河童 6 芥川龍之介

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芥川龍之介

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(ろく じっさいまたかっぱのれんあいはわれわれにんげんのれんあいとはよほどおもむきをことにしています。)

六 実際また河童の恋愛は我々人間の恋愛とはよほど趣を異にしています。

(めすのかっぱはこれぞというおすのかっぱをみつけるがはやいか、おすのかっぱをとらえるのに)

雌の河童はこれぞという雄の河童を見つけるが早いか、雄の河童をとらえるのに

(いかなるしゅだんもかえりみません、いちばんしょうじきなめすのかっぱはしゃにむにおすのかっぱを)

いかなる手段も顧みません、一番正直な雌の河童は遮二無二雄の河童を

(おいかけるのです。げんにぼくはきちがいのようにおすのかっぱをおいかけているめすを)

追いかけるのです。現に僕は気違いのように雄の河童を追いかけている雌を

(みかけました。いや、そればかりではありません。わかいめすのかっぱはもちろん、)

見かけました。いや、そればかりではありません。若い雌の河童はもちろん、

(そのかっぱのりょうしんやきょうだいまでいっしょになっておいかけるのです。おすのかっぱこそ)

その河童の両親や兄弟までいっしょになって追いかけるのです。雄の河童こそ

(みじめです。なにしろさんざんにげまわったあげく、うんよくつかまらずにすんだ)

みじめです。なにしろさんざん逃げまわったあげく、運良くつかまらずにすんだ

(としても、にさんかげつはとこについてしまうのですから。ぼくはあるときぼくのうちに)

としても、二三ヶ月は床についてしまうのですから。僕はある時僕の家に

(とっくのししゅうをよんでいました。するとそこへかけこんできたのはあのらっぷ)

トックの詩集を読んでいました。するとそこへ駆けこんできたのはあのラップ

(というがくせいです。らっぷはぼくのうちへころげこむと、ゆかのうえへたおれたなり、)

という学生です。ラップは僕の家へ転げ込むと、床の上へ倒れたなり、

(いきもきれぎれにこういうのです。)

息も切れ切れにこう言うのです。

(「たいへんだ!ぼくはとうとうだきつかれてしまった!」ぼくはとっさにししゅうをなげだし)

「大変だ!僕はとうとう抱きつかれてしまった!」僕はとっさに詩集を投げ出し

(とぐちのじょうをおろしてしまいました。しかしかぎあなからのぞいてみると、いおうの)

戸口の錠をおろしてしまいました。しかし鍵穴からのぞいてみると、硫黄の

(ふんまつをかおにぬったせのひくいめすのかっぱがいっぴき、まだとぐちにうろついているのです。)

粉末を顔に塗った背の低い雌の河童が一匹、まだ戸口にうろついているのです。

(らっぷはそのひからなんしゅうかんかぼくのとこのうえにねていました。のみならずいつか)

ラップはその日から何週間か僕の床の上に寝ていました。のみならずいつか

(らっぷのくちばしはすっかりくさっておちてしまいました。もっともまたときにはめすの)

ラップの嘴はすっかり腐って落ちてしまいました。もっともまた時には雌の

(かっぱをいっしょうけんめいにおいかけるおすのかっぱもないではありません。しかしそれも)

河童を一生懸命に追いかける雄の河童もないではありません。しかしそれも

(ほんとうのところはおいかけずにはいられないように、めすのかっぱがしむける)

ほんとうのところは追いかけずにはいられないように、雌の河童が仕向ける

(のです。ぼくはやはりきちがいのようにめすのかっぱをおいかけているおすのかっぱも)

のです。僕はやはり気違いのように雌の河童を追いかけている雄の河童も

(みかけました。めすのかっぱはにげてゆくうちにも、ときどきわざとたちどまってみたり)

見かけました。雌の河童は逃げてゆくうちにも、時々わざと立ち止まってみたり

など

(よつんばいになったりしてみせるのです。おまけにちょうどいいじふんになると、)

四つん這いになったりして見せるのです。おまけにちょうどいい時分になると、

(さもがっかりしたようにらくらくとつかませてしまうのです。ぼくのみかけたおすの)

さもがっかりしたように楽々とつかませてしまうのです。僕の見かけた雄の

(かっぱはめすのかっぱをいだいたなり、しばらくそこにころがっていました。)

河童は雌の河童を抱いたなり、しばらくそこに転がっていました。

(が、やっとおきあがったのをみると、しつぼうというか、こうかいというか、とにかく)

が、やっと起き上がったのを見ると、失望というか、後悔というか、とにかく

(なんともけいようできない、きのどくなかおをしていました。)

なんとも形容できない、気の毒な顔をしていました。

(しかしそれはまだいいのです。これもぼくのみかけたなかにちいさいおすのかっぱがいっぴき)

しかしそれはまだいいのです。これも僕の見かけた中に小さい雄の河童が一匹

(めすのかっぱをおいかけていました。めすのかっぱはれいのとおり、ゆうわくてきとんそうを)

雌の河童を追いかけていました。雌の河童は例のとおり、誘惑的遁走を

(しているのです。するとそこへむこうのまちからおおきいおすのかっぱがいっぴき、はないきを)

