半七捕物帳 帯取りの池2

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第八話

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問題文

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(「だれがこんなところへすてていったんだろう」)

「誰がこんなところへ捨てて行ったんだろう」

(それがだいにのぎもんであった。おびはまだあたらしいきれいなもので、)

それが第二の疑問であった。帯はまだ新しい綺麗なもので、

(このじだいでもうればそうとうのねになるものを、だれがおしげもなく)

この時代でも売れば相当の値になるものを、誰が惜し気もなく

(なげこんでいったものか、それについてはいろいろのそうぞうせつが)

投げ込んで行ったものか、それに就いてはいろいろの想像説が

(あらわれた。あるものはとうぞくのしわざであろうといった。)

あらわれた。ある者は盗賊の仕業であろうと云った。

(とうぞくがどこからかぬすみだしてきたのを、じゃまになるのですてたのか、)

盗賊がどこからか盗み出して来たのを、邪魔になるので捨てたのか、

(あるいはあとのしょうこになるのをおそれてすてたのか、おそらくふたつにひとつで)

或いは後の証拠になるのを恐れて捨てたのか、おそらく二つに一つで

(あろうとのことであった。またあるものはだれかのいたずらであろうといった。)

あろうとのことであった。又ある者は誰かの悪戯であろうと云った。

(ここがおびとりのいけということをしょうちのうえで、せけんのひとをさわがすために)

ここが帯取りの池ということを承知の上で、世間の人を騒がすために

(わざとこんなおびをなげこんだものであろうとのことであった。)

わざとこんな帯を投げ込んだものであろうとのことであった。

(しかしそんないたずらはもうじだいおくれで、てんぽういごのえどのせかいには、)

併しそんな悪戯はもう時代おくれで、天保以後の江戸の世界には、

(そうとうのものだねをつかってせけんをさわがせて、かげでてをうって)

相当の物種(ものだね)をつかって世間をさわがせて、蔭で手をうって

(よろこんでいるようなゆうちょうなにんげんはすくなくなった。したがって、)

喜んでいるような悠長な人間は少なくなった。したがって、

(まえのせつのほうがせいりょくをしめて、これはきっととうぞくのしわざにそういない)

前の説の方が勢力を占めて、これはきっと盗賊の仕業に相違ない

(ということにきめられてしまった。)

ということに決められてしまった。

(しかしそのとうぞくはわからなかった。そのひがいしゃもあらわれてこなかった。)

併しその盗賊は判らなかった。その被害者もあらわれて来なかった。

(ぎもんのおびはつじばんしょにひとまずほかんされることになって、)

疑問の帯は辻番所にひとまず保管されることになって、

(そのままふつかばかりたつと、ここにまたおもいもよらないじじつが)

そのまま二日ばかり経つと、ここにまた思いも寄らない事実が

(はっけんされた。そのおびのもちぬしは、いちがやかっぱざかしたのさかやのうらに)

発見された。その帯の持主は、市ヶ谷合羽坂(かっぱざか)下の酒屋の裏に

(すんでいるおみよといううつくしいむすめで、おみよはなにものかに)

住んでいるおみよという美しい娘で、おみよは何者かに

など

(しめころされているのであった。そうわかると、またそのひょうばんがおおきくなった。)

絞め殺されているのであった。そう判ると、又その評判が大きくなった。

(おみよはことしじゅうはちで、おちかというおふくろとふたりで、このうらながやに)

おみよは今年十八で、おちかという阿母(おふくろ)と二人で、この裏長屋に

(しもたやぐらしをしていた。ながやといっても、よりつきをあわせて)

しもたや暮らしをしていた。長屋といっても、寄付きをあわせて

(よけんほどのこぎれいなうちで、ことにおふくろはきんじょでもひょうばんのきれいずきというので、)

四間ほどの小綺麗な家で、ことに阿母は近所でも評判の綺麗好きというので、

(こうしなどはいつもぴかぴかひかっていた。しかしこのおやこが)

格子などはいつもぴかぴか光っていた。併しこの母子(おやこ)が

(だれのしおくりで、こうしてこぎれいにくらしているのか、それはきんじょの)

誰の仕送りで、こうして小綺麗に暮しているのか、それは近所の

(ひとたちにもよくわからなかった。おみよのあにというひとがしたまちの)

人達にもよく判らなかった。おみよの兄という人が下町の

(あるおおだなにつとめていて、そのあにのほうからつきづきのしおくりを)

ある大店(おおだな)に勤めていて、その兄の方から月々の仕送りを

(うけているのだとははのおちかはふいちょうしていたが、そのあにらしいひとが)

受けているのだと母のおちかは吹聴していたが、その兄らしい人が

(かつてでいりをしたこともないので、きんじょではそれをしんようしなかった。)

曾(かつ)て出入りをしたこともないので、近所ではそれを信用しなかった。

(おみよはないしょでだんなとりをしているらしいといううわさがたった。)

おみよは内証で旦那取りをしているらしいという噂が立った。

(おみよのきりょうがいいだけに、そういううたがいのかかるのも)

おみよの容貌(きりょう)が好いだけに、そういう疑いのかかるのも

(むりはなかったが、おやこはべつにそれをきにもとめてないふうで、)

無理はなかったが、母子は別にそれを気にも止めてないふうで、

(きんじょのひとたちとはなかよくつきあっていた。)

近所の人達とは仲よく附き合っていた。

(おびとりのいけにおみよのおびがうかんでいたそのまえのひのあさ、)

帯取りの池におみよの帯が浮かんでいた其の前の日の朝、

(おやこはねりまのほうのしんるいにふこうがあって、とまりがけでそのてつだいに)

母子は練馬の方の親類に不幸があって、泊まりがけでその手伝いに

(いかなければならないといって、きんじょのひとたちにるすをたのんででていった。)

行かなければならないと云って、近所の人達に留守を頼んで出て行った。

(おもてのとにはじょうをおろしていったので、だれもうちをのぞいてみるひともなかったが、)

表の戸には錠をおろして行ったので、誰も内を覗いて見る人もなかったが、

(それからあしかけよっかめにおふくろがひとりでかえってきた。)

それからあしかけ四日目に阿母が一人で帰って来た。

(りょうどなりのひとにあいさつして、やがてこうしをあけてはいったかとおもうと、)

両隣りの人に挨拶して、やがて格子をあけてはいったかと思うと、

(たちまちなきごえをあげてころげだしてきた。)

たちまち泣き声をあげて転げ出して来た。

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