フランツ・カフカ 変身①
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問題文
(いち)
(Ⅰ)
(あるあさ、ぐれごーる・ざむざがきがかりなゆめからめざめたとき、)
ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、
(じぶんのべっどのうえでいっぴきのきょだいなどくむしにかわってしまっているのにきづいた。)
自分のベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変わってしまっているのに気づいた。
(かれはこうかくのようにかたいせなかをしたにしてよこたわり、あたまをすこしあげると、)
彼は甲殻のように固い背中を下にして横たわり、頭を少し上げると、
(なんぼんものゆみがたのすじにわかれてこんもりともりあがっているじぶんのちゃいろの)
何本もの弓形のすじにわかれてこんもりと盛り上がっている自分の茶色の
(はらがみえた。はらのもりあがりのうえには、かけぶとんがすっかりずりおちそうに)
腹が見えた。腹の盛り上がりの上には、かけぶとんがすっかりずり落ちそうに
(なって、まだやっともちこたえていた。ふだんのおおきさにくらべると)
なって、まだやっともちこたえていた。ふだんの大きさに比べると
(なさけないくらいかぼそいたくさんのあしがじぶんのめのまえにしょんぼりと)
情けないくらいかぼそいたくさんの足が自分の眼の前にしょんぼりと
(ひかっていた。)
光っていた。
(「おれはどうしたのだろう?」と、かれはおもった。ゆめではなかった。)
「おれはどうしたのだろう?」と、彼は思った。夢ではなかった。
(じぶんのへや、すこしちいさすぎるがまともなへやが、よくしっているよっつのかべの)
自分の部屋、少し小さすぎるがまともな部屋が、よく知っている四つの壁の
(あいだにあった。てーぶるのうえにはぬのじのみほんがつつみをといて)
あいだにあった。テーブルの上には布地の見本が包みをといて
(ひろげられていたがーーざむざはたびまわりのせーるすまんだったーー、その)
拡げられていたがーーザムザは旅廻りのセールスマンだったーー、その
(てーぶるのじょうほうのかべにはしゃしんがかかっている。それはかれがついさきごろ)
テーブルの上方の壁には写真がかかっている。それは彼がついさきごろ
(あるぐらふざっしからきりとり、きれいなきんぶちのがくにいれたものだった。)
あるグラフ雑誌から切り取り、きれいな金ぶちの額に入れたものだった。
(うつっているのはひとりのふじんで、けがわのぼうしとけがわのえりまきとをつけ、)
写っているのは一人の婦人で、毛皮の帽子と毛皮のえり巻とをつけ、
(からだをきちんとおこし、ひじまですっぽりかくれてしまうおもそうなけがわのまふを、)
身体をきちんと起こし、肘まですっぽり隠れてしまう重そうな毛皮のマフを、
(みるもののほうにむかってかかげていた。)
見る者のほうに向かってかかげていた。
(ぐれごーるのしせんはつぎにまどへむけられた。いんうつなてんきはーーあまだれが)
グレゴールの視線はつぎに窓へ向けられた。陰鬱な天気はーー雨だれが
(まどわくのぶりきをうっているおとがきこえたーーかれをすっかりゆううつにした。)
窓わくのブリキを打っている音が聞こえたーー彼をすっかり憂鬱にした。
(「もうすこしねむりつづけて、ばかばかしいことはみんなわすれてしまったら、)
「もう少し眠りつづけて、ばかばかしいことはみんな忘れてしまったら、
(どうだろう」と、かんがえたがぜんぜんそうはいかなかった。というのは、かれは)
どうだろう」と、考えたが全然そうはいかなかった。というのは、彼は
(みぎしたでねむるしゅうかんだったが、このいまのじょうたいではそういうしせいをとることは)
右下で眠る習慣だったが、この今の状態ではそういう姿勢を取ることは
(できない。いくらちからをこめてみぎしたになろうとしても、いつでもあおむけの)
できない。いくら力をこめて右下になろうとしても、いつでも仰向けの
(しせいにもどってしまうのだ。ひゃっかいもそれをこころみ、りょうめをとじてじぶんの)
姿勢にもどってしまうのだ。百回もそれを試み、両目を閉じて自分の
(もぞもぞうごいているたくさんのあしをみないでもすむようにしていたが、)
もぞもぞ動いているたくさんの脚を見ないでもすむようにしていたが、
(わきばらにこれまでまだかんじたことのないようなかるいどんつうをかんじはじめたときに、)
わき腹にこれまでまだ感じたことのないような軽い鈍痛を感じ始めたときに、
(やっとそんなことをやるのはやめた。)
やっとそんなことをやるのはやめた。
(「ああ、なんというほねのおれるしょくぎょうをおれはえらんでしまったんだろう」と、)
