黒死館事件107

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小栗虫太郎の作品です。
句読点以外の記号は省いています。

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問題文

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(ああ、わかりましたわ。あなたがこのへやにおいでになったというりゆうが・・・・・・。)

「ああ、判りましたわ。貴方がこの室にお出でになったという理由が。

(ねえ、たぶんあれなんでしょう。いつかのばん、わたしはだんねべるぐさまのおそばに)

ねえ、たぶんあれなんでしょう。いつかの晩、私はダンネベルグ様のお側に

(おりましたわね。またそのあとさんじがおこるそのつどにも、わたしはいちどだって、)

おりましたわね。またその後惨事が起るその都度にも、私は一度だって、

(このとしょしつからはなれていたことはございませんでした。ねえのりみずさん、いつかは)

この図書室から離れていたことはございませんでした。ねえ法水さん、いつかは

(あなたが、そのぎゃくせつてきこうかに、おきづきなさらずにはいまいと)

貴方が、その逆説的効果に、お気づきなさらずにはいまいと

(かんがえておりましたわ そのあいだ、のりみずのめがいちびょうごとにひかりをまして、あいてのいしきを)

考えておりましたわ」その間、法水の眼が一秒ごとに光を増して、相手の意識を

(さしとおすようなきがした。かれはからだをねじむけて、ちょっとほほえみかけたが、)

刺し通すような気がした。彼は身体を捻じ向けて、ちょっと微笑みかけたが、

(それはちゅうとできえてしまった。いやけっして、そんなあまいえぴそーどでは)

それは中途で消えてしまった。「いやけっして、そんな甘い插話では

(ないのです。ぼくはあなたのところへ、これをさいごとおもってきたのですよ。ところで、)

ないのです。僕は貴女の所へ、これを最後と思って来たのですよ。ところで、

(やぎさわさん・・・・・・ と やぎさわというせいをのりみずがくちにすると、それとどうじに、)

八木沢さん」とーー八木沢という姓を法水が口にすると、それと同時に、

(しずこのぜんしんにめいじょうすべからざるどうようがおこった。のりみずはついきゅうした。たしかあなた、の)

鎮子の全身に名状すべからざる動揺が起った。法水は追及した。「たしか貴女の

(おちちうえやぎさわいがくはかせは、めいじにじゅういちねんに、ずがいりんようぶおよびせつじゅかきけいしゃの)

お父上八木沢医学博士は、明治二十一年に、頭蓋鱗様部及び顳じゅ窩畸形者の

(はんざいそしついでんせつをとなえましたね。すると、それに、こじんのさんてつはかせがばくろんを)

犯罪素質遺伝説を唱えましたね。すると、それに、故人の算哲博士が駁論を

(あげたでしょう。ところが、ふしんなことには、そのろんそうがいちねんもつづいて、)

挙げたでしょう。ところが、不審なことには、その論争が一年も続いて、

(まさしくこうちょうにたっしたとおもわれたやさきに、まるでそれが、もっけいでも)

まさしく高潮に達したと思われた矢先に、まるでそれが、黙契でも

(なりたったかのようにきえうせてしまいましたね。そこで、ためしにぼくは、)

成り立ったかのように消え失せてしまいましたね。そこで、試しに僕は、

(かここくしかんにおこったできごとを、ねんだいじゅんにはいれつしてみました。そうすると、)

過去黒死館に起った出来事を、年代順に排列して見ました。そうすると、

(つぎのめいじにじゅうさんねんには、あのよにんのえいじが、はるばるうみをわたってきたでは)

次の明治二十三年には、あの四人の嬰児が、はるばる海を渡って来たでは

(ありませんか。ねえやぎさわさん、たぶんそのあいだのすいいに、あなたがこのやかたに)

ありませんか。ねえ八木沢さん、たぶんその間の推移に、貴女がこの館に

(おいでになったりゆうがあるとおもうのですが もう、なにもかも)

お出でになった理由があると思うのですが」「もう、何もかも

など

(もうしあげましょう としずこはちんうつなめをあげた。こころのどうようが)

申し上げましょう」と鎮子は沈鬱な眼を上げた。心の動揺が

(すっかりおさまったとみえて、いったんはみわけもつかぬふかみへ、)

