フランツ・カフカ 変身⑱
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問題文
(ぐれごーるはあたまをどあからひっこめて、ちちおやのほうにあたまをもたげた。)
グレゴールは頭をドアから引っこめて、父親のほうに頭をもたげた。
(ちちおやがいまつったっているようなすがたをこれまでにそうぞうしてみたことは)
父親が今突っ立っているような姿をこれまでに想像してみたことは
(ほんとうになかった。とはいっても、さいきんではかれはあたらしいやりかたの)
ほんとうになかった。とはいっても、最近では彼は新しいやりかたの
(はいまわるどうさにばかりきをとられて、いぜんのようにいえのなかのほかの)
はい廻る動作にばかり気を取られて、以前のように家のなかのほかの
(できごとにきをつかうことをおこたっていたのであり、ほんとうはまえとは)
できごとに気を使うことをおこたっていたのであり、ほんとうは前とは
(ちがってしまったいえのじじょうにぶつかってもおどろかないだけのかくごが)
ちがってしまった家の事情にぶつかっても驚かないだけの覚悟が
(できていなければならないところだった。それはそうとしても、これが)
できていなければならないところだった。それはそうとしても、これが
(まだかれのちちおやなのだろうか。いぜんぐれごーるがしょうばいのたびにでかけていくとき、)
まだ彼の父親なのだろうか。以前グレゴールが商売の旅に出かけていくとき、
(つかれたようにべっどにうまってねていたちち、かれがかえってきたばんには)
疲れたようにベッドに埋まって寝ていた父、彼が帰ってきた晩には
(ねまきのままのすがたであんらくいすにもたれてかれをむかえたちち、おきあがることは)
寝巻のままの姿で安楽椅子にもたれて彼を迎えた父、起き上がることは
(まったくできずに、よろこびをしめすのにただりょううでをあげるだけだったちち、)
まったくできずに、よろこびを示すのにただ両腕を上げるだけだった父、
(ねんにいち、にどのにちようびやおおきなさいじつにまれにいっしょにさんぽにでかける)
年に一、二度の日曜日や大きな祭日にまれにいっしょに散歩に出かける
(ときには、もともとゆっくりとあるくははおやとぐれごーるとのあいだにたって、)
ときには、もともとゆっくりと歩く母親とグレゴールとのあいだに立って、
(このふたりよりももっとのろのろとあるき、ふるいがいとうにくるまり、いつでも)
この二人よりももっとのろのろと歩き、古い外套にくるまり、いつでも
(ようじんぶかくからだにあてたしゅもくづえをたよりになんぎしながらあるいていき、)
用心深く身体に当てた撞木杖をたよりに難儀しながら歩いていき、
(なにかいおうとするときには、ほとんどいつでもたちどまって、つれのものたちを)
何かいおうとするときには、ほとんどいつでも立ちどまって、つれの者たちを
(じぶんのみのまわりにあつめたちち、あのおいこんだちちおやとこのめのまえのじんぶつとは)
自分の身のまわりに集めた父、あの老いこんだ父親とこの眼の前の人物とは
(おなじにんげんなのだろうか。いぜんとちがって、いまではきちんとからだをおこして)
同じ人間なのだろうか。以前とちがって、今ではきちんと身体を起こして
(たっている。ぎんこうのこづかいたちがきるような、きんぼたんのついたぴったりからだに)
立っている。銀行の小使たちが着るような、金ボタンのついたぴったり身体に
(あったこんいろのせいふくをきている。うわぎのたかくてぴんとはったえりのうえには、)
あった紺色の制服を着ている。上衣の高くてぴんと張った襟の上には、
(ちからづよいにじゅうあごがひろがっている。けぶかいまゆのしたではくろいりょうがんのしせんがげんきそうに)
力強い二重顎が拡がっている。毛深い眉の下では黒い両眼の視線が元気そうに
(ちゅういぶかくさしでている。ふだんはぼさぼさだったはくはつはひどくきちんと)
注意深く射し出ている。ふだんはぼさぼさだった白髪はひどくきちんと
