フランツ・カフカ 変身⑰

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問題文

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(ははといもうととはそれほどきゅうそくをとってはいないで、はやくももどってきた。)

母と妹とはそれほど休息を取ってはいないで、早くももどってきた。

(ぐれーてはははおやのからだにかたうでをまわし、ほとんどだきはこぶようなかっこうだった。)

グレーテは母親の身体に片腕を廻し、ほとんど抱き運ぶような恰好だった。

(「それじゃ、こんどはなにをもっていきましょう」と、ぐれーてはいって、)

「それじゃ、今度は何をもっていきましょう」と、グレーテはいって、

(あたりをみまわした。そのとき、かのじょのまなざしとかべのうえにいるぐれごーるの)

あたりを見廻した。そのとき、彼女のまなざしと壁の上にいるグレゴールの

(まなざしとがこうさした。きっとただははおやがこのばにいるというだけのりゆうで)

まなざしとが交叉した。きっとただ母親がこの場にいるというだけの理由で

(どをうしなわないようにきをとりなおしたのだろう。ははおやがあたりを)

度を失わないように気を取りなおしたのだろう。母親があたりを

(みまわさないように、いもうとはかおをははおやのほうにまげて、つぎのようにいった。)

見廻さないように、妹は顔を母親のほうに曲げて、つぎのようにいった。

(とはいっても、ふるえながら、よくかんがえてもみないでいったことばだった。)

とはいっても、ふるえながら、よく考えてもみないでいった言葉だった。

(「いらっしゃい、ちょっといまにもどらない?」ぐれーてのいとは)

「いらっしゃい、ちょっと居間にもどらない?」グレーテの意図は

(ぐれごーるにはあきらかであった。ははおやをあんぜんなところへつれだし、)

グレゴールには明らかであった。母親を安全なところへつれ出し、

(それからかれをかべからおいはらおうというのだ、だが、そんなことを)

それから彼を壁から追い払おうというのだ、だが、そんなことを

(やってみるがいい!かれはしゃしんのうえにすわりこんで、わたしはしない。)

やってみるがいい! 彼は写真の上に坐りこんで、渡しはしない。

(それどころか、ぐれーてのかおめがけてとびつこうというみがまえだ。)

それどころか、グレーテの顔めがけて飛びつこうという身構えだ。

(ところが、ぐれーてがそんなことをいったことがははおやをますます)

ところが、グレーテがそんなことをいったことが母親をますます

(ふあんにしてしまった。ははおやはわきへよって、はなもようのかべがみのうえに)

不安にしてしまった。母親はわきへよって、花模様の壁紙の上に

(おおきなかっしょくのひとつのはんてんをみとめた。そして、じぶんのみたものが)

大きな褐色の一つの斑点をみとめた。そして、自分の見たものが

(ぐれごーるだとほんとうにいしきするよりまえに、あらあらしいさけびごえで)

グレゴールだとほんとうに意識するより前に、あらあらしい叫び声で

(「ああ、ああ!」というなり、まるでいっさいをほうきするかのように)

「ああ、ああ!」というなり、まるでいっさいを放棄するかのように

(りょううでをひろげてそふぁのうえにたおれてしまい、みうごきもしなくなった。)

両腕を拡げてソファの上に倒れてしまい、身動きもしなくなった。

(「ぐれごーるったら!」と、いもうとはこぶしをふりあげ、はげしいめつきでさけんだ。)

「グレゴールったら!」と、妹は拳を振り上げ、はげしい眼つきで叫んだ。

など

(これはへんしんいらい、いもうとがかれにむかってちょくせついったさいしょのことばだった。)

これは変身以来、妹が彼に向って直接いった最初の言葉だった。

(いもうとはははおやをきぜつからめざめさせるためのきつけぐすりをなにかとりにりんしつへ)

妹は母親を気絶から目ざめさせるための気つけ薬を何か取りに隣室へ

(かけていった。ぐれごーるもてつだいたかった。ーーしゃしんをすくうにはまだ)

かけていった。グレゴールも手伝いたかった。ーー写真を救うにはまだ

(よゆうがあったーーだが、かれはがらすにしっかとへばりついていて、からだを)

余裕があったーーだが、彼はガラスにしっかとへばりついていて、身体を

(ひきはなすためにはむりしなければならなかった。それからじぶんもりんしつへ)

引き離すためには無理しなければならなかった。それから自分も隣室へ

(はいっていった。まるでいぜんのようにいもうとになにかちゅうこくをあたえてやれると、)

入っていった。まるで以前のように妹に何か忠告を与えてやれると、

(いわんばかりであった。だが、なにもやれないでむなしくいもうとのうしろに)

いわんばかりであった。だが、何もやれないでむなしく妹のうしろに

(たっていなければならなかった。いろいろこびんをひっかきまわしていたいもうとは、)

立っていなければならなかった。いろいろ小壜をひっかき廻していた妹は、

(ふりかえってみて、またびっくりした。びんがゆかのうえにおちて、くだけた。)

振り返ってみて、またびっくりした。壜が床の上に落ちて、くだけた。

(ひとつのはへんがぐれごーるのかおをきずつけた。なにかふしょくせいのやくひんがかれのからだの)

一つの破片がグレゴールの顔を傷つけた。何か腐蝕性の薬品が彼の身体の

(まわりにながれた。ぐれーてはながいことそこにとどまってはいないで、)

まわりに流れた。グレーテは長いことそこにとどまってはいないで、

(てにもてるだけおおくのこびんをもって、ははおやのところへかけていった。)

