銀河鉄道の夜 8
宮沢賢治 作
ジョバンニがまだそういってしまわないうちに、
「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着がくるよ。」
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問題文
(よん、けんたうるさいのよる)
四、ケンタウル祭の夜
(じょばんには、くちぶえをふいているようなさびしいくちつきで、)
ジョバンニは、口笛を吹いているような寂しい口つきで、
(ひのきのまっくろにならんだまちのさかをおりてきたのでした。)
ヒノキのまっ黒にならんだ町の坂を降りてきたのでした。
(さかのしたにおおきなひとつのがいとうが、あおじろくりっぱにひかっていました。)
坂の下に大きな一つの街燈が、青白くりっぱに光っていました。
(じょばんにが、どんどんでんとうのほうへおりていきますと、)
ジョバンニが、どんどん電燈の方へ下りて行きますと、
(いままでばけもののように、ながくぼんやり、)
いままでばけもののように、長くぼんやり、
(うしろへひいていたじょばんにのかげぼうしは、)
うしろへ引いていたジョバンニの影ぼうしは、
(だんだんこくくろくはっきりなって、あしをあげたりてをふったり、)
だんだん濃く黒くはっきりなって、足をあげたり手を振ったり、
(じょばんにのよこのほうへまわってくるのでした。)
ジョバンニの横の方へまわってくるのでした。
((ぼくはりっぱなきかんしゃだ。ここはこうばいだからはやいぞ。)
(ぼくはりっぱな機関車だ。ここは勾配だから速いぞ。
(ぼくはいまそのでんとうをとおりこす。)
ぼくはいまその電燈を通り越す。
(そうら、こんどはぼくのかげぼうしはこむぱすだ。)
そうら、こんどはぼくの影法師はコムパスだ。
(あんなにくるっとまわって、まえのほうへきた。))
あんなにくるっとまわって、前の方へきた。)
(とじょばんにがおもいながら、おおまたにそのがいとうのしたをとおりすぎたとき、)
とジョバンニが思いながら、大股にその街燈の下を通り過ぎたとき、
(いきなりひるまのざねりが、)
いきなり昼間のザネリが、
(あたらしいえりのとがったしゃつをきて)
新しい襟のとがったシャツを着て
(でんとうのむこうがわのくらいこうじからでてきて、)
電燈の向こう側の暗い小路から出てきて、
(ひらっとじょばんにとすれちがいました。)
ひらっとジョバンニとすれちがいました。
(「ざねり、からすうりながしにいくの。」)
「ザネリ、カラスウリ流しに行くの。」
(じょばんにがまだそういってしまわないうちに、)
ジョバンニがまだそういってしまわないうちに、
(「じょばんに、おとうさんから、らっこのうわぎがくるよ。」)
「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着がくるよ。」
(そのこがなげつけるようにうしろからさけびました。)
その子が投げつけるようにうしろから叫びました。
(じょばんには、ぱっとむねがつめたくなり、)
ジョバンニは、ぱっと胸がつめたくなり、
(そこらじゅうきぃんとなるようにおもいました。)
そこら中キィンと鳴るように思いました。
(「なんだい。ざねり。」)
「なんだい。ザネリ。」
(とじょばんにはたかくさけびかえしましたが、)
とジョバンニは高く叫び返しましたが、
(もうざねりはむこうのひばのうわったいえのなかへはいっていました。)
もうザネリは向こうのヒバの植わった家の中へ入っていました。
(「ざねりはどうしてぼくがなんにもしないのに)
「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのに
(あんなことをいうのだろう。)
あんなことをいうのだろう。
(はしるときはまるでねずみのようなくせに。)
走るときはまるでネズミのようなくせに。
(ぼくがなんにもしないのにあんなことをいうのは)
ぼくがなんにもしないのにあんなことをいうのは
(ざねりがばかなからだ。」)
ザネリがばかなからだ。」
(じょばんには、せわしくいろいろのことをかんがえながら、)
ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、
(さまざまのあかりやきのえだで、)
さまざまの灯りや木の枝で、
(すっかりきれいにかざられたまちをとおっていきました。)
すっかりきれいに飾られた街を通って行きました。
(とけいやのみせにはあかるくねおんとうがついて、)
時計屋の店には明るくネオン燈がついて、
(いちびょうごとに、いしでこさえたふくろうのあかいめが、)
一秒ごとに、石でこさえたふくろうの赤い目が、
(くるっくるっとうごいたり、)
くるっくるっとうごいたり、
(いろいろなほうせきがうみのようないろをしたあついがらすのばんにのって、)
いろいろな宝石が海のような色をした厚いガラスの盤にのって、
(ほしのようにゆっくりめぐったり、)
星のようにゆっくりめぐったり、
(またむこうがわから、)
また向こう側から、
(どうのじんばがゆっくりこっちへまわってきたりするのでした。)
銅の人馬がゆっくりこっちへまわってきたりするのでした。