(てかてかなかみがたになでつけている。このちちおやはおそらくぎんこうのものだとおもわれる)
てかてかな髪形になでつけている。この父親はおそらく銀行のものだと思われる
(きんもーるのもじをつけたせいぼうをへやいっぱいにこをえがかせてそふぁのうえになげ、)
金モールの文字をつけた制帽を部屋いっぱいに弧を描かせてソファの上に投げ、
(ながいせいふくのうわぎのすそをはねのけ、りょうてをずぼんのぽけっとにつっこんで、)
長い制服の上衣のすそをはねのけ、両手をズボンのポケットに突っこんで、
(にがにがしいかおでぐれごーるのほうへあゆんできた。なにをしようというのか、)
にがにがしい顔でグレゴールのほうへ歩んできた。何をしようというのか、
(きっとじぶんでもわからないのだ。ともかく、りょうあしをふだんとはちがうくらい)
きっと自分でもわからないのだ。ともかく、両足をふだんとはちがうくらい
(たかくあげた。ぐれごーるはかれのくつのかかとがひどくおおきいことに)
高く上げた。グレゴールは彼の靴のかかとがひどく大きいことに
(びっくりしてしまった。だが、びっくりしたままではいられなかった。)
びっくりしてしまった。だが、びっくりしたままではいられなかった。
(ちちおやがじぶんにたいしてはたださいだいのきびしさこそふさわしいのだとみなしていると)
父親が自分に対してはただ最大のきびしさこそふさわしいのだと見なしていると
(いうことを、かれはあたらしいせいかつがはじまったさいしょのひからよくしっていた。そこで)
いうことを、彼は新しい生活が始まった最初の日からよく知っていた。そこで
(ちちおやからにげだして、ちちおやがたちどまるとじぶんもとまり、ちちおやがうごくとまた)
父親から逃げ出して、父親が立ちどまると自分もとまり、父親が動くとまた
(いそいでまえへのがれていった。こうしてふたりはなんどかへやをぐるぐるまわったが、)
急いで前へ逃れていった。こうして二人は何度か部屋をぐるぐる廻ったが、
(なにもけっていてきなことはおこらないし、そのうえ、そうしたどうさのぜんたいが)
何も決定的なことは起こらないし、その上、そうした動作の全体が
(ゆっくりしたてんぽでおこなわれるのでついせきしているようなようすはすこしもなかった。)
ゆっくりしたテンポで行われるので追跡しているような様子は少しもなかった。
(そこでぐれごーるもいまのところはゆかのうえにいた。とくにかれは、かべやてんじょうへ)
そこでグレゴールも今のところは床の上にいた。とくに彼は、壁や天井へ
(にげたらちちおやがかくべつのあくいをうけとるだろう、とおそれたのだった。)
逃げたら父親がかくべつの悪意を受け取るだろう、と恐れたのだった。
(とはいえ、こうやってはしりまわることもながくはつづかないだろう、とじぶんに)
とはいえ、こうやって走り廻ることも長くはつづかないだろう、と自分に
(いってきかせないではいられなかった。というのは、ちちおやがいっぽですすむ)
いって聞かせないではいられなかった。というのは、父親が一歩で進む
(ところを、かれはかずかぎりないどうさですすんでいかなければならないのだ。いきぎれが)
ところを、彼は数限りない動作で進んでいかなければならないのだ。息切れが
(はやくもはっきりとあらわれはじめた。いぜんにもそれほどしんらいのおけるはいを)
早くもはっきりと表われ始めた。以前にもそれほど信頼の置ける肺を
(もっていたわけではなかった。こうしてぜんりょくをふるってはしろうとして)
もっていたわけではなかった。こうして全力をふるって走ろうとして
(よろよろはいまわって、りょうめもほとんどあけていなかった。おろかにもはしるいがいに)
よろよろはい廻って、両目もほとんど開けていなかった。愚かにも走る以外に
(にげられるほうほうはぜんぜんかんがえなかった。しほうのかべがじぶんにはじゆうにあるけるのだ)
逃げられる方法は全然考えなかった。四方の壁が自分には自由に歩けるのだ
