魯迅 阿Q正伝その34

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(「やったんだろう」とながいきものをきたひともおおごえでいった。)

「やったんだろう」と長い着物を着た人も大声で言った。

(「わたしはとうから、こようとおもっていたんです」)

「わたしはとうから、来ようと思っていたんです」

(あきゅうはわけもわからずひととおりおもいまわして、やっとこんなことばをきれぎれにいった。)

阿Qはわけも分らず一通り想い廻して、やっとこんな言葉をキレギレに言った。

(「そんならなぜこなかったの」とおやじはしんみりときいた。)

「そんならなぜ来なかったの」と親爺はしんみりと訊いた。

(「にせけとうがゆるさなかったんです」)

「偽毛唐が許さなかったんです」

(「うそをつけ。このごにおよんでもうおそい。おまえのなかまはいまどこにいる」)

「嘘をつけ。この期に及んでもう遅い。お前の仲間は今どこにいる」

(「なんでげす?」)

「何でげす?」

(「あのばん、ちょうけをおそったなかまだ」)

「あの晩、趙家を襲った仲間だ」

(「あのひとたちは、わたしをよびにきません。あのひとたちは、じぶんではこびだしました」)

「あの人達は、わたしを喚びに来ません。あの人達は、自分で運び出しました」

(あきゅうはそのはなしがでるとふんぷんした。)

阿Qはその話が出ると憤々した。

(「もちだしてどこへいったんだ。はなせばゆるしてやるよ」)

「持ち出してどこへ行ったんだ。話せば赦してやるよ」

(おやじはまたしんみりといった。)

親爺はまたしんみりと言った。

(「わたしはしりません。あのひとたちはわたしをよびにきません」)

「わたしは知りません。あの人達はわたしを呼びに来ません」

(そこでおやじはめくばせをした。あきゅうはまたまるたごうしのなかにほうりこまれた。)

そこで親爺は目くばせをした。阿Qはまた丸太格子の中に放り込まれた。

(かれがにどめにおなじこうしのなかからひきずりだされたのはふつかめのごぜんであった。)

彼が二度目に同じ格子の中から引きずり出されたのは二日目の午前であった。

(おおひろまのもようはみなもとのとおりで、かみざには、)

大広間の模様は皆もとの通りで、上座には、

(やはりくりくりぼうずのおやじがざして、あきゅうはあいかわらずひざをついていた。)

やはりくりくり坊主の親爺が坐して、阿Qは相変らず膝を突いていた。

(おやじはしんみりときいた。「おまえはほかになにかいうことがあるか」)

親爺はしんみりときいた。「お前はほかに何か言うことがあるか」

(あきゅうはちょっとかんがえてみたが、べつにいうこともないので「ありません」とこたえた。)

阿Qはちょっと考えてみたが、別に言う事もないので「ありません」と答えた。

(そこでひとりのながいきものをきたひとは、いちまいのかみといっぽんのふでをもって、)

そこで一人の長い着物を着た人は、一枚の紙と一本の筆を持って、

など

(あきゅうのまえにいき、かれのてのなかにふでをさしこもうとすると、)

阿Qの前に行ゆき、彼の手の中に筆を挿し込もうとすると、

(あきゅうはひじょうにおったまげてたましいもみにそわぬくらいにろうばいした。)

阿Qは非常におったまげて魂も身に添わぬくらいに狼狽した。

(かれのてがふでとかんけいしたのはこんどがはじめてで、どうもっていいかまったくわからない。)

彼の手が筆と関係したのは今度が初めてで、どう持っていいか全くわからない。

(するとそのひとはいっかしょをゆびさしてかきはんのかきかたをおしえた。)

するとその人は一箇所を指さして花押の書き方を教えた。

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