくのだ、

(はっきり、それにきまっているのだ、とおもうと、むねがいっぱいになり、そうみを)

はっきり、それにきまっているのだ、と思うと、胸が一ぱいになり、総身を

(ぬいはりでつきさされるようにくるしく、わたしは、きがくるうようになってしまいます。)

縫針で突き刺されるように苦しく、私は、気が狂うようになってしまいます。

(さんがつ、しがつ、ごがつ、そうです。ごがつのなかば、わたしは、あのひをわすれません。)

三月、四月、五月、そうです。五月のなかば、私は、あの日を忘れません。

(のもやまもしんりょくで、はだかになってしまいたいほどあたたかく、わたしには、しんりょくが)

野も山も新緑で、はだかになってしまいたいほど温く、私には、新緑が

(まぶしく、めにちかちかいたくって、ひとり、いろいろかんがえごとをしながらおびの)

まぶしく、眼にちかちか痛くって、ひとり、いろいろ考えごとをしながら帯の

(あいだにかたてをそっとさしいれ、うなだれてのみちをあるき、かんがえること、かんがえること、)

間に片手をそっと差しいれ、うなだれて野道を歩き、考えること、考えること、

(みんなくるしいことばかりでいきができなくなるくらい、わたしは、みもだえしながら)

みんな苦しいことばかりで息ができなくなるくらい、私は、身悶えしながら

(あるきました。どおん、どおん、とはるのつちのそこのそこから、まるでじゅうまんおくどから)

歩きました。どおん、どおん、と春の土の底の底から、まるで十万億土から

(ひびいてくるように、かすかな、けれども、おそろしくはばのひろい、まるでじごくの)

響いて来るように、幽かな、けれども、おそろしく幅のひろい、まるで地獄の

(そこでおおきなおおきなたいこでもうちならしているような、おどろおどろしたものおとが、)

底で大きな大きな太鼓でも打ち鳴らしているような、おどろおどろした物音が、

(たえまなくひびいてきて、わたしには、そのおそろしいものおとが、なんであるか、)

絶え間なく響いて来て、私には、その恐ろしい物音が、なんであるか、

(わからず、ほんとうにもうじぶんがくるってしまったのではないか、とおもい、)

わからず、ほんとうにもう自分が狂ってしまったのではないか、と思い、

(そのまま、からだがぎょうけつしてたちすくみ、とつぜんわあっ!とおおごえがでて、たって)

そのまま、からだが凝結して立ちすくみ、突然わあっ!と大声が出て、立って

(いられずぺたんとそうげんにすわって、おもいきってないてしまいました。)

居られずぺたんと草原に坐って、思い切って泣いてしまいました。

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