「こころ」1-5 夏目漱石

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(上)先生と私
順位 名前 スコア 称号 打鍵/秒 正誤率 時間(秒) 打鍵数 ミス 問題 日付
1 饅頭餅美 5369 B++ 5.7 93.1% 409.7 2375 175 39 2024/10/28
2 ヌル 5368 B++ 5.8 92.2% 401.4 2353 198 39 2024/09/26
3 スヌスムムリク 5241 B+ 5.2 98.9% 462.5 2451 27 39 2024/11/01
4 mame 4942 B 5.3 93.4% 445.5 2369 167 39 2024/10/28

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問題文

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(わたくしはそのばんせんせいのやどをたずねた。やどといってもふつうのりょかんとちがって、)

私はその晩先生の宿を尋ねた。宿といっても普通の旅館と違って、

(ひろいてらのけいだいにあるべっそうのようなたてものであった。)

広い寺の境内にある別荘のような建物であった。

(そこにすんでいるひとのせんせいのかぞくでないこともわかった。)

そこに住んでいる人の先生の家族でない事も解った。

(わたくしがせんせいせんせいとよびかけるので、せんせいはにがわらいをした。)

私が先生先生と呼び掛けるので、先生は苦笑いをした。

(わたくしはそれがねんちょうしゃにたいするわたくしのくちくせだといってべんかいした。)

私はそれが年長者に対する私の口癖だといって弁解した。

(わたくしはこのあいだのせいようじんのことをきいてみた。)

私はこの間の西洋人の事を聞いてみた。

(せんせいはかれのふうがわりなところや、もうかまくらにいないことや、いろいろをはなしたすえ、)

先生は彼の風変わりなところや、もう鎌倉にいない事や、色々を話した末、

(にほんじんにさえあまりつきあいをもたないのに、そういうがいこくじんとちかづきになったのは)

日本人にさえあまり交際をもたないのに、そういう外国人と近付きになったのは

(ふしぎだといったりした。わたくしはさいごにせんせいにむかって、)

不思議だといったりした。私は最後に先生に向かって、

(どこかでせんせいをみたようにおもうけれども、どうしてもおもいだせないといった。)

どこかで先生を見たように思うけれども、どうしても思い出せないといった。

(わかいわたくしはそのときあんにあいてもわたくしとおなじようなかんじをもっていはしまいかと)

若い私はその時暗に相手も私と同じような感じを持っていはしまいかと

(うたがった。そうしてはらのなかでせんせいのへんじをよきしてかかった。)

疑った。そうして腹の中で先生の返事を予期してかかった。

(ところがせんせいはしばらくちんぎんしたあとで、)

ところが先生はしばらく沈吟したあとで、

(「どうもきみのかおにはみおぼえがありませんね。ひとちがいじゃないですか」)

「どうも君の顔には見覚えがありませんね。人違いじゃないですか」

(といったのでわたくしはへんにいっしゅのしつぼうをかんじた。)

といったので私は変に一種の失望を感じた。

(わたくしはつきのすえにとうきょうへかえった。せんせいのひしょちをひきあげたのは)

私は月の末に東京へ帰った。先生の避暑地を引き上げたのは

(それよりずっとまえであった。わたくしはせんせいとわかれるときに、)

それよりずっと前であった。私は先生と別れる時に、

(「これからおりおりおたくへうかがってもよござんすか」ときいた。)

「これから折々お宅へ伺っても宜ござんすか」と聞いた。

(せんせいはかんたんにただ「ええいらっしゃい」といっただけであった。)

先生は簡単にただ「ええいらっしゃい」といっただけであった。

(そのじぶんのわたくしはせんせいとよほどこんいになったつもりでいたので、)

その時分の私は先生とよほど懇意になったつもりでいたので、

など

(せんせいからもうすこしこまやかなことばをよきしてかかったのである。)

先生からもう少し濃かな言葉を予期して掛ったのである。

(それでこのものたりないへんじがすこしわたくしのじしんをいためた。)

それでこの物足りない返事が少し私の自信を傷めた。

(わたくしはこういうことでよくせんせいからしつぼうさせられた。)

私はこういう事でよく先生から失望させられた。

(せんせいはそれにきがついているようでもあり、またまったくきがつかないようでも)

先生はそれに気が付いているようでもあり、また全く気が付かないようでも

(あった。わたくしはまたけいびなしつぼうをくりかえしながら、それがためにせんせいから)

あった。私はまた軽微な失望を繰り返しながら、それがために先生から

(はなれていくきにはなれなかった。)

離れて行く気にはなれなかった。

(むしろそれとははんたいで、ふあんにうごかされるたびに、もっとまえへすすみたくなった。)

むしろそれとは反対で、不安に揺かされるたびに、もっと前へ進みたくなった。

(もっとまえへすすめば、わたくしのよきするあるものが、いつかめのまえに)

もっと前へ進めば、私の予期するあるものが、いつか眼の前に

(まんぞくにあらわれてくるだろうとおもった。わたくしはわかかった。)

満足に現われて来るだろうと思った。私は若かった。

(けれどもすべてのにんげんにたいして、わかいちがこうすなおにはたらこうとはおもわなかった。)

けれどもすべての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった。

(わたくしはなぜせんせいにたいしてだけこんなこころもちがおこるのかわからなかった。)

私はなぜ先生に対してだけこんな心持が起こるのか解らなかった。

(それがせんせいのなくなったこんにちになって、はじめてわかってきた。)

それが先生の亡くなった今日になって、始めて解って来た。

(せんせいははじめからわたくしをきらっていたのではなかったのである。)

先生は始めから私を嫌っていたのではなかったのである。

(せんせいがわたくしにしめしたときどきのそっけないあいさつやれいたんにみえるどうさは、)

先生が私に示した時々の素気ない挨拶や冷淡に見える動作は、

(わたくしをとおざけようとするふかいのひょうげんではなかったのである。)

私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったのである。

(いたましいせんせいは、じぶんにちかづこうとするにんげんに、ちかづくほどのかちのない)

傷ましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値のない

(ものだからよせというけいこくをあたえたのである。)

ものだから止せという警告を与えたのである。

(ひとのなつかしみにおうじないせんせいは、ひとをけいべつするまえに、)

他の懐かしみに応じない先生は、他を軽蔑する前に、

(まずじぶんをけいべつしていたものとみえる。)

まず自分を軽蔑していたものとみえる。

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