魯迅 阿Q正伝その10
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問題文
(あきゅうはよんどころなくたたずんだ。)
阿Qは拠所なく彳んだ。
(とおくのほうからあるいてきたひとりはかれのましょうめんにむかっていた。)
遠くの方から歩いて来た一人は彼の真正面に向っていた。
(これもあきゅうのだいきらいのひとりで、すなわちせんだんなのそうりょうむすこだ。)
これも阿Qの大嫌いの一人で、すなわち錢太爺の総領息子だ。
(かれはいぜんじょうないのやそがっこうにつうがくしていたが、)
彼は以前城内の耶蘇学校に通学していたが、
(なぜかしらんまたにほんへいった。)
なぜかしらんまた日本へ行った。
(はんとしあとでかれがうちにかえってきたときにはひざがますぐになり、)
半年あとで彼が家に帰って来た時には膝が真直ぐになり、
(あたまのうえのべんつがなくなっていた。)
頭の上の辮子が無くなっていた。
(かれのははおやはおおなきにないてじゅういくまくもしゅうたんばをみせた。)
彼の母親は大泣きに泣いて十幾幕も愁歎場を見せた。
(かれのそぼはさんどいどにとびこんでさんどひきあげられた。)
彼の祖母は三度井戸に飛び込んで三度引上げられた。
(あとでかれのははおやはいたるどころでせつめいした。)
あとで彼の母親は到処で説明した。
(「あのべんつはわるいひとから)
「あの辮子は悪い人から
(さけにもりつぶされてはきりとられたんです。)
酒に盛りつぶされて剪り取られたんです。
(ほんらいあれがあればこそたいかんになれるんですが、)
本来あれがあればこそ大官になれるんですが、
(いまとなってはしかたがありません。ながくのびるのをまつばかりです」)
今となっては仕方がありません。長く伸びるのを待つばかりです」
(さはいえあきゅうはしょうちせず、いちずにかれを)
さはいえ阿Qは承知せず、一途に彼を
(「にせけとう」「がいこくじんのいぬ」)
「偽毛唐」「外国人の犬」
(とおもいこみ、かれをみるたんびにはらのなかでののしりにくんだ。)
と思い込み、彼を見るたんびに肚の中で罵り悪んだ。
(あきゅうがもっともいみきらったのは、かれのいっぽんのまがいべんつだ。)
阿Qが最も忌み嫌ったのは、彼の一本のまがい辮子だ。
(まがいいものときてはそれこそにんげんのしかくがない。)
擬い物と来てはそれこそ人間の資格がない。
(かれのそぼがよんどめのとうしんをしなかったのはぜんりょうのおんなでないとあきゅうはおもった。)
彼の祖母が四度目の投身をしなかったのは善良の女でないと阿Qは思った。
(その「にせけとう」がいまちかづいてきた。「はげ、ろ」)
その「偽毛唐」が今近づいて来た。「禿げ、驢」
(あきゅうはいままではらのなかでののしるだけでくちへだしていったことはなかったが、)
阿Qは今まで肚の中で罵るだけで口へ出して言ったことはなかったが、
(こんどはせいぎのいきどおりでもあるし、ふくしゅうのかんねんもあったから、)
今度は正義の憤りでもあるし、復讎の観念もあったから、
(おもわずしらずでてしまった。)
思わず知らず出てしまった。
(ところがこのはげのやつ、いっぽんのにすぬりのすてっきをもっていて、)
ところがこの禿の奴、一本のニス塗りのステッキを持っていて、
(それこそあきゅうにいわせるとそうしきのなきづえだ、)
それこそ阿Qに言わせると葬式の泣き杖だ、
(おおまたにあるいてきた。)
大跨に歩いて来た。
(このいっせつなにあきゅうはうたれるようなきがして、)
この一刹那に阿Qは打たれるような気がして、
(きんこつをひきしめかたをそびやかしてまっているとはたして)
筋骨を引締め肩を聳かして待っていると果して
(ぴしゃり。)
ピシャリ。
(たしかにじぶんのあたまにちがいない。)
確かに自分の頭に違いない。
(「あいつのことをいったんです」)
「あいつのことを言ったんです」
(とあきゅうは、そばにあそんでいるひとりのこどもをゆびさした。)
と阿Qは、側に遊んでいる一人の子供を指さした。
(ぴしゃり、ぴしゃり。)
ピシャリ、ピシャリ。