半七捕物帳 猫騒動3

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岡本綺堂 半七捕物帳シリーズ 第12話

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問題文

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(「あのむすこもおとなしいから、おふくろのいうことをなんでもすなおに)

「あの息子もおとなしいから、おふくろの云うことを何でも素直に

(きいているんだろうが、このごろのたかいさかなをまいにちあれほどずつ)

きいているんだろうが、この頃の高い魚を毎日あれほどずつ

(うりのこしてきちゃあ、いくらかせいでもおいつくめえ。)

売り残して来ちゃあ、いくら稼いでも追いつくめえ。

(あのばあさんはうみのむすこよりちくしょうのほうがかわいいのかしら。いんがなことだ」)

あの婆さんは生みの息子より畜生の方が可愛いのかしら。因果なことだ」

(きんじょのひとたちはこうこうなしちのすけにどうじょうした。そうして、そのはんどうとして)

近所の人達は孝行な七之助に同情した。そうして、その反動として

(だれもかれもねこばばのおまきにはんかんをもつようになった。)

誰も彼も猫婆のおまきに反感をもつようになった。

(きんじょからきらわれていたおまきがこのごろだんだんときんじょからにくまれるように)

近所から嫌われていたおまきが此の頃だんだんと近所から憎まれるように

(なってきた。ねこはいよいよそのはんかんをちょうはつするように、このごろはいたずらが)

なって来た。猫はいよいよ其の反感を挑発するように、この頃はいたずらが

(はげしくなって、どこのうちでもえんりょなしにはいりこんだ。)

烈しくなって、どこの家でも遠慮なしにはいり込んだ。

(しょうじをやぶられたうちもあった。さかなをぬすまれたうちもあった。そのなきごえが)

障子を破られた家もあった。魚を盗まれた家もあった。その啼き声が

(ちゅうやそうぞうしいというので、みなみどなりのひとはとうとうひっこしてしまった。)

昼夜そうぞうしいと云うので、南隣りの人はとうとう引っ越してしまった。

(きたどなりにはだいくのわかいふうふがすんでいるが、そのにょうぼうもとなりのねこには)

北隣りには大工の若い夫婦が住んでいるが、その女房も隣りの猫には

(あぐねはてて、どこかへひっこしたいとくちぐせのようにいっていた。)

あぐね果てて、どこかへ引っ越したいと口癖のように云っていた。

(「なんとかしてあのねこをおいはらってしまおうじゃないか。)

「何とかしてあの猫を追い払ってしまおうじゃないか。

(むすこもかわいそうだし、きんじょもめいわくだ」)

息子も可哀そうだし、近所も迷惑だ」

(ながやのひとりがかんにんぶくろのおをきってこういいだすと、ながやいちどうもすぐどうちょうした。)

長屋のひとりが堪忍袋の緒を切ってこう云い出すと、長屋一同もすぐ同調した。

(ちょくせつにねこばばにだんぱんしてもよういにらちがあくまいとおもったので、)

直接に猫婆に談判しても容易に埒があくまいと思ったので、

(つきばんのものがいえぬしのところへいってそのじじょうをうったえて、)

月番の者が家主(いえぬし)のところへ行って其の事情を訴えて、

(おまきがすなおにねこをおいはらえばよし、さもなければたなだてを)

おまきが素直に猫を追いはらえばよし、さもなければ店立(たなだて)を

(くらわしてくれとたのんだ。いえぬしももちろんねこばばのみかたではなかった。)

食わしてくれと頼んだ。家主ももちろん猫婆の味方ではなかった。

など

(さっそくおまきをよびつけて、ながやじゅうのものがめいわくするから、)

早速おまきを呼びつけて、長屋じゅうの者が迷惑するから、

(おまえのうちのかいねこをみんなおいだしてしまえとめいれいした。)

お前の家の飼い猫をみんな追い出してしまえと命令した。

(もしふしょうちならばそっこくにたなをあけわたして、どこへでもかってにたちのけといった。)

もし不承知ならば即刻に店を明け渡して、どこへでも勝手に立ち退けと云った。

(いえぬしのいこうにおされて、おまきはすなおにしょうちした。)

家主の威光におされて、おまきは素直に承知した。

(「いろいろのおてかずをかけておそれいりました。ねこはさっそくおいだします」)

「いろいろの御手数をかけて恐れ入りました。猫は早速追い出します」

(しかしいままでかわいがってそだてていたものを、じぶんがてずからすてに)

しかし今まで可愛がって育てていたものを、自分が手ずから捨てに

(ゆくにはしのびないから、ごめいわくでもごきんじょのひとたちにおねがいもうして、)