「ああ、なんという骨の折れる職業をおれは選んでしまったんだろう」と、
(かれはおもった。「まいにち、まいにち、たびにでているのだ。じぶんのとちでのほんらいの)
彼は思った。「毎日、毎日、旅に出ているのだ。自分の土地での本来の
(しょうばいにおけるよりも、しょうばいじょうのしんけいのつかれはずっとおおきいし、そのうえ、)
商売におけるよりも、商売上の神経の疲れはずっと大きいし、その上、
(たびのくろうというものがかかっている。きしゃののりかえれんらく、ふきそくでそまつな)
旅の苦労というものがかかっている。汽車の乗換え連絡、不規則で粗末な
(しょくじ、たえずあいてがかわってながつづきせず、けっしてこころからうちとけあうような)
食事、たえず相手が変って長つづきせず、けっして心からうちとけ合うような
(ことのないひとづきあい。まったくいまいましいことだ!」)
ことのない人づき合い。まったくいまいましいことだ!」
(かれははらのうえにかるいかゆみをかんじ、あたまをもっとよくもたげることができるように)
彼は腹の上に軽いかゆみを感じ、頭をもっとよくもたげることができるように
(あおむけのままからだをゆっくりとべっどのはしらのほうへずらせ、からだのかゆいばしょを)
仰向けのまま身体をゆっくりとベッドの柱のほうへずらせ、身体のかゆい場所を
(みつけた。そのばしょはちいさなしろいはんてんだけにおおわれていて、そのはんてんが)
見つけた。その場所は小さな白い斑点だけに被われていて、その斑点が
(なんであるのかはんだんをくだすことはできなかった。そこで、いっぽんのあしで)
何であるのか判断を下すことはできなかった。そこで、一本の脚で
(そのばしょにさわろうとしたが、すぐにあしをひっこめた。さわったら、)
その場所にさわろうとしたが、すぐに脚を引っこめた。さわったら、
(からだにさむけがしたのだ。)
身体に寒気がしたのだ。
(かれはまたいぜんのしせいにもどった。)
彼はまた以前の姿勢にもどった。
(「このはやおきというのは」と、かれはおもった、「にんげんをまったくうすばかにして)
「この早起きというのは」と、彼は思った、「人間をまったく薄ばかにして
(しまうのだ。にんげんはねむりをもたなければならない。ほかのせーるすまんたちは)
しまうのだ。人間は眠りをもたなければならない。ほかのセールスマンたちは
(まるではれむのおんなたちのようなせいかつをしている。たとえばおれがまだ)
まるでハレムの女たちのような生活をしている。たとえばおれがまだ
(ごぜんちゅうにやどへもどってきて、とってきたちゅうもんをかきとめようとすると、)
午前中に宿へもどってきて、取ってきた注文を書きとめようとすると、
(やっとあのれんちゅうはちょうしょくのてーぶるについているところだ。そんなことを)
やっとあの連中は朝食のテーブルについているところだ。そんなことを
(やったらおれのてんしゅがなんていうか、みたいものだ。おれはすぐさまくびに)
やったらおれの店主がなんていうか、見たいものだ。おれはすぐさまくびに
(なってしまうだろう。ところで、そんなことをやるのがおれにとってあんまり)
なってしまうだろう。ところで、そんなことをやるのがおれにとってあんまり
(いいことでないかどうか、だれにだってわかりはしない。りょうしんのために)
いいことでないかどうか、だれにだってわかりはしない。両親のために
(そんなことをひかえているのでなければ、もうとっくにじしょくしてしまって)
そんなことをひかえているのでなければ、もうとっくに辞職してしまって
(いるだろう。てんしゅのまえにあゆみでて、おもうことをはらのそこからぶちまけてやった)
いるだろう。店主の前に歩み出て、思うことを腹の底からぶちまけてやった
(ことだろう。そうしたらてんしゅはおどろいてつくえからおっこちてしまうに)
ことだろう。そうしたら店主は驚いて机から落っこちてしまうに
(ちがいなかったのだ!つくえのうえにこしかけて、たかいところからてんいんとはなしを)
ちがいなかったのだ! 机の上に腰かけて、高いところから店員と話を
(するというのも、きみょうなやりかただ。おまけにてんいんのほうは、てんしゅのみみが)
するというのも、奇妙なやりかただ。おまけに店員のほうは、店主の耳が
(とおいときているのでちかくによっていかなければならないのだ。)
遠いときているので近くによっていかなければならないのだ。
(まあ、きぼうはまだすっかりすてられてしまったわけではない。りょうしんのしゃっきんを)
まあ、希望はまだすっかり捨てられてしまったわけではない。両親の借金を
(すっかりてんしゅにはらうだけのかねをあつめたらーーまだご、ろくねんはかかるだろうがーー)
