魯迅 阿Q正伝その15

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(たけのぼうはまたかれにむかってふりおろされた。)

竹の棒はまた彼に向って振り下された。

(かれはりょうてをあげてあたまをかかえた。)

彼は両手を挙げて頭をかかえた。

(あたったところはちょうどゆびのふしのまうえで、それこそほんとうにいたく、)

当ったところはちょうど指の節の真上で、それこそ本当に痛く、

(むちゅうになってだいどころをとびだし、)

夢中になって台所を飛び出し、

(もんをでるときまた1つせなかのうえをどやされた。)

門を出る時また1つ背中の上をどやされた。

(「わんぱだん」)

「忘八蛋」

(うしろのほうでしゅうさいがぎょうせいようごをもちいてののしるこえがきこえた。)

後ろの方で秀才が行政用語を用いて罵る声が聞えた。

(あきゅうはこめつきばにかけこんでひとりつきたっていると、)

阿Qは米搗場に駈け込んで独り突立っていると、

(ゆびさきのいたみはまだやまず、それにまた「わんぱだん」)

指先の痛みはまだやまず、それにまた「忘八蛋」

(ということばがみょうにあたまにのこってうすきみわるくかんじた。)

という言葉が妙に頭に残って薄気味悪く感じた。

(このことばはみしょうのいなかものはかつてつかったことがなく、)

この言葉は未荘の田舎者はかつて使ったことがなく、

(もっぱらおやくしょのおれきれきがもちいるものでいんしょうがことのほかふかく、)

もっぱらお役所のお歴々が用いるもので印象が殊の外深く、

(かれの「おんな」というしそうなど、きゅうにどこへかふっとんでしまった。)

彼の「女」という思想など、急にどこへか吹っ飛んでしまった。

(しかし、ぶったたかれてしまえば)

しかし、ぶっ叩かれてしまえば

(じけんがらくちゃくしてなんのさわりがないのだから、)

事件が落着して何の障りがないのだから、

(すぐにてをうごかしてこめをつきはじめ、)

すぐに手を動かして米を搗き始め、

(しばらくついているとたいないがあつくなってきたので、)

しばらく搗いていると体内が熱くなって来たので、

(てをやすめてきものをぬいだ。)

手をやすめて着物をぬいだ。

(きものをぬぎおろしたとき、そとのほうがたいへんそうぞうしくなってきた。)

着物を脱ぎおろした時、外の方が大変騒々しくなって来た。

(あきゅうはじたいにぎやかなことがすきで、)

阿Qは自体賑やかなことが好きで、

など

(こえをきくとすぐにこえのあるほうへかけだしていった。)

声を聞くとすぐに声のある方へかけ出して行った。

(だんだんそばへいってみると、)

だんだんそばへ行ってみると、

(ちょうだんなのていないでたそがれのなかではあるが、)

趙太爺の庭内でたそがれの中ではあるが、

(おおぜいあつまっているひとのかおのみわけもできた。)

大勢あつまっている人の顔の見分けも出来た。

(まずめにつくのはちょうけのうちじゅうのものと)

まず目につくのは趙家のうちじゅうの者と

(ふつかもごはんをたべないでいるわかおくさんのかおもみえた。)

二日も御飯を食べないでいる若奥さんの顔も見えた。

(ほかにとなりのすうしちそうやほんとうのほんけのちょうはくがん、)

他に隣の鄒七嫂や本当の本家の趙白眼、

(ちょうししんなどもいた。)

趙司晨などもいた。

(わかおくさんはしもべやからちょうど)

若奥さんは下部屋からちょうど

(うーまをひっぱりだしてきたところで)

呉媽を引張り出して来たところで

(「おまえはよそからきたものだ。じぶんのへやにひきこんでいてはいけない」)

「お前はよそから来た者だ。自分の部屋に引込んでいてはいけない」

(すうしちそうもそばからくちをだし)

鄒七嫂もそばから口を出し

(「だれだっておまえのけっぱくをしらないものはありません)

「誰だってお前の潔白を知らない者はありません

(けっしてきみじかなことをしてはいけません」といった。)

決して気短なことをしてはいけません」といった。

(うーまはひたなきにないて、なにかいっていたがききとれなかった。)

呉媽はひた泣きに泣いて、何か言っていたが聞き取れなかった。

(あきゅうはおもった。)

阿Qは想った。

(「ふん、おもしろい。このちびごけが、どんないたずらをするかしらんて?」)

「ふん、面白い。このチビごけが、どんな悪戯をするかしらんて?」

(かれはたちききしようとおもってちょうししんのそばまでゆくと、)

彼は立聴きしようと思って趙司晨のそばまでゆくと、

(ちょうだんなはおおきなたけのぼうをてにもって)

趙太爺は大きな竹の棒を手に持って

(かれをめがけてとびだしてきた。)

彼をめがけて跳び出して来た。

(あきゅうはたけのぼうをみると、)

阿Qは竹の棒を見ると、

(このそうどうがじぶんがまえにうたれたこととかんけいがあるんだとかんづいて、)

この騒動が自分が前に打たれた事と関係があるんだと感づいて、

(きゅうにこめつきばににげかえろうとしたが、)

急に米搗場に逃げ帰ろうとしたが、

(たけのぼうはいじわるくかれのゆくてをさえぎった。)

竹の棒は意地悪く彼の行く手を遮った。

(そこでしぜんのなりゆきにまかせてうらもんからにげだし、)

そこで自然の成行きに任せて裏門から逃げ出し、

(ちょっとのまにかれはもうおいなりさまのみやのなかにいた。)

ちょっとのまに彼はもう土穀祠の宮の中にいた。

(あきゅうはすわっているとはだがあわだってきた。かれはつめたくかんじたのだ。)

阿Qは坐っていると肌が粟だって来た。彼は冷たく感じたのだ。

(はるとはいえよるになるとのこりのさむさがみにしみ、)

春とはいえ夜になると残りの寒さが身に沁み、

(はだかでいられるものではない。)

裸でいられるものではない。

(かれはちょうけにおいてきたうわぎがつくづくほしくなったが、)

彼は趙家に置いて来た上着がつくづく欲しくなったが、

(とりにいけばしゅうさいのおそろしいたけのぼうがある。)

取りに行けば秀才の恐ろしい竹の棒がある。

(そうこうしているうちにむらやくにんがはいってきた。)

そうこうしているうちに村役人が入って来た。

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