ゆくには忍びないから、御迷惑でも御近所の人たちにお願い申して、

(どこかへすててきてもらいたいとかのじょはなげいた。それもむりはないとおもったので、)

どこかへ捨てて来て貰いたいと彼女は嘆いた。それも無理はないと思ったので、

(いえぬしはそのことをながやのものにつたえると、おまきのとなりにすんでいる)

家主はそのことを長屋の者に伝えると、おまきの隣りに住んでいる

(かのだいくのほかにふたりのおとこがつれだって、おまきのうちへねこをうけとりにいった。)

彼の大工のほかに二人の男が連れ立って、おまきの家へ猫を受け取りに行った。

(ねこはさきごろこをうんだので、だいしょうあわせてにじゅっぴきになっていた。)

猫は先頃子を生んだので、大小あわせて二十匹になっていた。

(「どうもごくろうさまでございます。では、なにぶんおねがいもうします」)

「どうも御苦労さまでございます。では、なにぶんお願い申します」

(おまきはさのみみれんらしいかおをみせないで、うちじゅうのねこをよびあつめて)

おまきはさのみ未練らしい顔を見せないで、家じゅうの猫を呼びあつめて

(さんにんにわたした。そのねこどもをみっつにわけて、あるものはすみのあきだわらにおしこんだ。)

三人に渡した。その猫どもを三つに分けて、ある者は炭の空き俵に押し込んだ。

(あるものはおおぶろしきにつつんだ。めいめいがそれをこわきにひっかかえて)

ある者は大風呂敷に包んだ。めいめいがそれを小脇に引っかかえて

(ろじをでてゆくうしろすがたを、おまきはみおくってにやりとわらった。)

路地を出てゆくうしろ姿を、おまきは見送ってニヤリと笑った。

(「わたしはみていましたけれども、そのときのわらいがおはじつにすごうござんしたよ」)

「わたしは見ていましたけれども、その時の笑い顔は実に凄うござんしたよ」

(と、だいくのにょうぼうのおはつがあとできんじょのひとたちにそっとはなした。)

と、大工の女房のお初があとで近所の人達にそっと話した。

(ねこをかかえたさんにんはおもいおもいのほうがくへいって、なるべくさびしいばしょを)

猫をかかえた三人は思い思いの方角へ行って、なるべく寂しい場所を

(えらんですててきた。)

選んで捨てて来た。

(「まずこれでいい」)

「まずこれでいい」

(そういって、ながやのへいわをしゅくしていたひとたちは、そのあくるあさ、)

そう云って、長屋の平和を祝していた人達は、そのあくる朝、

(だいくのにょうぼうのほうこくにおどろかされた。)

大工の女房の報告におどろかされた。

(「となりのねこはいつのまにかかえってきたんですよ。よなかになくこえが)

「隣りの猫はいつの間にか帰って来たんですよ。夜なかに啼く声が

(きこえましたもの」)

聞えましたもの」

(「ほんとうかしら」)

「ほんとうかしら」

(おまきのうちをのぞきにいって、ひとびとはまたおどろいた。ねこのけんぞくは)

おまきの家を覗きに行って、人々は又おどろいた。猫の眷属(けんぞく)は

(ゆうべのうちにみなかえってきたらしく、さながらにんげんのむちをあざけるように)

ゆうべのうちに皆帰って来たらしく、さながら人間の無智を嘲るように

(うちじゅういっぱいにないていた。おまきにきいてもようりょうをえなかった。)

家中いっぱいに啼いていた。おまきに訊いても要領を得なかった。

(じぶんもよくしらないが、なんでもゆうべのよなかにどこからかかえってきて、)

自分もよく知らないが、なんでもゆうべの夜中にどこからか帰って来て、

(えんのしたやだいどころのれんじまどからぞろぞろとはいりこんだものらしいと)

縁の下や台所の櫺子(れんじ)窓からぞろぞろと入り込んだものらしいと

(いった。ねこはじぶんのうちへかならずかえるというでんせつがあるから、)

云った。猫は自分の家へかならず帰るという伝説があるから、

(こんどはにどとかえられないようなところへすててこようというので、)

今度は二度と帰られないようなところへ捨てて来ようというので、

(かのさんにんはいきがかりじょう、いちにちのしょうばいをやすんでしながわのはずれや)

かの三人は行きがかり上、一日の商売を休んで品川のはずれや

(おうじのはてまでふたたびねこをかかえだしていった。)

王子の果てまで再び猫をかかえ出して行った。

(それからふつかばかりおまきのうちにねこのこえがきこえなかった。)

それから二日ばかりおまきの家に猫の声が聞えなかった。

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