半七捕物帳 筆屋の娘10

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ

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問題文

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(はちがつはじめのすずしいよるであった。)

四 八月はじめの涼しい夜であった。

(じょうしゅうはえどよりもあきかぜがはやくたって、やまふところのみょうぎのまちには)

上州は江戸よりも秋風が早く立って、山ふところの妙義の町には

(よつゆがしっとりとおりていた。せきどやというじょろうやのうすぐらいよじょうはんのざしきに、)

夜露がしっとりと降りていた。関戸屋という女郎屋のうす暗い四畳半の座敷に、

(えどものらしいわかいたびびとが、あんどうのまえになまっちろいうでをまくって、)

江戸者らしい若い旅びとが、行燈のまえに生っ白い腕をまくって、

(おこんというとしまのおんなににのうでのちをあらってもらっていた。)

おこんという年増の妓に二の腕の血を洗ってもらっていた。

(たびびとはここらにおおいやまびるにすいつかれたのであった。とちになれないたびびとは)

旅人はここらに多い山蛭に吸い付かれたのであった。土地に馴れない旅人は

(とかくにやまびるのふいうちをくらって、すわれたきずぐちのちがなかなかとまらない)

とかくに山蛭の不意撃ちを食って、吸われた疵口の血がなかなか止まらない

(ものである。みょうぎのおんなはふくみみずでそのちをあらうことをしっているので、)

ものである。妙義の妓は啣み水でその血を洗うことを知っているので、

(こんやのきゃくもあいかたのおんなのふくみみずでそのきずぐちをあらわせていた。)

今夜の客も相方の妓のふくみ水でその疵口を洗わせていた。

(「おまえさんのてはしろいのね。まるでおんなのようだよ」と、)

「おまえさんの手は白いのね。まるで女のようだよ」と、

(おこんはおとこのうでをうすいかみでふきながらいった。)

おこんは男の腕を薄い紙で拭きながら云った。

(「なまけもののしょうこがすぐにあらわれた」と、おとこはわらっていた。)

「怠け者の証拠がすぐにあらわれた」と、男は笑っていた。

(「こんやはなんだかきゅうにさむくなったようだ」)

「今夜はなんだか急に寒くなったようだ」

(「そりゃあこのとおりのやまのなかですもの。それにきょうはきりがふかかったから、)

「そりゃあ此の通りの山の中ですもの。それにきょうは霧が深かったから、

(あしたはふるかもしれない」)

あしたは降るかもしれない」

(「やまごしにふられちゃあなんぎだ。おてんきになるようにみょうぎさまにいのってくれ」)

「山越しに降られちゃあ難儀だ。お天気になるように妙義様に祈ってくれ」

(「いやさ」と、おこんもわらった。「やまごしのできないように、あしたは)

「いやさ」と、おこんも笑った。「山越しの出来ないように、あしたは

(ぬけるほどふるがいい。みょうぎのやまのおんなにすいつかれたら、やまびるよりも)

抜けるほど降るがいい。妙義の山の女に吸い付かれたら、山蛭よりも

(おそろしいんだから、そのつもりでこしをすえていることさ。)

怖ろしいんだから、そのつもりで腰を据えていることさ。

(ねえ、そうおしなさいよ」 「いや、そうはいかねえ。すこしいそぎのどうちゅうだから」)

ねえ、そうおしなさいよ」 「いや、そうは行かねえ。少し急ぎの道中だから」

など

(「いそぎのどうちゅうならさかもとからうすいへかかるのがじゅんだのに、わざわざうらみちへかかって)

「急ぎの道中なら坂本から碓氷へかかるのが順だのに、わざわざ裏道へかかって

(みょうぎのやまごしをするおきゃくさまだもの、いちにちやふつかはどうでもいい」と、)

妙義の山越しをするお客様だもの、一日や二日はどうでもいい」と、

(おこんはいみありげにまたわらった。)

おこんは意味ありげに又笑った。

(おとこはもうだまってしまって、やまかぜにゆれるあんどうのひにそのあおじろいかおを)

男はもう黙ってしまって、山風にゆれる行燈の火にその蒼白い顔を

(そむけながら、ひえたちょこをちびりちびりのんでいた。)

そむけながら、冷えた猪口をちびりちびり飲んでいた。

(「なにをかんがえているの、おまえさん」と、おこんはひざをすりよせた。)

「なにを考えているの、おまえさん」と、おこんは膝をすり寄せた。

(「あたしはおまえさんがかわいいからないしょでおしえてあげる。さっきおまえさんが)

「あたしはおまえさんが可愛いから内証で教えてあげる。さっきおまえさんが

(こののれんをくぐると、すこしあとからはいってきたふたりづれがあることを)

この暖簾をくぐると、少しあとからはいって来た二人連れがあることを

(しっているかえ」 おとこのかおはいよいよあおくなった。)

知っているかえ」 男の顔はいよいよ蒼くなった。

(「そのふたりはどうもおまえさんのためにならないおきゃくらしいから、)

「その二人はどうもおまえさんの為にならないお客らしいから、

(そのつもりでようじんおしなさいよ」)

その積りで用心おしなさいよ」

(「よくおしえてくれた。ありがたい」と、おとこはおがむようにしてささやいた。)

「よく教えてくれた。ありがたい」と、男は拝むようにしてささやいた。

(「じゃあ、もうここにうかうかしちゃあいられねえ。よのふけないうちに)

「じゃあ、もうここにうかうかしちゃあいられねえ。夜の更けないうちに

(そっとたたしてくれ」 「ああ、よござんす。あたしがほかのざしきへ)

そっと発たしてくれ」 「ああ、よござんす。あたしがほかの座敷へ

(まわっているあいだに、このまどからそっとぬけだして・・・・・・。)

廻っている間に、この窓からそっとぬけ出して……。

(いまのうちににもつをよくまとめておおきなさいよ」)

今のうちに荷物をよく纏めてお置きなさいよ」

(このそうだんがろうかにしのんでいたしょうたのみみにももれたので、かれはすぐに)

この相談が廊下に忍んでいた庄太の耳にも洩れたので、彼はすぐに

(じぶんのざしきへひっかえしてはんしちにささやいた。)

自分の座敷へ引っ返して半七にささやいた。

(「おんながみかたしているらしいから、ゆだんするとにがしますぜ」)

「女が味方しているらしいから、油断すると逃がしますぜ」

(「それじゃあおれはそとへでている。おめえはいいころにざしきへふんこめ」)

「それじゃあ俺は外へ出ている。おめえはいい頃に座敷へ踏ん込め」

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