手にもてるだけ多くの小壜をもって、母親のところへかけていった。

(どあはあしでぴしゃりとしめた。ぐれごーるはいまはははおやからしゃだんされてしまった。)

ドアは足でぴしゃりと閉めた。グレゴールは今は母親から遮断されてしまった。

(そのははおやはかれのつみによっておそらくほとんどしにそうになっているのだ。)

その母親は彼の罪によっておそらくほとんど死にそうになっているのだ。

(どあをあけてはならなかった。じぶんがはいっていくことによって、)

ドアを開けてはならなかった。自分が入っていくことによって、

(ははおやのそばにいなければならないいもうとをおいたてたくはなかった。)

母親のそばにいなければならない妹を追い立てたくはなかった。

(いまはまっているよりほかになんのてだてもなかった。そして、じせきと)

今は待っているよりほかに何の手だてもなかった。そして、自責と

(しんぱいとにかりたてられて、はいまわりはじめ、すべてのもののうえをはっていった。)

心配とに駆り立てられて、はい廻り始め、すべてのものの上をはっていった。

(かべのうえもかぐやてんじょうのうえもはってあるき、とうとうぜつぼうのうちに、)

壁の上も家具や天井の上もはって歩き、とうとう絶望のうちに、

(かれのまわりのへやぜんたいがぐるぐるまわりはじめたときに、おおきなてーぶるのうえに)

彼のまわりの部屋全体がぐるぐる廻り始めたときに、大きなテーブルの上に

(どたりとおちた。)

どたりと落ちた。

(ちょっとばかりときがながれた。ぐれごーるはつかれはててそこによこたわっていた。)

ちょっとばかり時が流れた。グレゴールは疲れ果ててそこに横たわっていた。

(あたりはしずまりかえっている。きっといいしるしなのだろう。)

あたりは静まり返っている。きっといいしるしなのだろう。

(そのとき、げんかんのべるがなった。じょちゅうはむろんだいどころにとじこめられて)

そのとき、玄関のベルが鳴った。女中はむろん台所に閉じこめられて

(いるので、ぐれーてがあけなければならなかった。ちちおやがかえってきたのだった。)

いるので、グレーテが開けなければならなかった。父親が帰ってきたのだった。

(「なにがおこったんだ?」というのがかれのさいしょのことばだった。ぐれーてのようすが)

「何が起こったんだ?」というのが彼の最初の言葉だった。グレーテの様子が

(きっとすべてをものがたっているにちがいなかった。ぐれーてはいきぐるしそうなこえで)

きっとすべてを物語っているにちがいなかった。グレーテは息苦しそうな声で

(こたえていたが、きっとかおをちちおやのむねにあてているらしい。)

答えていたが、きっと顔を父親の胸にあてているらしい。

(「おかあさんがきぜつしたの。でももうよくなったわ。ぐれごーるがはいだしたの」)

「お母さんが気絶したの。でももうよくなったわ。グレゴールがはい出したの」

(「そうなるだろうとおもっていた」と、ちちおやがいった。「わしはいつも)

「そうなるだろうと思っていた」と、父親がいった。「わしはいつも

(おまえたちにいったのに、おまえたちおんなはいうことをきこうとしないからだ」)

お前たちにいったのに、お前たち女はいうことを聞こうとしないからだ」

(ちちおやがぐれーてのあまりにてみじかなほうこくをわるくかいしゃくして、ぐれごーるが)

父親がグレーテのあまりに手短かな報告を悪く解釈して、グレゴールが

(なにかてあらなことをやったものとうけとったことは、ぐれごーるには)

何か手荒なことをやったものと受け取ったことは、グレゴールには

(あきらかであった。そのために、ぐれごーるはこんどはちちおやをなだめようと)

明らかであった。そのために、グレゴールは今度は父親をなだめようと

(しなければならなかった。というのは、かれにはちちおやにせつめいして)

しなければならなかった。というのは、彼には父親に説明して

(きかせるひまもなければ、またそんなことができるはずもないのだ。)

聞かせるひまもなければ、またそんなことができるはずもないのだ。

(そこでじぶんのへやのどあのところへのがれていき、それにぴったり)

そこで自分の部屋のドアのところへのがれていき、それにぴったり

(へばりついた。これで、ちちおやはげんかんのまからこちらへはいってくるときに、)

へばりついた。これで、父親は玄関の間からこちらへ入ってくるときに、

(ぐれごーるはじぶんのへやにすぐもどろうというきわめてぜんりょうないとを)

グレゴールは自分の部屋にすぐもどろうというきわめて善良な意図を

(もっているということ、だからかれをおいもどすひつようはなく、ただどあを)

もっているということ、だから彼を追いもどす必要はなく、ただドアを

(あけてやりさえすればすぐにきえていなくなるだろうということを、)

開けてやりさえすればすぐに消えていなくなるだろうということを、

(ただちにみてとることができるはずだ。)

ただちに見て取ることができるはずだ。

(しかし、ちちおやはこうしたびみょうなことにきづくようなきぶんにはなっていなかった。)

しかし、父親はこうした微妙なことに気づくような気分にはなっていなかった。

(はいってくるなり、まるでおこってもいればよろこんでもいるというようなちょうしで)

入ってくるなり、まるで怒ってもいればよろこんでもいるというような調子で

(「ああ!」とさけんだ。)

「ああ!」と叫んだ。

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フランツ・カフカ

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