(ということも、もうほとんどわすれてしまっていた。とはいっても、かべは)
ということも、もうほとんど忘れてしまっていた。とはいっても、壁は
(ぎざぎざやとがったところがたくさんあるねんいりにちょうこくされたかぐで)
ぎざぎざやとがったところがたくさんある念入りに彫刻された家具で
(さえぎられていた。ーーそのとき、かれのすぐそばに、なにかがやんわりと)
さえぎられていた。ーーそのとき、彼のすぐそばに、何かがやんわりと
(なげられておちてきて、ごろごろところがった。)
投げられて落ちてきて、ごろごろところがった。
(それはりんごだった。)
それはリンゴだった。
(すぐだいにのがかれのほうにとんできた。ぐれごーるはおどろきのあまり)
すぐ第二のが彼のほうに飛んできた。グレゴールは驚きのあまり
(たちどまってしまった。これいじょうはしることはむえきだった。というのは、ちちおやは)
立ちどまってしまった。これ以上走ることは無益だった。というのは、父親は
(かれをばくげきするけっしんをしたのだった。しょっきだいのうえのくだものざらからりんごをとって)
彼を爆撃する決心をしたのだった。食器台の上の果物皿からリンゴを取って
(ぽけっとにいっぱいつめ、いまのところはそうきちんとねらいをつけずにりんごを)
ポケットにいっぱいつめ、今のところはそうきちんと狙いをつけずにリンゴを
(つぎつぎになげてくる。これらのちいさなあかいりんごは、まるででんきに)
つぎつぎに投げてくる。これらの小さな赤いリンゴは、まるで電気に
(かけられたようにゆかのうえをころげまわり、ぶつかりあった。やわらかになげられた)
かけられたように床の上をころげ廻り、ぶつかり合った。やわらかに投げられた
(ひとつのりんごがぐれごーるのせなかをかすめたが、べつにかれのからだを)
一つのリンゴがグレゴールの背中をかすめたが、別に彼の身体を
(きずつけもしないですべりおちた。ところが、すぐそのあとからとんできたのが)
傷つけもしないで滑り落ちた。ところが、すぐそのあとから飛んできたのが
(まさにぐれごーるのせなかにめりこんだ。とつぜんのしんじられないいたみは)
まさにグレゴールの背中にめりこんだ。突然の信じられない痛みは
(ばしょをかえることできえるだろうとでもいうように、ぐれごーるはからだをまえへ)
場所を変えることで消えるだろうとでもいうように、グレゴールは身体を前へ
(ひきずっていこうとしたが、まるでくぎづけにされたようにかんじられ、ごかんが)
ひきずっていこうとしたが、まるで釘づけにされたように感じられ、五感が
(かんぜんにこんらんしてのびてしまった。だんだんかすんでいくさいごのしせんで、)
完全に混乱してのびてしまった。だんだんかすんでいく最後の視線で、
(じぶんのへやがひらき、さけんでいるいもうとのまえにははおやがはしりでてきた。したぎすがただった。)
自分の部屋が開き、叫んでいる妹の前に母親が走り出てきた。下着姿だった。
(いもうとが、きぜつしているははおやにこきゅうをらくにしてやろうとして、ふくを)
妹が、気絶している母親に呼吸を楽にしてやろうとして、服を
(ぬがせたのだった。ははおやはちちおやをめがけてはしりよった。そのとちゅう、)
脱がせたのだった。母親は父親をめがけて走りよった。その途中、
(とめがねをはずしたすかーとなどがつぎつぎにゆかにすべりおちた。)
とめ金をはずしたスカートなどがつぎつぎに床にすべり落ちた。
(そのすかーとなどにつまずきながらちちおやのところへかけよって、ちちおやに)
そのスカートなどにつまずきながら父親のところへかけよって、父親に
(だきつき、ちちおやとぴったりひとつになってーーそこでぐれごーるのしりょくはもう)
抱きつき、父親とぴったり一つになってーーそこでグレゴールの視力はもう
(うしなわれてしまったーーりょうてをちちのこうとうぶにおき、ぐれごーるのいのちを)
失われてしまったーー両手を父の後頭部に置き、グレゴールの命を
(たすけてくれるようにとたのむのだった。)
助けてくれるようにと頼むのだった。