河童 7 芥川龍之介

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芥川龍之介
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1 ねね 4515 C++ 4.6 97.6% 884.7 4094 99 59 2024/10/14

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問題文

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(なな ぼくはまたしじんのとっくとたびたびおんがくかいへもでかけました。が、いまだに)

七 僕はまた詩人のトックとたびたび音楽会へも出かけました。が、いまだに

(わすれられないのはさんどめにききにいったおんがくかいのことです。もっともかいじょうの)

忘れられないのは三度目に聴きにいった音楽会のことです。もっとも会場の

(ようすなどはあまりにほんとかわっていません。やはりだんだんせりあがったせきに)

容子などはあまり日本と変わっていません。やはりだんだんせり上がった席に

(めすおすのかっぱがさんよんひゃっぴき、いずれもぷろぐらむをてにしながら、いっしんにみみを)

雌雄の河童が三四百匹、いずれもプログラムを手にしながら、一心に耳を

(すませているのです。ぼくはこのさんどめのおんがくかいのときにはとっくやとっくのめすの)

澄ませているのです。僕はこの三度目の音楽会の時にはトックやトックの雌の

(かっぱのほかにもてつがくしゃのまっぐといっしょになり、いちばんまえのせきにすわっていました。)

河童のほかにも哲学者のマッグと一緒になり、一番前の席に座っていました。

(するとせろのどくそうがおわったのち、みょうにめのほそいかっぱがいっぴき、むぞうさにふぼんを)

するとセロの独奏が終わった後、妙に目の細い河童が一匹、無造作に譜本を

(かかえたまま、だんのうえへあがってきました。このかっぱはぷろぐらむのおしえるとおり)

抱えたまま、壇の上へ上がってきました。この河童はプログラムの教えるとおり

(なだかいくらばっくというさっきょくかです。ぷろぐらむのおしえるとおり、ーーいや、)

名高いクラバックという作曲家です。プログラムの教えるとおり、ーーいや、

(ぷろぐらむをみるまでもありません。くらばっくはとっくがぞくしている)

プログラムを見るまでもありません。クラバックはトックが属している

(ちょうじんくらぶのかいいんですから、ぼくもまたかおだけはしっているのです。)

超人倶楽部の会員ですから、僕もまた顔だけは知っているのです。

(「lied--craback」(このくにのぷらぐらむもたいていはどいつごを)

「lied--craback」(この国のプラグラムもたいていは独逸語を

(ならべていました。)くらばっくはさかんなはくしゅのうちにちょっとわれわれへいちれいしたのち)

並べていました。)クラバックは盛んな拍手のうちにちょっと我々へ一礼した後

(しずかにぴあののまえへあゆみよりました。それからやはりむぞうさにじさくのりいどを)

静かにピアノの前へ歩み寄りました。それからやはり無造作に自作のリイドを

(ひきはじめました。くらばっくはとっくのことばによれば、このくにのうんだ)

弾きはじめました。クラバックはトックの言葉によれば、この国の生んだ

(おんがくかちゅう、ぜんごにひるいのないてんさいだそうです。ぼくはくらばっくのおんがくはもちろん)

音楽家中、前後に比類のない天才だそうです。僕はクラバックの音楽はもちろん

(そのまたよぎのじょじょうしにもきょうみをもっていましたから、おおきいゆみなりのぴあのの)

そのまた余技の叙情詩にも興味を持っていましたから、大きい弓なりのピアノの

(おとにねっしんにみみをかたむけていました。とっくやまっぐもこうこつとしていたことは)

音に熱心に耳を傾けていました。トックやマッグも恍惚としていたことは

(あるいはぼくよりもまさっていたでしょう。が、あのうつくしい(すくなくともかっぱたち)

あるいは僕よりもまさっていたでしょう。が、あの美しい(少なくとも河童たち

(のはなしによれば)めすのかっぱだけはしっかりぷろぐらむをにぎったなり、)

の話によれば)雌の河童だけはしっかりプログラムを握ったなり、

など

(ときどきいらだたしそうにながいしたをべろべろだしていました。これはまっぐのはなしに)

時々いらだたしそうに長い舌をべろべろ出していました。これはマッグの話に

(よれば、なんでもかれこれじゅうねんぜんにくらばっくをつかまえそこなった)

よれば、なんでもかれこれ十年前にクラバックをつかまえそこなった

(ものですから、いまだにこのおんがくかをめのかたきにしているのだとかいうことです。)

ものですから、いまだにこの音楽家を目の敵にしているのだとかいうことです。

(くらばっくはぜんしんにじょうねつをこめ、たたかうようにぴあのをひきつづけました。)

クラバックは全身に情熱をこめ、戦うようにピアノを弾きつづけました。

(するととつぜんかいじょうのなかにかみなりのようにひびきわたったのは「えんそうきんし」というこえです)

すると突然会場の中に神鳴りのように響き渡ったのは「演奏禁止」という声です

(ぼくはこのこえにびっくりし、おもわずうしろをふりかえりました。こえのぬしはまぎれもない、)

僕はこの声にびっくりし、思わず後ろをふり返りました。声の主は紛れもない、

(いちばんうしろのせきにいるみのたけばつぐんのじゅんさです、じゅんさはぼくがふりむいたとき、ゆうぜんと)

一番後ろの席にいる身の丈抜群の巡査です、巡査は僕がふり向いた時、悠然と

(こしをおろしたまま、もういちどまえよりもおおごえに「えんそうきんし」とどなりました。)

腰をおろしたまま、もう一度前よりもおお声に「演奏禁止」と怒鳴りました。

(それから、ーーそれからさきはだいこんらんです。「けいかんおうぼう!」「くらばっく、ひけ!)