すっかり収まったと見えて、いったんは見分けもつかぬ深みへ、

(おちこんでしまったかおのおうとつが、ふたたびおそろしいするどさでもってかげをもたげてきた。)

落ち込んでしまった顔の凹凸が、再び恐ろしい鋭さでもって影を擡げてきた。

(わたしのちちとさんてつさまがあのろんそうをちゅうしいたしましたのは、つまりそのけつろんが、)

「私の父と算哲様があの論争を中止いたしましたのは、つまりその結論が、

(にんげんをさいばいするじっけんいでんがくというきょくろんにいきづまってしまったからでございます。)

人間を栽培する実験遺伝学という極論に行き詰ってしまったからでございます。

(そうもうしあげればあのよにんが、たかがじっけんようのしょうどうぶつにすぎないということは)

そう申し上げればあの四人が、たかが実験用の小動物にすぎないということは

(おわかりでしょう。そこで、よにんのしんじつのみぶんをもうしますと、それぞれに)

お判りでしょう。そこで、四人の真実の身分を申しますと、それぞれに

(にゅーよーくえるまいらかんごくでけいしをとげた、じゅう、でぃえごなどのえみぐらんどを)

紐育エルマイラ監獄で刑死を遂げた、猶太人、伊太利人などの移住民を

(ちちにしているのでございます。つまり、けいしたいをかいぼうして、そのずがいけいたいを)

父にしているのでございます。つまり、刑死体を解剖して、その頭蓋形体を

(そなえたものがおりましたさいには、そのつどそのけいしじんのこを、)

具えた者がおりました際には、その都度その刑死人の子を、

(てんごくぶろっくうぇーをつうじててにいれたのでした。そして、ついにそのかずが、)

典獄ブロックウェーを通じて手に入れたのでした。そして、ついにその数が、

(こくせきをいにするあのよにんになって・・・・・・ですから、)

国籍を異にするあの四人になってですから、

(はーとふぉーどえヴぁんじぇりすと しのきじも、また、たいしかんこうろくのものも、)

『ハートフォード福音伝道者』誌の記事も、また、大使館公録のものも、

(みんなさんてつさまが、かねにあかしたうえでのごしょちだったのでございます)

みんな算哲様が、金に飽かした上での御処置だったのでございます」

(そうすると、このやかたにあのよにんをにゅうせきさせて、どうさんのはいぶんにふんきゅうを)

「そうすると、この館にあの四人を入籍させて、動産の配分に紛糾を

(おこさせたというのも、つまりが、けつろんをみいださんがためのすじがきだったのですね)

起させたというのも、つまりが、結論を見出さんがための筋書だったのですね」

(さようでございます。あのかたのおちちうえもどうようのずがいけいたいだったそうですが、)

「さようでございます。あの方の御父上も同様の頭蓋形体だったそうですが、

(それもございましたのでしょう、さんてつさまはごじぶんのせつに、ほとんどきょうてきなへんしつを)

それもございましたのでしょう、算哲様は御自分の説に、ほとんど狂的な偏執を

(もっていらっしゃいました。しかし、あのかたのようないじょうなせいかくなかたには、)

持っていらっしゃいました。しかし、あの方のような異常な性格な方には、

(われわれのいうせいきのしこうなどというものはもんだいではございません。ぼっとう それが)

我々の云う正規の思考などというものは問題ではございません。没頭ーーそれが

(せいめいのぜんぶであり、いさんやじょうあいやにくしんなどというさじは、あのかたのこうだいむへんな、)

生命の全部であり、遺産や情愛や肉身などという瑣事は、あの方の広大無辺な、

(ちてきいしきのせかいにとれば、わずかなちりにしかすぎないのでございます。そこで、)

知的意識の世界にとれば、わずかな塵にしかすぎないのでございます。そこで、

(わたしのちちとさんてつさまはこうねんをやくして、そのせいひをわたしがみとどけることになりました。)

私の父と算哲様は後年を約して、その成否を私が見届けることになりました。

(ところが、そのさいさんてつさまは、すこぶるいんけんなさくどうをなさったのでございます。)

ところが、その際算哲様は、すこぶる陰険な策動をなさったのでございます。

(ともうしますのは、くりヴぉふさまについてでございますが、あのかたがにほんに)