しているのです。するとそこへ向こうの街から大きい雄の河童が一匹、鼻息を

(ならせてあるいてきました。めすのかっぱはなにかのひょうしにふとこのおすのかっぱをみると)

鳴らせて歩いてきました。雌の河童はなにかの拍子にふとこの雄の河童を見ると

(「たいへんです!たすけてください!あのかっぱはわたしをころそうとするのです!」)

「大変です!助けてください!あの河童はわたしを殺そうとするのです!」

(とかなぎりのこえをだしてさけびました。もちろんおおきいおすのかっぱはたちまちちいさい)

と金切りの声を出して叫びました。もちろん大きい雄の河童はたちまち小さい

(かっぱをつかまえ、おうらいのまんなかへねじふせました。ちいさいかっぱはみずかきのある)

河童をつかまえ、往来の真ん中へねじ伏せました。小さい河童は水掻きのある

(てににさんどくうをつかんだなりとうとうしんでしまいました。けれどももう)

手に二三度空をつかんだなりとうとう死んでしまいました。けれどももう

(そのときにはめすのかっぱはにやにやしながら、おおきいかっぱのくびったまへ)

その時には雌の河童はにやにやしながら、大きい河童の頸っ玉へ

(しっかりしがみついてしまっていたのです。ぼくのしっていたおすのかっぱはだれも)

しっかりしがみついてしまっていたのです。僕の知っていた雄の河童はだれも

(みないいあわせたようにめすのかっぱにおいかけられました。もちろんさいしをもって)

皆言い合わせたように雌の河童に追いかけられました。もちろん妻子を持って

(いるばっぐでもやはりおいかけられたのです。のみならずにさんどはつかまった)

いるバッグでもやはり追いかけられたのです。のみならず二三度はつかまった

(のです。ただまっぐというてつがくしゃだけは(これはあのとっくというしじんのとなりに)

のです。ただマッグという哲学者だけは(これはあのトックという詩人の隣に

(いるかっぱです。)いちどもつかまったことはありません。これはひとつにはまっぐ)

いる河童です。)一度もつかまったことはありません。これは一つにはマッグ

(ぐらい、みにくいかっぱもすくないでしょう。しかしまたひとつにはまっぐだけはあまり)

ぐらい、醜い河童も少ないでしょう。しかしまた一つにはマッグだけはあまり

(おうらいへかおをださずにうちにばっかりいるためです。ぼくはこのまっぐのうちへも)

往来へ顔を出さずに家にばっかりいるためです。僕はこのマッグの家へも

(ときどきはなしかけにでかけました。まっぐはいつもうすぐらいへやになないろのいろがらすの)

時々話しかけに出かけました。マッグはいつも薄暗い部屋に七色の色硝子の

(らんたあんをともし、あしのたかいつくえにむかいながらあついほんばかりよんでいるのです)

ランタアンをともし、脚の高い机に向かいながら厚い本ばかり読んでいるのです

(ぼくはあるときこういうまっぐとかっぱのれんあいをろんじあいました。)

僕はある時こういうマッグと河童の恋愛を論じ合いました。

(「なぜせいふはめすのかっぱがおすのかっぱをおいかけるのをもっとげんじゅうにとりしまらない)

「なぜ政府は雌の河童が雄の河童を追いかけるのをもっと厳重に取り締まらない

(のです?」「それはひとつにはかんりのなかにめすのかっぱのすくないためですよ。)

のです?」「それは一つには官吏の中に雌の河童の少ないためですよ。

(めすのかっぱはおすのかっぱよりもいっそうしっとしんはつよいものですからね、めすのかっぱの)

雌の河童は雄の河童よりもいっそう嫉妬心は強いものですからね、雌の河童の

(かんりさえふえれば、きっといまよりもおすのかっぱはおいかけられずにくらせる)

官吏さえ植えれば、きっと今よりも雄の河童は追いかけられずに暮らせる

(でしょう。しかしそのこうりょくもしれたものですね。なぜといってごらんなさい。)

でしょう。しかしその効力もしれたものですね。なぜと言ってごらんなさい。

(かんりどうしでもめすのかっぱはおすのかっぱをおいかけますからね。」)

官吏同士でも雌の河童は雄の河童を追いかけますからね。」

(「じゃあなたのようにくらしているのはいちばんこうふくなわけですね。」)

「じゃあなたのように暮らしているのは一番幸福なわけですね。」

(するとまっぐはいすをはなれ、ぼくのりょうてをにぎったまま、ためいきといっしょに)

するとマッグは椅子を離れ、僕の両手を握ったまま、ため息といっしょに

(こういいました。)

こう言いました。

(「あなたはわれわれかっぱではありませんから、おわかりにならないのももっともです)

「あなたは我々河童ではありませんから、おわかりにならないのも最もです

(しかしわたしもどうかすると、あのおそろしいめすのかっぱにおいかけられたいきも)

しかしわたしもどうかすると、あの恐ろしい雌の河童に追いかけられたい気も

(おこるのですよ。」)

起こるのですよ。」

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芥川龍之介

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