それから、ーーそれから先は大混乱です。「警官横暴!」「クラバック、弾け!

(ひけ!」「ばか!」「ちくしょう!」「ひっこめ!」「まけるな!」)

弾け!」「莫迦!」「畜生!」「ひっこめ!」「負けるな!」

(ーーこういうこえのわきあがったなかにいすはたおれる、ぷろぐらむはとぶ、おまけに)

ーーこういう声のわき上がった中に椅子は倒れる、プログラムは飛ぶ、おまけに

(だれがなげるのか、さいだあのあきびんやいしころやかじりかけのきゅうりさえふって)

だれが投げるのか、サイダアの空瓶や石ころやかじりかけの胡瓜さえ降って

(くるのです。ぼくはあっけにとられましたから、とっくにそのりゆうをたずねようと)

くるのです。僕は呆気にとられましたから、トックにその理由を尋ねようと

(しました。が、とっくもこうふんしたとみえ、いすのうえにつったちながら、)

しました。が、トックも興奮したとみえ、椅子の上に突っ立ちながら、

(「くらばっくひけ!ひけ!」とわめきつづけています。のみならずとっくのめすの)

「クラバック弾け!弾け!」とわめきつづけています。のみならずトックの雌の

(かっぱもいつのまにかてきいをわすれたのか、「けいかんおうぼう」とさけんでいることはすこしも)

河童もいつの間にか敵意を忘れたのか、「警官横暴」と叫んでいることは少しも

(とっくとかわりません。ぼくはやむをえずまっぐにむかい、「どうしたのです?」)

トックと変わりません。僕はやむを得ずマッグに向かい、「どうしたのです?」

(とたずねてみました。「これですか?これはこのくにではよくあることですよ。)

と尋ねてみました。「これですか?これはこの国ではよくあることですよ。

(がんらいえだのぶんげいだのは・・・」)

元来画だの文芸だのは・・・」

(まっぐはなにかとんでくるたびにちょっとくびをちぢめながら、あいかわらずしずかに)

マッグは何か飛んでくるたびにちょっと頸を縮めながら、相変わらず静かに

(せつめいしました。「がんらいえだのぶんげいだのはだれのめにもなにをあらわしているかは)

説明しました。「元来画だの文芸だのはだれの目にも何を表しているかは

(とにかくちゃんとわかるはずですから、このくにではけっしてはつばいきんしやてんらんきんしは)

とにかくちゃんとわかるはずですから、この国では決して発売禁止や展覧禁止は

(おこなわれません。そのかわりにあるのがえんそうきんしです。なにしろおんがくというもの)

行われません。その代わりにあるのが演奏禁止です。なにしろ音楽というもの

(だけはどんなにふうぞくをかいらんするきょくでも、みみのないかっぱには)

だけはどんなにフウゾクを壊乱する曲でも、耳のない河童には

(わかりませんからね。」「しかしあのじゅんさはみみがあるのですか?」)

わかりませんからね。」「しかしあの巡査は耳があるのですか?」

(「さあ、それはぎもんですね。たぶんいまのせんりつをきいているうちにさいくんと)

「さあ、それは疑問ですね。たぶん今の旋律を聞いているうちに細君と

(いっしょにねているときのしんぞうのこどうでもおもいだしたのでしょう。」)

いっしょに寝ている時の心臓の鼓動でも思い出したのでしょう。」

(こういうあいだにもおおさわぎはいよいよさかんになるばかりです。くらばっくはぴあのに)

こういう間にも大騒ぎはいよいよ盛んになるばかりです。クラバックはピアノに

(むかったまま、ごうぜんとわれわれをふりかえっていました。が、いくらごうぜんとしていても)

向かったまま、傲然と我々をふり返っていました。が、いくら傲然としていても

(いろいろのもののとんでくるのはよけないわけにはゆきません。したがってつまり)

いろいろのものの飛んでくるのはよけないわけにはゆきません。従ってつまり

(にさんびょうおきにせっかくのたいどもかわったわけです。しかしとにかくだいたい)

二三秒置きにせっかくの態度も変わったわけです。しかしとにかくだいたい

(としてはだいおんがくかのいげんをたもちながら、ほそいめをすさまじくかがやかせていました。)

としては大音楽家の威厳を保ちながら、細い目をすさまじく輝かせていました。

(ぼくはーーぼくはもちろんきけんをさけるためにとっくをこだてにとっていたものです。)

僕はーー僕はもちろん危険を避けるためにトックを小盾にとっていたものです。

(が、やはりこうきしんにかられ、ねっしんにまっぐとはなしつづけました。)

が、やはり好奇心に駆られ、熱心にマッグと話しつづけました。

(「そんなけんえつはらんぼうじゃありませんか?」「なに、どのくにのけんえつよりも)

「そんな検閲は乱暴じゃありませんか?」「なに、どの国の検閲よりも

(かえってしんぽしているくらいですよ。たとえばばつばつをごらんなさい。げんについ)

かえって進歩しているくらいですよ。たとえば××をごらんなさい。現につい

(ひとつきばかりまえにも、・・・」ちょうどこういいかけたとたんです。まっぐは)

一月ばかり前にも、・・・」ちょうどこう言いかけたとたんです。マッグは

(のうてんにあきびんがおちたものですから、quack(これはただかんとうしです)とひとこえ)

脳天に空瓶が落ちたものですから、quack(これはただ間投詞です)と一声

(さけんだぎり、とうとうきをうしなってしまいました。)

叫んだぎり、とうとう気を失ってしまいました。

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芥川龍之介

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