と申しますのは、クリヴォフ様についてでございますが、あの方が日本に

(とうちゃくするとまもなく、ぼうけんのはっぴょうがとりちがえられていたというつうちが)

到着すると間もなく、剖見の発表が取り違えられていたという通知が

(まいりました。そこで、さんてつさまはいっけいをあんじて、よにんのなを)

まいりました。そこで、算哲様は一計を案じて、四人の名を

(ぐすたふす・あどるふすでん のなかからとったのでございます。つまり、)

『グスタフス・アドルフス伝』の中から採ったのでございます。つまり、

(そのずがいによるいでんそしつのないくりヴぉふさまには、あんさつしゃのなを。)

その頭蓋による遺伝素質のないクリヴォフ様には、暗さつ者の名を。

(ほかのさんにんには、あんさつしゃぶらーえのてにそげきされた、われんしゅたいんぐんの)

他の三人には、暗さつ者ブラーエの手に狙撃された、ワレンシュタイン軍の

(せんぼつしゃのなをつけたのでした。そして、このしょこのなかから、ぐすたふすおうの)

戦没者の名を附けたのでした。そして、この書庫の中から、グスタフス王の

(せいでんをことごとくはぶいてしまって、それに りしゅりゅうぶらっく・きゃびねっとし を)

正伝をことごとく省いてしまって、それに『リシュリュウ機密閣史』を

(あてたのでしたけれども、おそらくそのじんめいは、かぞくのものにも、)

当てたのでしたけれども、恐らくその人名は、家族の者にも、

(またあなたがたそうさかんにも、なんらかのしそうをおこさずにいまいと)

また貴方がた捜査官にも、なんらかの使嗾を起さずにいまいと

(かんがえられておりました。ですからのりみずさん、これで、いつぞやあなたにもうしあげた)

考えられておりました。ですから法水さん、これで、いつぞや貴方に申し上げた

(がいすちひかいとということばのいみが つまり、ちちからこに、にんげんのたねがかならずいちどは)

霊性という言葉の意味がーーつまり、父から子に、人間の種子が必ず一度は

(さまよわねばならぬ、あのヴゅすてのいみがおわかりでございましょう。そうして、きょう)

彷徨わねばならぬ、あの荒野の意味がお判りでございましょう。そうして、今日

(くりヴぉふさまがたおされたのですから、そうなると、とうぜんさんてつさまのかげが、)

クリヴォフ様が斃されたのですから、そうなると、当然算哲様の影が、

(あのぎしんあんきのなかからきえてしまうではございませんか。ああ、このじけんは)

あの疑心暗鬼の中から消えてしまうではございませんか。ああ、この事件は

(あらゆるはんざいのなかで、どうとくのもっともたいはいしたけいしきなのでございます。そして、)

あらゆる犯罪の中で、道徳の最も頽廃した型式なのでございます。そして、

(そのくろずんだどぶくさいためみずのなかで、あのごにんのかたがたがあえぎせめいて)

その黝ずんだ溝臭い溜水の中で、あの五人の方々があえぎ競いて

(いたのでございますわ こうして、よにんのしんぴがくじんのしょうたいがばくろされるとどうじに)

いたのでございますわ」こうして、四人の神秘楽人の正体が曝露されると同時に

(かこにおけるこくしかんのあんりゅうには、ただひとつ、ふたつのへんしじけんのみが)

過去における黒死館の暗流には、ただ一つ、二つの変死事件のみが

(のこされてしまった。それから、いつもじんもんしつにあてている、だんねべるぐふじんの)

残されてしまった。それから、いつも訊問室に当てている、ダンネベルグ夫人の

(へやにもどると、そこにははたたろうとせれなふじんとが、し、ごにんの)

室に戻ると、そこには旗太郎とセレナ夫人とが、四、五人の

(がくだんかんけいしゃらしいのをしたがえてまっていた。ところが、のりみずのかおをみると、)

楽壇関係者らしいのを従えて待っていた。ところが、法水の顔を見ると、

(おんがなかのじょにもにげない、めいれいてきなごちょうで、せれなふじんがいいだした。)

温雅な彼女にも似げない、命令的な語調で、セレナ夫人が云い出した。

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