河童 5 芥川龍之介
順位 | 名前 | スコア | 称号 | 打鍵/秒 | 正誤率 | 時間(秒) | 打鍵数 | ミス | 問題 | 日付 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ねね | 4402 | C+ | 4.5 | 96.7% | 814.1 | 3707 | 123 | 52 | 2024/10/13 |
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問題文
(ご ぼくはこのらっぷというかっぱにばっぐにもおとらぬせわになりました。)
五 僕はこのラップという河童にバッグにも劣らぬ世話になりました。
(が、そのなかでもわすれられないのはとっくというかっぱにしょうかいされたことです。)
が、その中でも忘れられないのはトックという河童に紹介されたことです。
(とっくはかっぱなかまのしじんです。しじんがかみをながくしていることはわれわれにんげんと)
トックは河童仲間の詩人です。詩人が髪を長くしていることは我々人間と
(かわりありません。ぼくはときどきとっくのうちへたいくつしのぎにあそびにいきました。)
変わりありません。僕は時々トックの家へ退屈しのぎに遊びに行きました。
(とっくはいつもせまいへやにこうざんしょくぶつのはちうえをならべ、しをかいたりたばこを)
トックはいつも狭い部屋に高山植物の鉢植えを並べ、詩を書いたり煙草を
(のんだり、いかにもきらくそうにくらしていました。そのまたへやのすみには)
のんだり、いかにも気楽そうに暮らしていました。そのまた部屋の隅には
(おすのかっぱがいっぴき、(とっくはじゆうれんあいかですから、さいくんというものはもたない)
雄の河童が一匹、(トックは自由恋愛家ですから、細君というものは持たない
(のです。)あみものかなにかをしていました。とっくはぼくのかおをみると、いつもびしょう)
のです。)編み物か何かをしていました。トックは僕の顔を見ると、いつも微笑
(してこういうのです。(もっともかっぱのびしょうするのはあまりいいものでは)
してこう言うのです。(もっとも河童の微笑するのはあまりいいものでは
(ありません。すくなくともぼくはさいしょのうちはむしろぶきみにかんじたものです。))
ありません。少なくとも僕は最初のうちはむしろ無気味に感じたものです。)
(「やあ、よくきたね。まあ、そのいすにかけたまえ。」)
「やあ、よく来たね。まあ、その椅子にかけたまえ。」
(とっくはよくかっぱのせいかつだのかっぱのげいじゅつだののはなしをしました。とっくのしんずる)
トックはよく河童の生活だの河童の芸術だのの話をしました。トックの信ずる
(ところによれば、あたりまえのかっぱのせいかつぐらいばかげているものはありません。)
ところによれば、当たり前の河童の生活ぐらい莫迦げているものはありません。
(おやこふうふきょうだいなどというものはことごとくたがいにくるしめあうことをゆいいつたのしみ)
親子夫婦兄弟などというものはことごとく互いに苦しめ合うことを唯一楽しみ
(にしてくらしているのです。ことにかぞくせいどというものはばかげているいじょう)
にして暮らしているのです。ことに家族制度というものは莫迦げている以上
(にもばかげているのです。とっくはあるときまどのそとをゆびさし、)
にも莫迦げているのです。トックはある時窓の外を指さし、
(「みたまえ。あのばかげさかげんを!」とはきだすようにいいました。)
「見たまえ。あの莫迦げさ加減を!」と吐き出すように言いました。
(まどのそとのおうらいにはまだとしのわかいかっぱがいっぴき、りょうしんらしいかっぱをはじめ、しちはっぴきの)
窓の外の往来にはまだ年の若い河童が一匹、両親らしい河童をはじめ、七八匹の
(めすおすのかっぱをくびのまわりへぶらさげながら、いきもたえだえにあるいていました。)
雌雄の河童を頸のまわりへぶら下げながら、息も絶え絶えに歩いていました。
(しかしぼくはとしのわかいかっぱのぎせいてきせいしんにかんしんしましたから、かえってそのけなげ)
しかし僕は年の若い河童の犠牲的精神に感心しましたから、かえってその健気
(さをほめたてました。「ふん。きみはこのくにでもしみんになるしかくをもっている。)
さをほめ立てました。「ふん。君はこの国でも市民になる資格を持っている。
(・・・ときにきみはしゃかいしゅぎしゃかね?」ぼくはもちろんqua(これはかっぱのつかうことば)
・・・時に君は社会主義者かね?」僕はもちろんqua(これは河童の使う言葉
(では「しかり」といういみをあらわすのです。)とこたえました。)
では「然り」という意味を現すのです。)と答えました。
(「では、ひゃくにんのぼんじんのためにあまんじてひとりのてんさいをぎせいにすることもかえりみない)
「では、百人の凡人のために甘んじてひとりの天才を犠牲にすることも顧みない
(はずだ。」「ではきみは、なにしゅぎしゃだ?だれかとっくくんのしんじょうはむせいふしゅぎだと)