すっかり店主に払うだけの金を集めたらーーまだ五、六年はかかるだろうがーー
(きっとそれをやってみせる。とはいっても、いまのところはまずおきなければ)
きっとそれをやってみせる。とはいっても、今のところはまず起きなければ
(ならない。おれのきしゃはごじにでるのだ」)
ならない。おれの汽車は五時に出るのだ」
(そして、たんすのうえでかちかちなっているめざましどけいのほうにめをやった。)
そして、たんすの上でカチカチ鳴っている目ざまし時計のほうに眼をやった。
(「しまった!」と、かれはおもった。もうろくじはんで、はりはおちつきはらって)
「しまった!」と、彼は思った。もう六時半で、針は落ち着き払って
(すすんでいく。はんもすぎて、もうよんじゅうごふんにちかづいている。めざましどけいが)
進んでいく。半も過ぎて、もう四十五分に近づいている。目ざまし時計が
(ならなかったのだろうか。べっどからみても、きちんとよじにあわせて)
鳴らなかったのだろうか。ベッドから見ても、きちんと四時に合わせて
(あったことがわかった。きっとなったのだ。だが、あのへやのかぐを)
あったことがわかった。きっと鳴ったのだ。だが、あの部屋の家具を
(ゆさぶるようなべるのおとをやすらかにききのがしてねむっていたなんていうことが)
ゆさぶるようなベルの音を安らかに聞きのがして眠っていたなんていうことが
(ありうるだろうか。いや、けっしてやすらかにねむっていたわけではないが、)
ありうるだろうか。いや、けっして安らかに眠っていたわけではないが、
(おそらくそれだけにいっそうぐっすりねむっていたのだ。だが、いまは)
おそらくそれだけにいっそうぐっすり眠っていたのだ。だが、今は
(どうしたらいいのだろう。つぎのきしゃはしちじにでる。そのきしゃに)
どうしたらいいのだろう。つぎの汽車は七時に出る。その汽車に
(まにあうためには、きちがいのようにいそがなければならないだろう。そして、)
間に合うためには、気ちがいのように急がなければならないだろう。そして、
(しょうひんみほんはまだほうそうしていないし、かれじしんがそれほどきぶんがすぐれないし、)
商品見本はまだ包装していないし、彼自身がそれほど気分がすぐれないし、
(かっぱつなかんじもしないのだ。そして、たといきしゃにまにあったとしてさえ、)
活溌な感じもしないのだ。そして、たとい汽車に間に合ったとしてさえ、
(てんしゅのかみなりはさけることができないのだ。というのは、みせのこづかいは)
店主の雷は避けることができないのだ。というのは、店の小使は
(ごじのきしゃにかれがのるものとおもってまっていて、かれがおくれたことを)
五時の汽車に彼が乗るものと思って待っていて、彼が遅れたことを
(とっくにほうこくしてしまっているはずだ。あのおとこはてんしゅのてさきで、)
とっくに報告してしまっているはずだ。あの男は店主の手先で、
(せぼねもなければふんべつもない。ところで、びょうきだといってとどけでたら)
背骨もなければ分別もない。ところで、病気だといって届け出たら
(どうだろうか。だが、そんなことをしたら、ひどくめんどうになるし、)
どうだろうか。だが、そんなことをしたら、ひどく面倒になるし、
(うたがいもかかるだろう。なにしろ、ぐれごーるはごねんかんのつとめのあいだに)
疑いもかかるだろう。なにしろ、グレゴールは五年間の勤めのあいだに
(まだいちどだってびょうきになったことがないのだ。きっとてんしゅはけんこうほけんいを)
まだ一度だって病気になったことがないのだ。きっと店主は健康保険医を
(つれてやってきて、りょうしんにむかってなまけもののむすこのことをひなんし、)
つれてやってきて、両親に向かってなまけ者の息子のことを非難し、
(どんなにいろんをもうしたてても、ほけんいをひきあいにだしてそれを)
どんなに異論を申し立てても、保険医を引合いに出してそれを
(さえぎってしまうことだろう。そのいしにとっては、およそまったく)
さえぎってしまうことだろう。その医師にとっては、およそまったく
(けんこうなくせにしごとのきらいなにんげんたちというものしかいないのだ。それに、)
健康なくせに仕事の嫌いな人間たちというものしかいないのだ。それに、
(いまのばあい、いしゃのかんがえもそれほどまちがっているだろうか。)
今の場合、医者の考えもそれほどまちがっているだろうか。
(じじつ、ぐれごーるは、ながくねむったのにほんとうにねむけがのこっていることをべつに)
事実、グレゴールは、長く眠ったのにほんとうに眠気が残っていることを別に
(すれば、まったくからだのちょうしがいいきがするし、とくにつよいくうふくさえ)
すれば、まったく身体の調子がいい気がするし、とくに強い空腹さえ
(かんじているのだった。)
感じているのだった。