はずだ。」「では君は、何主義者だ?だれかトック君の信条は無政府主義だと
(いっていたが、・・・」「ぼくか?ぼくはちょうじん(ちょくやくすればちょうかっぱです)だ。」)
言っていたが、・・・」「僕か?僕は超人(直訳すれば超河童です)だ。」
(とっくはこうぜんといいはなちました。こういうとっくのげいじゅつのうえにもどくとくなかんがえを)
トックは昂然と言い放ちました。こういうトックの芸術の上にも独特な考えを
(もっています。とっくのしんずるところによれば、げいじゅつはなにもののしはいをも)
持っています。トックの信ずるところによれば、芸術は何ものの支配をも
(うけない、げいじゅつのためのげいじゅつである、したがってげいじゅつかたるものはなによりもさきに)
受けない、芸術のための芸術である、従って芸術家たるものは何よりも先に
(ぜんあくをぜっしたちょうじんでなければならぬというのです。もっともこれはかならずしも)
善悪を絶した超人でなければならぬというのです。もっともこれは必ずしも
(とっくいっぴきのいけんではありません。とっくのなかまのしじんたちはたいていどういけんを)
トック一匹の意見ではありません。トックの仲間の詩人たちはたいてい同意見を
(もっているようです。げんにぼくはとっくといっしょにたびたびちょうじんくらぶへあそびに)
持っているようです。現に僕はトックといっしょにたびたび超人倶楽部へ遊びに
(ゆきました。ちょうじんくらぶにあつまってくるのはしじん、しょうせつか、ぎきょくか、ひひょうか、)
ゆきました。超人倶楽部に集まってくるのは詩人、小説家、戯曲家、批評家、
(がか、おんがくか、ちょうこくか、げいじゅつじょうのしろうとなどです。しかしいずれもちょうじんです。)
画家、音楽家、彫刻家、芸術上の素人等です。しかしいずれも超人です。
(かれらはでんとうのあかるいさろんにいつもかいかつにはなしあっていました。のみならず)
彼らは電燈の明るいサロンにいつも快活に話し合っていました。のみならず
(ときにはとくとくとかれらのちょうじんぶりをしめしあっていました。たとえばあるちょうこくかなどは)
時には得々と彼らの超人ぶりを示し合っていました。たとえばある彫刻家などは
(おおきいおにしだのはちうえのあいだにとしのわかいかっぱをつかまえながら、しきりにだんしょくを)
大きい鬼羊歯の鉢植えの間に年の若い河童をつかまえながら、しきりに男色を
(もてあそんでいました。またあるめすのしょうせつかなどはてえぶるのうえにたち)
もてあそんでいました。またある雌の小説家などはテエブルの上に立ち
(あがったなり、あぶさんとをろくじゅっぽんのんでみせました。もっともこれは)
上がったなり、アブサントを六十本飲んで見せました。もっともこれは
(ろくじゅっぽんめにてえぶるのしたへころげおちるがはやいか、たちまちおうじょうしていましたが。)
六十本目にテエブルの下へ転げ落ちるが早いか、たちまち往生していましたが。
(ぼくはあるつきのいいばん、しじんのとっくとひじをくんだまま、ちょうじんくらぶから)
僕はある月のいい晩、詩人のトックと肘を組んだまま、超人倶楽部から
(かえってきました。とっくはいつになくしずみこんでひとこともくちをきかずに)
帰ってきました。トックはいつになく沈みこんでひとことも口をきかずに
(いました。そのうちにぼくらはひかげのさした、ちいさいまどのまえをとおりかかりました)
いました。そのうちに僕らは火かげのさした、小さい窓の前を通りかかりました
(そのまたまどのむこうにはふうふらしいめすおすのかっぱがにひき、さんびきのこどものかっぱと)
そのまた窓の向こうには夫婦らしい雌雄の河童が二匹、三匹の子どもの河童と
(いっしょにばんさんのてえぶるにむかっているのです。するととっくはためいきを)
いっしょに晩餐のテエブルに向かっているのです。するとトックはため息を
(しながら、とつぜんぼくにはなしかけました。)
しながら、突然僕に話しかけました。
(「ぼくはちょうじんてきれんあいかだとおもっているがね。ああいうかていのようすをみると、やはり)
「僕は超人的恋愛家だと思っているがね。ああいう家庭の容子を見ると、やはり
(うらやましさをかんじるんだよ。」「しかしそれはどうかんがえても、むじゅんしている)
うらやましさを感じるんだよ。」「しかしそれはどう考えても、矛盾している
(とはおもわないかね?」けれどもとっくはつきあかりのしたにじっとうでをくんだまま、)
とは思わないかね?」けれどもトックは月明かりの下にじっと腕を組んだまま、
(あのちいさいまどのむこうを、ーーへいわなごひきのかっぱたちのばんさんのてえぶるを)
あの小さい窓の向こうを、ーー平和な五匹の河童たちの晩餐のテエブルを
(みまもっていました。それからしばらくしてこうこたえました。)
見守っていました。それからしばらくしてこう答えました。
(「あすこにあるたまごやきはなんといっても、れんあいなどよりもえいせいてきだからね。」)
「あすこにある玉子焼きはなんと言っても、恋愛などよりも衛生的だからね。」